流星

ことは、家同士の争いになってもおかしくなかった。エリカのシュタットハーデン家とローザのハイデンベルク家。大御所貴族同士の争いなら、それぞれに派閥が大きく、大変な争いになる可能性があった。


あたしは、ある日、街道を歩いていた。3人の大人たちが隅に集まって、何やら話している。


「ハイデンベルク家は、シュタットハーデン家に多額の謝罪金を払ったらしい……」


太った男が、紙袋に山と入ったフライドポテトポメスを、口いっぱいに突っ込みながら言う。


「ハイデンベルク家の当主は、議員になったばかりだ。そこに影響力を持つシュタットハーデン家とは、争えないだろうさ」


横からその袋を漁る他の男。溢れるほどに握りしめながら、手を出す。


「2年前ほどに起こった貴族たち同士の反目で、お家取り潰しされたのがいたわね。総統の命令で」


2人の男の食べっぷりを、呆れたような目で見る女であった。


「争えば、総統がどう出るのかわからないと言うことか」


太った男がまた、口いっぱいにした。


帝国では、国力の低下を懸念して、甚だしい場合は、そういう処置を取る、と明言しているのだ。


あたしは、駆け出した。


そんなふうな大人たちの解決で、エリカは我慢できるのか! 右腕が無くなったんだぞ!


だから、あたしは、ローザが学校の廊下でエリカをバカにする発言をしたなら、激発したのだ。


「エリカなんて、もともとなんの実力もなかったのよ。ないものをあるように見せてただけ」


そして、あたしは剣を抜いた。ローザは嬉しそうだった。嫌いな人間が、思い通りになるのだ。そんなことに悦楽を感じる彼女というのは理解できないが、どうも彼女はそういう人物らしい。


そして、圧倒的な技量でローザを追い詰めた時、担任のスターハルディン・ジークライア先生から静止の声がした。


あたしは孤児院の人間だ。ローザのハイデンベルク家が、譲歩を示さなくてはいけないことなどない。


娘を蔑ろにしやがって。ローザの父親はまず、そう言ったらしい。自分の娘は、エリカに何をした!


あたしは、そして、しばらく、刑務所の牢に入った。面会は謝絶。孤児院より劣るご飯があろうとは。毎日、具の全くない、そしてひどく臭うスープズッペ。あたしは、全部を食べられなくて、いつも半分以上残した。


それから、ギロチンにかけられることになった。


エリカとローザの事件があって1ヶ月は過ぎていた。エリカと会いたいと思った。学校にも来てなかったし、顔をずっと見ていない。でも、それでもいいかもしれない。ヴァルキュリア騎士団になる夢を失って、落ち込んだエリカなんて見たくない。


死は怖いだろうか? あたしは、お母さんとお父さんに会えるのだと思っていた。それは、恐怖を忘れるためにしていたことかもしれない。でも、なんだか安心感もあったのも確かなのだ。


「もう、この世の中にいなくていいんだ」


クレオンが、フーベルトゥスに送った言葉。


ああ、会いたい人がまだいたね。たぶん、彼からは、すぐに忘れ去られる。


そしてあたしは、広場に設えられたギロチン台に首を挟まれた。見物人がたくさんいた。


「貴族に卑怯なことをしたらしい」


「ローザさまのご身分に嫉妬して、影で彼女に嫌がらせをしてたらしいぞ」


そんな囁き声が耳に聞こえてくる。あべこべだな。そんな、まるでタネのわからない人をけむにまいて楽しませる手品師のように、世界は、声の大きいものの遊戯の場となっている。タネがバレても、次の嘘をつき続ければいいのだ。エリカは、それを変えたいと言っていたのだ。


見ると、人々の前に、シスター・リーゼルがいて、エルゼが彼女のローブの裾をギュッと握っている。目に涙を浮かべている。リアラとアウクストもいた。


「孤児院を巻き込む」ことにはなっていないみたいで、よかった。


シスター・リーゼルが、何やら言葉を呟いていた。ところどころ、わずかに聞こえる言葉を繋ぎ合わせてみると、どうやら聖典を独唱しているらしい。あたしのために。


泣きそうになる。鳩たちが、広場を歩いている。一瞬、こちらを見たが、人間の世界に関心を持たない鳩たちは、喉でしばらく鳴き、羽根を広げて、飛んで行った。


いまさら気付いたのだけど、ローザが、真正面にいた。いちばん、あたしを見やすいところで、ニヤニヤしながら、勝ち誇っている。死んで、この女とも関係が切れると思うと、なんだか晴れがましさを思う。


「シスナ・シェザード! 殺人未遂罪! 国家における重要人物を殺害しようとしたその行為は、死をもって償う必要があることを、裁判所は決断するものとする」


何か言い出したな。あたしは、ただ、孤児院のみんなを見ていた。彼女たちの姿をあの世まで覚えていようと思って。


それからその人は来た。春の暖かくそして少し強い風に、制服の空っぽの右袖をはためかせながら、迷いなく真っ直ぐと歩いてくる。


「シスナ・シェザードは、その卓越した剣技を惜しまれ、罪人騎士団へと送りつけられることを、シュタットハーデン家は、総統より、了解の旨を取りつけました」


エリカ。あの、強い意志力のある光の目。背筋を伸ばし、威厳のある佇まい。変わっていない。


「何を言ってるのよ!」


叫んだのは、ローザだ。


「この女は、あたしを殺そうとしたのよ! 死刑だわ!」


エリカは冷ややかに笑った。あの怒っている時の冷静さだ。


「ならば、総統の決めたことを翻させますか? 剣を抜きなさいな。わたしを倒せたのなら、このことは無かったことにしてもらえるよう、総統に懇願してみますよ」


エリカは、背中に槍を差していた。それを、すーっと抜く。


「両家は、最悪の事態を回避はしたでしょう。でもわたしの感情は別物です」


そう言うと、エリカは、左手で、槍の先を地面に向けて、そこから縦に見事に一回転させた。

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