第36話 楽しい修練の為に

「私はラトゥさんが作ったという新しい技能を学びたいです!」


 元気よく宣言しながら天井に向かってピンと伸びるリテの右腕。

 無意識なのか空いた左手で僕の服の裾を掴んでいるので、物理的に距離を取ることが出来ず逃げられない。


「ですがリテ様、坊ちゃまにも課題がございますし」

「じゃあ熱制御だけはラトゥさんに教わります!火制御はエバンスさんにお願いしますね!」

「せめて数カ月後からとはいきませんか?」

「いかないと思います!我慢できないので」


 さすがのエバンスでも他家のご令嬢に強く出られないらしい、僕が助け舟を出すのが一番丸く収まると思うんだけど、ちょっと悩むな。

 僕の熱制御は急いで訓練する必要はないくらいには鍛えているし、その分の時間を全て火制御に回すのはもったいないだろう。せっかく他種族と一緒にいるのだから。


「とりあえず、僕の課題次第ってことでどうかな?」


 エバンスも色々と考えてくれているだろうから、それをぶち壊すのも気が引ける。

 あまり大変な課題じゃなければリテに熱制御を教えながら鍛錬すればいいし、難易度が高ければ大人しく自分の事に集中して早めに時間の余裕を作ろう。


「リテもそれでいい?」

「わかりました……でも!私がお手伝いできる課題なら一緒に居ても問題ないですよね?」

「かしこまりました、そういたしましょう。坊ちゃまの課題は火属性の遠距離攻撃技能の習得でございます。最初は先程ご覧になった“火球かきゅう”を習得してくださいませ」


 右手を下げて頷いたリテだったが、左手はそのままだ。

 火属性の基本的な技能である“火球かきゅう”、ゲームでも序盤で覚えられる技能でありこの資料室にある技能書にももちろん記されているものだ。

 しかし熱制御と新技能の開発に集中していたせいで、今の今まで覚えようとしたことは無かったな。

 そこまで難しくなさそうだ。


「わかった」

「むぅ、遠距離攻撃ですか。あまり得意じゃないです」


 リテ達雷獣族らいじゅうぞくは近接戦闘を得意としているし、“火球かきゅう”等の遠距離攻撃はあまり優先的に覚えないもんな。

 あまり力になれないことが残念だったのか、先程までのはつらつとした様子は鳴りを潜めてしまい、大人しく頷くと僕の服を掴んでいた左手も離れていった。


「リテ様は寄家修練きかしゅうれんを通して坊ちゃまの技能を習得なさるとのことですので、まずは複数種類の物質の温度調整と維持です。ですが次は火制御の課題をお出しします。折角の寄家修練きかしゅうれんですので集中して、交互にバランスよく鍛えてくださいませ」

「わかりました……」


 言外に各々で集中して課題に取り組めと言ったエバンスに対し、すっかり大人しくなり聞き分け良くなったリテ。そのあまりの素直さに少し笑いが漏れてしまう。

 新技能が気になっていたのは本当だろうし、それを真っ先に覚えたかったのだろうが、それはそれとして修練する気にはなったようだ。

 僕の課題もそこまで難しそうじゃないし、付きっきりは無理でもリテの傍で課題を進めながら助言するくらいはできるかな。


「リテ、最初はそれぞれの物質がどのくらいの出力でどれくらい早く温度が上がるかを知るとやりやすいよ」

「え?」

「リテが“火球かきゅう”を覚えた時はどんな感じだった?」

「え、えっと。牽制や不意打ちで使うので、小さくする練習をしました」


 ゲームでの“火球かきゅう”は込められた魔力によって威力・大きさ・速さ等をいじることが出来た。

 どうやらそれと同じことが出来そうだ。


「それじゃあ僕も小さいのから試してみよう、リテもここでやるでしょ?」

「え、その。一緒に訓練していいんですか?」

「その方が教えられていいと思うけど」

「でも私、ラトゥさんの課題のお力になれなさそうですし」


 おずおずと口を開き、僕とエバンスを交互に見ながら居心地悪そうに耳と尻尾を垂れるリテ。

 確かに僕の課題はリテの得意な分野と違ったので、彼女からあまり有用な助言はもらえないかもしれない。

 それはリテにも分かっていて、エバンスが言ってたように熱と火の制御がある程度できるようになるまで僕から熱制御について教わるのを我慢する気だったのかもしれない。それこそ数カ月後まで。


「それなら雷属性について教えて欲しいな」


 でも、それはやっぱりもったいない。


「雷属性?課題と関係ないですけど」

「気にしない気にしない。将来必要になるんだから、今のうちにリテから聞いておきたいんだよ」


 我が家には雷属性を教えられる使用人がいないから効果的な訓練が出来なかった。

 技能を扱うどころか雷を体外に放出することも出来ないし、せいぜい音の振動を拾ったり、体内で筋肉の運動を補助する程度の出力しか制御できない。


雷獣族らいじゅうぞくみたいに、とはいかないけど。ある程度身体の外で扱えるようになりたいんだよ、それこそ新技能の為にね」

「え!新技能ですか!?」


 再び元気になり、今度は両手で僕の服を掴むリテ。


「ですが坊ちゃま、課題の為にも魔力は温存していただかないと困ります」

「あ、それはそうか。だったらリテが覚えてる技能の話とか、コツを聞くぐらいなら問題ないよね?」

「確かにそうですが……」

「それならいくらでも話せますよっ!」


 エバンスが口ごもり、それを期待に満ちた目で見つめるリテ。僕も張り付けた笑顔でエバンスを見つめることで彼女を援護する。


「僕はどんな状況でも集中できるけど、リテは今みたいに元気な方が良い結果に繋がるんじゃないかな?」

「はい!私もそう思いますっ!」


 自分の事なのにまるで他人事のように僕に同意したリテだけど、実際この位の熱意があった方が彼女の為にもいいだろう。


「……はぁ、かしこまりました。ただし、最初の課題の出来によっては各々での修練も視野に入れていただきますが、それでよろしいですね?」

「はい!ありがとうございます!」

「僕もそれでいいよ」


 とりあえずは最初の課題の間という条件ではあるものの、お互いに欲しい情報を交換しながら修練できることになり、食事等の少ない時間では話し切らないことを思う存分語ることが出来るようになった。

 何より、リテ本来の明るく楽しそうな笑顔を曇らせずに済んで一安心だ。

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