小さな年長者たちとのやりとり ~リトル・リトル・ネイバーズ~

夜桜くらは

小さな年長者たちとのやりとり

『類は友を呼ぶ』という言葉があるけれど、まさしくその通りだと思った。


 つい先日、僕は働かせてもらっているバーのマスター──ビコナさんのご友人に会う機会があった。


 ビコナさんは「スクナビコナ」という神様で、身長はわずか17センチくらいしかない。そんな彼のご友人であるから、きっと同じ神様なのだろうと勝手に思い込んでいたのだけれど……実際は違った。

 ビコナさんのご友人は、別の意味で同類だったのだ。


 いらっしゃったのは3人。男性1人、女性2人の組み合わせだったのだけれど、その誰もがワインボトルより背が低いのだから驚きだ。

 そんな彼らだけれど、全員が成人済みらしく、お酒を嗜むらしい。ビコナさんがカクテルを差し出すと、彼らは喜んでそれを受け取っていた。


 他にもお客様は居たから、僕は軽く挨拶をしてその場を離れたんだけど……彼らは随分と仲が良さそうに見えた。

 ビコナさんも、たまに会話に混ざって楽しそうにしていたし、もしかしたらあの3人はお友達というよりかは家族に近い関係なのかもしれないな、なんて思ったりもした。



 そして今、僕の目の前で、そんな彼らの内のひとりである女性が、ショットグラスを両手で抱えながらニコニコとしている。


「うぅ~ん……やっぱり、仕事終わりの一杯は格別だねぇ~」


 そう言いながら、彼女はグラスに入った液体を口に含んでいく。

 その姿は、まるでジュースでも飲んでいるかのように幸せそうだ。


 彼女の名前は、アメリアさんと言う。

「ブラウニー」という種族の女性だ。ビコナさんより2センチくらい背が低くて、見た目も若々しい。僕よりも年下に見えるくらいだ。

 しかし、実年齢はなんと約200歳。とてもそうは見えないほどに可愛らしい外見をしているのだが、年齢だけを見ればかなりの大先輩だ。ビコナさんから聞いた時は、本当に驚いたものだ。


 まぁ、そもそもの話として、このお店には人間以外のお客様も多く訪れるので、あまり驚くようなことではないのかもしれないけどね。

 ちなみに、今日店に来たのは彼女だけだ。他の2人はそれぞれ別の場所で過ごしているらしい。


「アメリアちゃん、呑み過ぎないでおくれよ? ボクが介抱するハメになるんだからさ……」


 グラスをチビチビと傾けているアメリアさんに、ビコナさんが溜め息混じりに言った。

 すると、アメリアさんは少しムッとして、唇を尖らせる。


「なにさぁ~! 別にいいじゃないのぉ! それに、あたしは強い方なんだからぁ!」


「それは知ってるけど、あんまり飲み過ぎると身体に毒だよ?」


「大丈夫よぉ~! 薬にもなるって、あんたも言ってたじゃないぃ~!」


「そりゃあそうだけど……まあ、ほどほどにしておいてくれるなら構わないけどさ」


 呆れたように溜め息を吐くビコナさん。そんなビコナさんを、アメリアさんはケラケラと笑って見ている。

 なんだかんだ言いつつも、ビコナさんはアメリアさんを気にかけているようだ。2人の様子を見ていると、なんだか微笑ましい気持ちになる。


 こう見えてビコナさんは1000年以上生きている神様だから、アメリアさんの約5倍もの時間を生きていることになる。

 それだけ長生きしていれば、色々と経験してきたのだろうけれど……彼の性格や口調からして、あまり想像できないというのが本音だ。

 そんなことを思いながら、僕は2人の会話を黙って聞いていた。


 しばらくして、アメリアさんが不意に僕に話しかけてきた。


「どうだい? 仕事は慣れたかい?」


 突然の問いかけに、僕は慌てて背筋を正す。


「あ、はい! いろいろ教えてもらってます!」


 僕がそう言うと、アメリアさんはニッコリと笑って頷いた。


「そうかいそうかい。そりゃあよかったよ。分からないことがあったら、何でもビコナに聞くんだよ? こいつはこう見えて面倒見が良いからねぇ」


「一言余計だよ、アメリアちゃん」


 ビコナさんが口を尖らせると、アメリアさんは悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「あはは、冗談だよ。でも、実際そうだろう?」


