第5話:再会は金てき(未遂)と共に

「んんんぅっ」

「大人しくしていろ。そうすれば苦しまずに逝ける」


 こ、この男、やっぱり殺すために侵入して来てるんだ。

 くそうっ。部屋が暗くて顔が見えない。

 でもなんで?


 金持ちの子を誘拐して身代金を要求っていうのは分かる。

 金品を盗みに来たとかも分かる。それで見られて口封じっていうのも分かる。

 だけど明らかに殺そうとしてるじゃん。


 こんな所で死ねない。アディを見つけるまでは絶対にっ。


「んんんーっ!」


 ――いいかセシリア。男に押し倒された時は、男の急所を蹴り上げろ。


 アディが教えてくれた男の撃退方法。

 男の急所――つまり金てき!!


「無駄なことはするな」

「んぐぅっ」


 蹴り上げようとした足の上に、男が自分の足を乗せて動かせなくなった。


「大人しくしろと何度言えば――」

「んん-っ」


 諦めるもんか!

 肘から下だけは動かせる。とにかくもがいてもがいて、抵抗してやる!

 離してよっ。どっかいってよっ!


「ふぐっ――うぅ」


 え? ちょっと腕当たっただけなのに。

 めちゃくちゃ痛そうにしてる。

 でもチャンス!


「痛っ――」

「んぷはぁっ。やった! ざまぁみろ!」


 男を押しのけ、ベッドから飛び降りる。


「く、そ、ガキ」


 部屋、部屋からで……外から鍵掛かってるうぅ!?

 窓、窓――開いてる! ここから入って来たってこと?


「大人しくしてろっつったろうが」

「うぎゅっ」


 バルコニーに出ようとしたところで、男から腕を掴まれ床に倒れた。

 もう一回殴ってやる。


 覆いかぶさる男の手に、短剣が握られていた。

 少しぐらい斬られたって構わない。こいつを――こい……。


 月明かりが窓から差し込んで、男の顔を照らす。


 黒い髪、青灰色の瞳……鋭い目つきの三白眼。

 右目を跨ぐ縦の傷。


 ――この傷は、母さんが殺された時に出来た傷だ。


「なんで……なんでアディと同じ傷があるの……なんでぇ」

「っ!? 何故俺の名前を――おま、お前……まさか」


 喉元に突き付けられていた刃が離れていく。


「アディ、なの?」

「セシリア……お前、なのか?」


 あぁ、あぁぁ。

 アディだ。やっぱり、アディだ。


「生きてるって、信じてた。ずっと、ずっとアディのところに帰りたかったんだよ」

「お前、が、なんでここに。ここはオルアリース侯爵家だろう」

「そうだよ。六年前、私を攫った連中は、侯爵家の騎士だったの」

「は? 侯爵家……なんで侯爵家の奴らがお前を――お前、なのか。侯爵の婚外子ってのは」

「う、ん。でもお母さんは望んでなかったと思う。侯爵のことなんか、好きじゃなかったんだよきっと」


 アディが婚外子のことを知ってる?


「アディ、なんでここに」

「俺は……」


 この時になって部屋の外から人の声が聞こえた。

 一瞬でアディの姿が消える。


「ま、待ってっアディ。私も行くっ。もうここにはいたくないっ」 


 バルコニーの手すりの上にアディは背を向けて立っていた。


「一緒に――」

「ダメだ。俺は……俺はお前とは……」


 え……。

 なんで、ダメなの?

 アディを探さなかったから?


 ガチャガチャと鍵の音がして振り向くと、すぐにドアが開いた。


「アディ! ア、ディ?」


 バルコニーに視線を戻すと、そこにはアディの姿はもう……なかった。


 置いて行かれた……置いて……。


「行か、ないで……一緒に、連れてってよ、アディ」


 視界が霞んで何も見えない。

 警備の騎士が部屋に入って来て何か言ってるけど聞こえない。聞きたくない。


 やっと会えたのに、また離れ離れなの?

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