総統のパレード

それから、エリカとあたしは、なにくれとなく、学校で放課後で、一緒に過ごすことが多くなった。エリカは案外に甘えん坊で、自分の話を聞いて欲しがった。もちろん、あたしも、話した。お互いに待ちきれない魂を支え合うように。それが、弱いわけではない。ただ、あたしたちはまだ若すぎて、自分の心を整えるために、半身が必要だったのだと思う。


あたしがエリカと出会ってきっかり1週間後、終戦記念日が来た。その日は学校が休みで、あたしはエリカと会う約束をしていた。街1番に広い通りの5kmを総統以下、主だった騎士団のメンバーたちが、行進をするのだと。


天気は快晴。街は朝からお祭りだ。通りには出店がならび、パレードはまだ始まらないのに、人々は、集まっていた。あたしたち、孤児院の連中は1人20マルク渡されて、自由に使って良かった。シスター・リーゼルは興奮し(彼女は20代でシスターなので独身)、総統の今パレード限定のフォトカードを買うのだと息巻いていた。


あたしたちは1番いい服を着て、それは学生服なのだけど、そして、通りに面する広場に集まっていた。


宗教騎士を目指すアウクストも、シスター・リーゼルと一緒に、総統を一目見たいと、嬉しそうに話している。


メガネのリアラは、20マルクで本を買う! とパレードが終わって本屋に行くことを、早く早くと期待している。参加しなければ、突撃隊の粛清対象になるし、本屋も閉まってるだろう。


幼いエルゼは、あたしの手を握り、お祭りの雰囲気に目を輝かせていた。


他の孤児院のみんなも、それぞれにパレードを待っている。


「シスナ」


エリカがやってきた。この広場にいることを前日に伝えてあった。彼女を孤児院のみんなが見た。誰をも惹きつける魅力が、彼女にはある。


「シスナお姉ちゃん、誰、このきれいな人」


エルゼが、ちょっと怯えたようにこちらを握る手に力を込めた。


「お姉ちゃんのお友達よ」


「あなたがエルゼ? あたしは、エリカです。よろしくね」


「なんであたしのこと知ってるの?」


エリカは微笑みをかけた。


「あなたのことは、シスナから聞いてますよ。とても元気でかわいい子だって」


エルゼはえへらーと笑いかえした。そして空いていたもう一方の手を差し伸ばした。エリカは、自然にその手を握った。エリカ、真ん中にエルゼ、そしてあたし、というふうに並んだ。


エリカはあたしの方を向いても、笑った。あたしもそれに応える。


「おい、きたぜ!」


誰かが叫んだ。


道の左右を突撃隊が歩き、パレードの観覧者たちに目を光らせる。


軍楽隊が、ラッパや太鼓や笛で賑やかにする。


先頭は、ヴァルキュリア騎士団だった。女性だけの兵隊。蒼に金をあしらった制服が華やかだった。


「素敵ね」


エリカが言う。彼女もヴァルキュリア騎士団に入ることを望んでいた。そこから社会を変えていく計画みたいなのも聞いた。そこに、単純な憧れの心もあったのだと思う。


「抜剣!」


金色の長い髪を後ろで結った、騎士団長のリーゼロッテ・フォン・リーシナ、国民に「蒼のロッテ」と呼ばれて愛されている23歳の彼女が、一声し、ヴァルキュリア騎士団の全員が乱れもなく、剣を抜いた。刃を斜め上空に上げて、目を剣の切先に向けたまま、まっすぐに歩く。


「納刀!」


剣は一斉に鮮やかに鞘に収められる。剣を飾したまま、5kmも歩けないから、要所要所でそうするのだろう。


そしていくつかの騎士団が、通り過ぎて、アウクストが目指す、聖ゲオルグ騎士団も、その中にあった。


「おい、ゾンネ・ユーゲントだ」


「エリートの親衛隊でしょ? え、すごい若い……」


緑の制服を着た少年と少女。1番先を、あのクレオンが歩いていた。その後ろにサディストのヨアヒムがいる。あたしは、目を合わせてはいけないと思うが、その華美な行進に目が吸い寄せられる。ヨアヒムが確かにこちらを見た。しかし関心もないようにすぐに目を前に向けた。あたしは、記憶する価値もないような存在なのかもしれない。


そしてゾンネ・ユーゲント総勢12名の最後尾に、輿に担がれた男、総統。


輿の上で、立ったまま、鞘に収まった両手剣、「圧する力ジャガーノート」を下に向けて持ち、不動の姿勢でいた。時に手を挙げて、民衆に挨拶をする。


パレードを進む主役たちに絶えず花や紙吹雪がかけられた。


そして、やがて、遠くへ行った。


「水晶宮で総統が演説をされるらしい」


どこからともなく、そんな情報が飛び交い始めた。


「ラジオでも、聞けるか? おい、誰か持ってるか!」


「まてよ! とにかくパレードが終わってからだろ!」


パレードの最終地点が水晶宮だ。


「シスナお姉ちゃん、お腹すいた!」


エルゼがぴょんっと飛び跳ねた。


「あら、お姉ちゃんはお腹いっぱいだぞ」


「えー、何も食べてない!」


「フフフ」


エリカが笑う。


「エリカお姉ちゃんもお腹いっぱい?」


「そうね。ズッペスープでもいただこうか?」


「うん。あのね、お金があるの!」


「じゃあ、食べよう!」


エリカは両手で、エルゼの手を握りぶんぶんと振った。きゃははは、とエルゼは笑う。


「じゃあ、これからは自由行動にします。年長者は年少者を気にかけてあげるのですよ! 18時には、孤児院に帰ってくるように!」


シスター・リーゼルがみんなに聞こえる声で言った。


「じゃあ、食べに行こう! 出店があるよ!」


あたしたち3人は、手を握り合い連なったまま、意気揚々と進み始めた。エルゼは、あたしたちも行進してるみたい、とはしゃいだ。




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