「……ま、否定はしないけどね」


 ビコナさんは苦笑いしながら言った。

 2人がかもし出す和やかな雰囲気に、思わず頬が緩んでしまう。

 身体は小さくても、やはり経験を積んでいるだけあって貫禄があるなぁ、なんてことを思う。


 それから、しばらく3人で談笑した。主に話題になるのは、やはり仕事に関することだ。

 2人とも、僕とは比べ物にならないくらい多くの経験を積んできているため、話は聞いていて面白いものばかりだった。


 そうして話す中で、話題は今までにあった忘れられない出来事についての話になっていった。


「僕はやっぱり、初めてこの店に来た時ですかね……。まさか、こんな小さな神様が働いているなんて思いもしなかったので、かなり驚きました」


 僕が言うと、ビコナさんは「ははは」と笑った。


「確かに、初めて見たら驚くだろうね。一見さんにも、よく驚かれるもんなぁ……」


 ビコナさんは、しみじみとした様子で言う。


「まあ、この姿だからねぇ。無理もないだろうね」


 アメリアさんも、笑いながら言った。グラスのお酒は、いつの間にか空っぽになっている。

 その小さな身体のどこに入っていくのか不思議でならないが、当のアメリアさんはケロッとした様子だ。


「ボクは何だろうな……。いろいろあったけど、やっぱり一番印象に残っているのは、店を持った時かなぁ……」


 顎に手を当てて考え込みながら、ビコナさんが呟くように言った。


「そういえば、ビコナさんって元々、旅をしていたんですよね?」


 僕が訊ねると、ビコナさんは小さく頷いて答えた。


「そうだよ。気の向くままに、あっちへフラフラこっちへフラフラしながらね」


 そう言って、彼は懐かしそうに目を細める。その表情はとても穏やかで、優しいものだった。


「いろんな場所を見てきたよ。それこそ、数え切れないくらいにね。その中で、たくさんの出会いがあったんだ」


 昔を思い出すように語るビコナさんの表情は、どこか寂しげでもあった。


「出会いがあるということは、別れもあるということさ。ボクは他の種族よりも寿命が長い分、そういう機会も多かったからね。何度も経験してきたよ。その度に悲しくなったり寂しくなることもあったけれど、それ以上に楽しかったこともたくさんあったよ」


 そこで言葉を切ると、彼はフッと小さく笑った。


「そう。それこそ、この店を見つけた時のようにね。この店で、先代のマスターに会って……一緒に働いてみないかって言われた時は、本当に嬉しかったなぁ……」


 言いながら、ビコナさんは天井を見上げる。そこには何も映っていないはずなのに、まるでそこに何かを見ているかのような目をしていた。

 そんな彼の顔を見ていると、僕も何だか嬉しくなってくる。きっと彼にとって、この店で過ごした時間はかけがえのない思い出なのだろう。

 そしてそれは、これからもずっと続いていくのだ。そう思うと、とても幸せな気分になる。


「……おっと、しんみりした空気になっちゃったかな? ごめんね」


 僕の表情を見てか、ビコナさんが慌てたように言う。そんな彼に、僕は首を横に振った。


「いえ、大丈夫ですよ」


 僕が答えると、アメリアさんが微笑みながら口を開いた。


「良い思い出じゃないか。そういうのって、なかなか忘れないものなんだよ」


 その言葉に、ビコナさんも頷く。


「そうだね。ボクもそう思うよ。……それで、アメリアちゃんはどうなの?」


 ビコナさんに訊ねられると、アメリアさんは少し考え込むような仕草をした。


「そうだねぇ……。あたしもいろいろとあったけど……やっぱあれだね。『猫事件』ってやつさ」


「『猫事件』、ですか……?」


 僕が首を傾げると、彼女は説明してくれた。

 なんでも、家政婦紹介所に勤める前、アメリアさんは個人で仕事をしていたらしい。決まった家を持たず、住み込みで働けるところを探して転々としていたのだという。


 そんなある日、とあるお屋敷に雇われることになったのだが、そこで事件は起こったのだという。


「そこのご主人は猫が好きでねぇ……それはもう、溺愛してたんだよ」


 アメリアさん曰く、その屋敷の主人はとても優しい人物だったらしい。しかし、問題は彼の飼い猫にあった。


「忘れもしない、7日目のことさ。あたしが廊下を掃除してた時なんだけどね、急に背後からものすごい勢いで何かが迫ってくる気配がしたんだ」


 その時のことを思い出しているのか、彼女の顔が少し青ざめているように見える。よほど恐ろしい思いをしたのだろう。


「あたしは恐る恐る後ろを振り返ったんだ……そしたら、そこには大きな黒い塊がいたんだよ! それが、あの黒猫だったんだ!」


「えっ!? じゃあ、襲われそうになったってことですか!?」


 僕が尋ねると、アメリアさんは力強く頷いた。


「ああ、そうだよ! あれはまさに捕食者の目だったね……!」


 アメリアさんがブルッと身震いするのを見て、僕はごくりと生唾を飲み込んだ。


「まあ、結局何事もなく済んだんだけどねぇ……。でも、それからあたしは猫が怖くなってしまって、屋敷にいる間はずっとビクビクしてたんだ」


 小さな身体をさらに縮こまらせながら、アメリアさんは言う。そんな彼女を安心させるかのように、ビコナさんが彼女の肩を優しく叩いた。


「アメリアちゃん、大変だったんだね……。7日目の事件、アンラッキー7ってところか……」


「ほんとだよ……。もう二度と、あんな目には遭いたくないもんだ」


 アメリアさんは、深い溜め息を漏らした。そんな彼女を見て、ビコナさんは新しいボトルを棚から取り出しながら言った。


「長く生きてると、いろいろあるからね。ま、そういう日もあるさ」


 そう言いながら、彼はボトルを浮かせてコルクを抜く。そして、そのままグラスに注いだ。


「……よし、今夜は特別だ。遠慮せずに飲んでいいよ」


 そう言ってウインクしてみせるビコナさんに、アメリアさんは嬉しそうな笑顔を見せる。


「お、いいのかい? それじゃあ、お言葉に甘えようかね」


 嬉しそうに言うと、彼女は注がれたばかりのワインに口をつけた。一口飲んだ瞬間、顔がパアッと明るくなる。どうやらお気に召したようだ。

 その様子を見て、ビコナさんも満足そうに微笑んだ。


 そんな2人を見ながら、僕は思った。どれだけ長い時を生きていても、悩み事というのは尽きないものなのだな、と。

 身体の小さな2人だからこそ、その悩みは僕なんかよりもずっとずっと大きいのかもしれない。それでも、こうして笑い合えるのだから、本当に強い人たちだと思う。


 僕もいつか、そんな風になれたらいいなぁ……。

 談笑を続ける2人を見つめながら、そんなことを思うのだった。

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小さな年長者たちとのやりとり ~リトル・リトル・ネイバーズ~ 夜桜くらは @corone2121

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