第4話:侵入者

「いいことっ。一週間後までにこれ全部終わらせといて」


 屋敷の書斎に呼び出され、目の前の机にどさっと本が積み上げられた。

 

「まぁた課題さぼったんだ」


 ヴァイオレットは十二歳から、王都にある貴族学園に通っている。

 もちろん私は行ってない。

 週末ごとに帰って来ては、私にこの課題を押し付ける。

 ヴァイオレットの課題をやるためだけに、また家庭教師が付いた。

 こんなことをかれこれ四年近くやってるけど、いまだにこの子は自分で課題をやろうとはしない。


「あなたのために残しておいてあげたのよ!」

「そんな親切いらないし」

「おだまりっ」


 すぅーぐ引っぱたこうとする。あまりにもワンパターンすぎるから、躱すのも簡単。


「くっ。そ、そうだわ。わたくしがこれからどこに行くか、気になりますわよね?」

「え、全然気にならない。出かけるの? どうぞどうぞ」

「お、王都の舞踏会に招待されましたのよ」

「美味しい物食べられるといいねぇ」

「素敵な殿方とめぐり会えるかもぉ」

「よかったねぇ」

「っ――あぁ、もう出発の時間だわー」


 素敵な、ね。

 毎日のように、どこぞの令息から手紙が届いてるでしょ?

 そこから選ぶってこと考えないのかな。

 あ、本の間に何通か挟まってるよ。

 いやこれ、ヴァイオレットがわざと挟んでるね。だって封筒がなくて手紙だけ、しかも見えるように挟んでるし。

 あー、恋文だー。わー、歯が浮くようなセリフいっぱーい。

 いやこれ、おぉ、なかなか、面白い。すっごい物語性がある。作家になればいいのに。


「さてっと、どれから始めようかな」


 面倒くさいけどやらないと、あとでお仕置き部屋に入れられる。

 薄暗いのは平気だけど、完全な暗闇は……嫌い。

 暗闇の中だと、世界に自分だけしかいない気がして怖かった。

 アディを呼んでも来てくれない。


「もう……二度と会えないのかな、アディ」

「まだあの子供のことを言っているの? どこかで野垂れ死んでいるって、どうして認められないのかしら」


 ご、後妻いぃっ。


「何かようですか?」

「ようがあるから来てやったのよ。いいこと。わたくしたちが王都に行っている間、お前はヴァオイレットの隣の部屋を使いなさい」

「へ?」


 ヴァイオレットの部屋は、最初の一年間、私が使っていた部屋。

 その隣だから、当然いい部屋だ。


「あなたももうすぐ十六ですもの。そろそろ侯爵家令嬢としての立ち振る舞いを身に着けて貰わないとねぇ」

「え、今更?」


 そのための家庭教師を解雇したのは、あなたですよね?

 何いってんだろう、この人。


「いいこと。必ずあの部屋を使うのよ」

「なんで念を押すの?」

「あ、あの汚い部屋では、令嬢としての品格を磨けないからよっ」


 その汚い部屋に私を移したのもあんたですけど。


「エヴァン。エヴァ~ン。そろそろ出立するぞぉ」

「あ、はぁ~い侯爵さまぁ」


 うわぁ、相変わらず変わり身が凄いなぁ。

 書斎の扉から侯爵のおじさんが顔を覗かせる。その顔は緩みまくってて、ちょっと気持ち悪い。

 私のことなんて、まるで見えてないみたいだね。

 もう何カ月も声を掛けられていないし、掛けられたいとも思わない。


 ただ……

 

「だったらなんで私を攫ったりしたの……ずっとあそこに、アディの傍にいたかったのに」


 私にとっての家族は、アディだけなんだから。



 



「うえぇ、なにそれ……え、それ着て寝るの?」

「上質な絹製のネグリジェです。王都の流行りなのですよ」


 課題を一つ終え、宛がわれた部屋に向かうとベッドの上にとぅるんとぅるんな肌ざわりなネグリジェが置いてあった。

 私、この絹の肌触り好きじゃないんだけど……。透けてないだけまだマシだけどさぁ。


 あぁ、憂鬱だ。


「お食事は食堂で摂っていただきます。食事のあとは入浴もしていただきますので、さっさと済ませてください」

「え、まさか……」

「入浴のお手伝いをさせていただきます」


 うぅ、お風呂ぐらいひとりでのんびり入りたいのに。

 

 食堂に連れていかれると、ここ数年見たこともないようなご馳走が並んでいた。

 まぁた私ひとりじゃ食べられない量だよ。勿体ない。

 頑張って食べれるだけ食べてると、今度は浴室に連れていかれてヌルヌルしたローションを塗りたくられてマッサージされる。


「まったく、無駄に大きくなって」

「好きで大きくなったんじゃないし。別けてあげられるもんなら、別けてやりたいよ」

「くうぅっ」


 無駄に大きいのは胸のこと。

 身長は平均より低めだから、余計に目立ってしまう。


「それにしても奥様はどうして急に、この子を身綺麗にしろだなんて仰ったのかしら」

「あら、知らないの? ブォロゾフ伯爵から、婚約の申し出があったそうよ」


 え……


「うっそ! だって伯爵って、五〇近いでしょ? それにご結婚だって……」

「伯爵は十三人の夫人がいらっしゃるわよ」

「「えぇーっ!?」」


 えぇー……。


「若くて豊満な女が好みらしく、二十歳を過ぎると性欲の対象から外れちゃうんだとか」

「わっ、きも」


 きもぃ……待って。まさかその伯爵に嫁がされるの!?

 それは嫌。絶対に嫌っ。


 ヴァイオレットは一週間後までに課題をやれって言ってた。

 それまで帰ってこないってことだろう。

 

 抜け出してやる……。

 侯爵たちがいないなら、屋敷の警備も手薄になっているはず。

 今夜から準備しよう。


 換金出来そうな物、それでいて高価過ぎるものはダメ。足がつくから。


 入浴を終え、侍女たちが部屋から出て行ったらさっそくめぼしいものを探す。

 あ、このネグリジェ、売れないかな?

 ハンカチや手袋、未使用の化粧品もいけるな。

 

 明日はこれを詰め込める鞄を探そう。

 さ、怪しまれないようにちゃんと寝ないと。


「天蓋付きベッドなんて、久しぶりだなぁ」


 枕がふかふか過ぎて、寝心地が悪い。

 でもいつもより長めに入浴したせいか、眠気だけは――


 ……――くる、しぃ。


「ん……んん!?」

「起きた、のか。眠っていれば苦しまずに死ねたものを」

 

 息苦しくて目が覚めると、知らない男がベッドの上に。

 夜這い……なんかじゃない。

 だってこいつ、苦しまずに死ねたものをって言った。 


 私を殺しに来たの!? 

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