zero-2話 世界の終焉を見る少女

「くすくすっ! ばっかじゃねーの!」


 私が村はずれの廃墟を歩いていると、何か人を小馬鹿にしたような嘲笑が聞こえた。よからぬ感情が渦巻いている気配がする。


 転生者である私は、正義の心に突き動かされ、煉瓦壁に近寄って聞き耳を立てた。


 そこでは、村のおじさんたちが集まって談笑していた。


「いやー、今日の話も最高だったな! チエリーちゃん!」


 何? 私の噂話をしているのか?


「笑いをこらえるの大変だったぜ!」


 笑いだと? 何々? どういうこと?


「まったく、小説にかぶれてあんな嘘話つきまくって。しょーがねえ娘だよぉ」


 えっえっえぇっ!?


「知ってる? ああいうイタイ子のこと、『黒の世代』って言うんだって。前世持ちのイタい子が王国中で大発生しているらしいぜ」


「だせ――! あんなのがいっぱいいるのか!」


「笑える!」


「ひまつぶしにはちょうどいいけどよぉ」


「イカレてるよな!」


「「「ギャハハハハハハ!!」」」


 おじさんたちはお腹を抱えて下卑た笑いを放っている。


 そ、そんな……。私の作り話は全部バレていた? 興味深そうに話を聞いてくれた大人たちは、全部嘘? 私をバカにして陰で笑っていたのか……!?


 あまりのショックで涙がにじみ、膝が震えてきた。


「おまえたち、チエリーをバカにしてはいかんぞ」


 向こう側の煉瓦壁の陰から、白い髭をたくわえた村長さんが現れた。


「「「村長……!」」」


 おじさんたちはしゅんとなる。


 村長さんは村のもめ事を見事な采配で片付けてくれる賢者であり、村の掟みたいな人なのだ。いきすぎたおじさんたちを諫めに来てくれたに違いない。


 村長さんは皆を順番に見回して、言った。


「チエリーをバカにしてはいかん! あの子のおかげで道化師とか吟遊詩人を呼ばなくても、村の娯楽が成り立っているのだから。これからも愉しませてもらうだよ」


 あああああああああああああああああああああ!!


「おいっ! おまえらッッ!」


 私の心の中の叫びに呼応するように、もう一人の人物が現れた。


 無精髭を生やし、くたびれたベストを着て、ツギのついたズボンをはいている。


 それは私のパパだった。パパぁっ!


 パパの堅く握った手が怒りでブルブル震えている。


「おまえらぁぁッッッ!」


 パパは叫んだ。私は涙にまみれながらパパを応援した。


 やっつけてッッ! そんなやつら、やっつけちゃってよぉ!!


 シュッ!


 パパは勢いよく右拳を突き出し、手のひらを上に向けて開いた。手のひらはブルブル震えていた。


「こいつ酒が切れると震えるんだよな」


「ほらよ、酒代だ」


 おじさんの一人がパパの手にコインを乗せた。


「これからも頼むぜ! おまえんとこの娘、本当に面白いからな!」


「……」


 パパはコインを握りしめ、無言でうなずいた。


 ああああああああああああああああああああああああああ!!!


 売られてた!


 私、酒代でパパに売られてたッッ!


 うっ、うわあああああああああああああああああああああああ!!!


 私は心の中で絶叫し、猛ダッシュでその場を逃げ出した。背後ではおじさんたちや村長やパパが爆笑していたので、私の足音には気付いていないようだった。




 泣いたさ……。村人全員に裏切られ、親に裏切られた絶望感。


 暗黒って言うの?


 ママに言いつけてやろうかと思ったけど、よく考えたらママも……。


「最近、酒代が浮いて助かるわ~」などと機嫌良く言いながら、浮いた酒代で買ったらしきスカーフをひらひらさせて嬉しそうにしていた。


 アイツも! グ ル な ん だ ッ ッ !!!


 大人なんか誰も信じられないッッ!


 終わってるよこの世界はッッッッ!!




 ダダダダダダダダダダダダダダダダ!


 私は猪みたいな勢いで森の中を突っ走った。もう日が暮れてきて、森が薄暗くなってきていたが構わない。


 最近森に魔物が出るから奥に行っちゃいけないと言われてたが、構わない。


 世界に裏切られた今、居場所なんかどこにもない。


 魔物に食べられて死んでもいいやってくらいの気持ちで、めちゃくちゃに走っていた。




 気がつけば、私は森の全然知らない場所に迷い込んでいた。足下は暗くなりかけて、もうすぐ夜になるのが分かった。


 そして――。これはなんだろう?


 何か銀色の糸のようなものが、森のそこら中に張り巡らされている。


「どうゆうこと……?」


 私は不思議に思い、もっと糸をよく見ようと足を進めた。


「……ッッ!」


 足下にも糸があった。私は糸につまづいて転んでしまった。  


 ガサガサガサガサッ……。


 私が引っかかった糸は振動し、振動は拡大して樹木を揺らし、その樹木の向こうから――。


「ひぃっ……!!」


 私は小さく悲鳴を上げた。


 樹木の枝をたわませて現れたのは、巨大な蜘蛛。牛ほどの大きさもある蜘蛛の魔物が、水晶のような複眼を輝かせ、こちらへにじり寄ってきた。


 がさり、がさり……。


 巨大蜘蛛はまるで大型の獣のように枝をかき分けてやってくる。口元は餌を前に喜ぶように、左右に開いた。


 あっ、あっ……。


 私は心の中で悲鳴を上げた。


 たすけて、と言おうとした。


 でも、その気持ちを覆い隠すように、薄暗い感情がやってくる。


 助かってどうなるというのか。もうどこにも居場所なんかないのに。逃げたって意味はない……。私のことを笑いものにする嫌な村と、嫌な親がいるだけ。


 ここで死んでしまうのが一番楽なのかも知れない。


 私は生きるのを投げ出したように、蜘蛛の瞳を見ていた。


 だがそこへ――。


絶望破壊剣デスペレート・ソードッ!」


 男の人の力強い声が響いた。そして、風が走った。私のそばの草を巻き上げ、切り裂き、黒い旋風が地を走って行く。





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