zero-1話 村の中心で闇を叫ぶ少女

(イラスト:チエリーさん11才当時) 

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 私ことチエリー・パンスは、田舎のちっぽけな農村で生まれ育った。


 麦を育て、牛の乳搾りをするだけの退屈な毎日。そんな私の唯一の楽しみが、王都から行商人が持ってくる小説だ。


『すみれ物語』

『小さな貴婦人さん』

『野ねずみのおうち』


 そのような心温まるタイトルの本が私の本棚には並んでいた。  


 ここではないどこかを教えてくれる小説は、私の心を小さな村から解放し、夢の翼を与えてくれたものだった。


 そしてある日。


 とてつもない衝撃的小説が、私の本棚にやってくる。いや、あまりに衝撃的で肌身離さず読み過ぎて、本棚に並ぶ暇もなかったかも知れない。


 それは『前世持ちの転生者』の話だった。


 今でこそ類似作が溢れているが、当時は前代未聞の革命的作品、王国中の少年少女の心を揺さぶってやまない、大ベストセラー小説だった。


 その悪影響も王国中に走っていた。 


 小説を読んだ少年少女たちは、王国中で転生者を名乗り始めたのだ。


 もちろん私も名乗ったさ。村人たちに前世の話を言いふらしたさぁ……。


 その結果、どうなったかって?




「チエリーちゃん、いるかい?」


 近所のおじさんがやってきて、読書中の私に声をかけてきた。その日私は干し草小屋の干し草に寝転んで、何十回目か知らない『前世持ちの転生者』の読書にふけっていたところだった。


「ふぅ~~……」


 私は深いため息をついた。 


 憂鬱そうに、けだるそうに。顔を隠すように前髪を引っ張って、その隙間から、うつむき加減におじさんを見やる。


「おっとごめんよ、読書中だったかい? すまないけど、またアレ、頼めるかな? みんなチエリーちゃんのこと待ってるんだ」 


「やむをえまいなぁ……」


 私はまたため息を吐き、言った。


 それはおかしな言葉遣いだったが、小説の文語的表現にだいぶかぶれた末の末路だった。


「来てくれるかい? 村長さんの家でみんな待ってるんだよ」


「やむをえまいから、こう……」


 私はボソボソと答え、ゆらりと立ち上がった。


 小説の転生者に影響され、闇を背負ったようなけだるい立ち居振る舞いこそがかっこいいと、当時の私は思っていたのだ。


「ありがとう! 、おじさん楽しみで仕方がないよ!」


 近所のおじさんはそう言って、いそいそと歩き出す。


 そう――。


 私は小説の内容にかぶれるあまり、大嘘つきになっていた。


「こうだったらいいな」という妄想を、「こうなんだよ」と、確定的事実として話してしまう、ロマンチック虚言癖状態だった。


 だが村人は誰も、それを私の妄想だとは思っていない。


 私が本当に前世持ちの転生者だと思って、畏敬に満ちた視線で聞いてくれるのだ。


 純朴な田舎の村ならではの現象だろうか。


 私はその反応に甘えてしまい、次から次へと前世の話をして気持ちよくなっていた。


 こないだはどこまで話したっけ?


 確か……。ゴキブリ型の魔物――『ベルゼブリ』を討伐したところだったな。


「「「チエリーちゃーん!」」」


 村のおじさんやおばさんたちが、村長さんの家の戸口から私を手招きしている。早く話が聞きたくてしょうがないって感じだ。


「いま、そこへくよ……」


 私はもったいぶったようにつぶやき、前髪で顔を隠し、猫背で歩いて行った。




 村長さんの家には、食卓を囲むようにして十人以上の村人がいた。私は手ぐしで前髪を引っ張っていたので、あまりよく見えなかった。


「おじさんに呼ばれたから来たさ……。やむをえまいからねぇ……」


 私はそう言ってから口をつぐみ、皆の注意を引きつけた。


「「「「…………」」」」


 皆、固唾を呑んで私の話を待っている。


 私はぼそぼそと話を始めた。導入はいつも文学的だ。


「夜気をたっぷりと含んだ風が、私の頬を優しく撫でていた……」


「焼き? 何を焼くんだ?」「誰に撫でられたんだい?」「変質者かい?」


 村人たちがどっと質問をしてくる。


「焼きではない、夜の気と書いて夜気だ――。そして変質者ではなく、風が頬に当たっていたという意味だ――」


「はぁ~~チエリーちゃんは博識だね!」「難しいこと知ってる!」「賢いなあ!」


 村人は無邪気な合いの手をやんやと入れてくる。


 私は雰囲気を作ろうとしているのだが、なかなか捗らない。


 小説をたしなむような文化的人間は、この村には一人もいないのだ。


 まあ、そのおかげで私の妄想話が受け入れられているので、悪くはないけどね。


「そして私は夜気をたっぷりと含んだ風の中を……私は……私は……うっ」


 私はうなだれて額に手を当て、呻く。


「どうしたんだい?」「大丈夫か、チエリーちゃん?」「いや、アレが来たんじゃないか?」「来たのかアレが!?」


「うっ、うっ……」


 私は呻きながら顔を上げ、人が変わったように明るい口調になる。


「アタイはさぁ……! 夜気の中を歩いてたってわけよォ!」


 私の前世の一人称はアタイだった。ちょっと古風な跳ねっ返り娘という設定だからね。


「おおっ、来たぞアタイが!」「本格的に入ったな!」「くすくすっ」


 村人たちの驚嘆の声。


 くすくす笑いが混じるのが若干気になるが、人はあまりに驚いたときに笑ってごまかすと小説で学んだので、そういうものだと受け止めていた。


「アタイはよォ、ベルゼブリを討伐してよぉ、次のお城に行ったんだよぉ~~!」


「なるほどなるほど」「お城に行ったのか」「何てお城なんだい?」


 村人は興味津々で尋ねてくる。


 私は一瞬考えて、お城の名前をひねり出した。


「ヴァヴュヴュシュッシュシェンヴァルグ城」


 前世の設定は全てが完璧じゃないからね。時には即興で発想する場合もある。唇を噛む系の発音を入れると格好よくなるので、ヴを沢山入れた城の名前にした。


「なんて?」「長っ」「もう一回言って?」


 私は既にお城の名前を忘れていた。だから再び即興でひねり出す。


「ギャリィ・ヴァミュヴァミュ城」


「ほおおおお……」「くすくすっ」


 村人の感嘆。そして、驚きをごまかす笑い。


 無垢なる質問も飛んでくる。


「一回目と二回目でなんか違くない?」


 うむ。痛いところを突かれたが、アタイはうろたえない。


「ハハハッ、そうかもしれないねぇ……!」


「どうして違うんだい?」


 私は拳を振り上げて、


 ドンッッッ!!


 テーブルを叩いた。


……」 


 そう言って、押し切った。


 村人が唾を飲む音が聞こえた。


「なら……仕方がないな」「うん、仕方ない」「そうだな……」「それより話の先が気になる!」「ギャビィ・バムバム城からどうしたんだい?」「あんた、噛んでるぞ」「ガミー・ガムガム城」「もっと酷くなってる!」「「「ハハハハハ!」」」


 村長さんの家には温かな笑顔と笑いが満ちていた。


 村人たちは私の話の虜だった。


 それはさながら甘い蜜に群がる蝶々の群れ。この村は、私という花を中心にして動いているのかもしれない――。そんな万能感までが、私の心に湧いていた――。




 だが、世界の終焉は唐突に訪れる――。


「くすくすっ! ばっかじゃねーの!」


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