カーナンダ

「彼女と会ったのは、終戦よりもずっと前のことだ」


あたしは、その人のことを知りたかったから、聞いたのだ。


3人で森の一角に座っていた。


「彼女は、オレの姉のような存在だ。一緒に育った。鳥を愛し、草花を愛した」


それから、クレオンは目を斜め左に上げて、少し思案するようにした。


「あの総統の最大の作戦、最大物量による圧倒的征服、が行われた時、俺は母を失うことはなかった。家では、カーナンダと一緒だった。彼女は、西の騎馬民族の生まれだ。輝く銀の髪の毛と褐色の肌をした、異民族。なぜ、一緒に生活していたか? すまない、よく覚えていないんだ。とにかく、俺たちは姉弟のようにして、育てられた。

しかしそれは起こった。誰かが俺の家に侵入し、カーナンダを殺したんだ」


そこまで言うと、クレオンは、苦しそうに、目を強く瞬いた。光-線は、鋭く大地を刺していたが、木陰にいるあたしたちには、問題なかった。時折吹く、春の生暖かい風が、汗をかいた身体を乾かしていく。


「それで俺はレーベンホルンへ預けられることになり、そこで復讐の剣を磨いた」


「え、お母さんは?」


あたしは、説明が抜けているところが気になる。


「え? ああ……、わからないんだ」


「カーナンダが襲われてる時、あなたはどうしてたの?」


これは、エリカの質問だった。


「奴らはオレを押さえつけて、目の前でカーナンダを……」


怒りのためか、彼の拳に力が入る。顫える声は、しかし、冷静だった。


「奴ら、は何故、そんなことをしたの……」


クレオンは、睨みつけるように大地を見た。あごが喉に当たるようにしたので、長めの髪の毛が彼のそれ以上の表情を隠す。


「奴らは、ミサリア民族狩り、をしている連中だ。俺たち一家は、その餌食になった」


そんな奴らがいる、と学校で誰かが噂しているのを聞いたことがある。都市伝説と思われてもいた。


「でも、なぜ、クレオンを殺さず、カーナンダという人を?」


質問をしてみる。


クレオンの言っていることは、ところどころ引っかかるのだ。でも、あまり、立ち入ってはいけないところのような気もする。


「奴らは、ミサリア民族の俺に精神的苦痛を与えたかったんだ」


あたしは、怪訝な顔をしてしまう。彼は


「誰か、捕まえたの?」


「?」


顔を上げるクレオン。なぜ、そんなことを聞く、と言いたげな表情。


「いや、俺は。総統から手渡された銀の剣で」


森のどこかから、木かその種子が、弾けるようなぽーんっという音がした。手を伸ばせば捕まえられそうな、すぐ近くを、ウサギか何か白い動物がさーっと駆ける。それをあたしは、悲しい目で追った。それからクレオンに顔を向ける。


「あのシスター・リガという人が、あなたの復讐の相手を知っているのね……」


「そうだ」


色々と、どこかがおかしい。あたしとエリカは、思わず同時にお互いの顔を見合った。2人とも、困惑した目をしていた。そして、エリカは首を振った。


息を吸ったあたしは、しかし、不安を取り払うことはできず、そこにさらに、混沌を詰め込むかのように、声を出す。


「カーナンダという女性は、どんな人なの」


あたしは、地面に伸びている、青い草をいくつか握り、それを引っこ抜いた。聞きたくなくて、聞いておかなくてはならない、そんな、学校の宿題のような気掛かり。


「鳥を愛し、草花を愛した」


あたしたちは、黙って続きを待った。しかし、クレオンはそれ以上言わなかった。


「何かないの?」


地面に座ってると自然と手に土がつく。それをエリカは、パッパッと落とした。


「『クレオン、焼きソーセージロースト・ヴルストができたわ』。そう言って彼女はよく小さい俺が腹を空かしている時に、食べ物をくれた。

そういう時の、彼女の顔は幸せそうだった」


強烈な思い出というのでなくて、長く一緒にいた親密さを語っているのだろう。


「ちょっと、いいか?」


クレオンは、そういうと、ベルトから鉄の水筒を外した。その中の残っていたらしい水をぐぐっと飲んだ。


「カーナンダのことをしゃべるといつも喉が渇くんだ。まるで喋ってはいけない、警告をされてるみたいに」


そう言ってまた、水筒を傾けて顔を上向ける。ゴクゴク、と鳴る男の子の喉元を見たあたしは、何故か落ち着かない。


「俺はもう、帰らなくては。みんなから心配されたくない」


レーベンホルンというところで共同生活をしているのだろうか。孤児院で生きるあたしと似ている。


クレオンは立ち上がった。慣れた手つきで、水筒をベルトに結び直す。エリカとあたしも地面からお尻を離した。


「クレオン……」


あたしは、しめやかに言った。


「いつか、なにか、問題が出てきたら、


それは、何故か行なってしまった賭けだった。相手に受け入れる気がなければ、バツの悪い感情に悩まされることになる。ただ、このまま、別れたくなかった。あたしも、彼とカーナンダのような親密さを築きたかった。


クレオンは、小さく「ああ…‥そうするよ」と言った。「話を聞いてくれてありがとう。今度会ったら焼きソーセージロースト・ヴルストでも一緒に食べよう」


そして、手を差し出して来くる。あたしたちは握手をした。それから彼はエリカともそうした。


「また」


そう言って、背を向けて歩いて行った。鞘に収められた銀の剣が揺れるのを確認できなくなるまで、あたしは、クレオンを見ていた。


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