【KAC20236_お題『アンラッキー7』】トリ・マスコの奇妙な冒険

鈴木空論

【KAC20236_お題『アンラッキー7』】トリ・マスコの奇妙な冒険

※この小説は KAC2023 のお題を元にした連作短編の第六話です。

 宜しければ第一話からご覧下さい。


 ※ ※ ※ ※ ※




 トリ・マスコは知る人ぞ知る霊能力者だった。


 決まった店を持たず、各地を転々としながら手製の数珠を販売し続けて気付けばこの道五〇年を超える大ベテラン。

 これまでに多くの人々の悩みを解決し、決して表舞台には出ないものの今では少なくない支援者を抱えていた。

 路上での数珠の販売以外にも最近はネットを使った霊的なアイテムの通販も始めた。

 また、信者となった支援者たちからのお布施による収入もある。

 そのため、その一見浮浪者とも取れる神秘的な外見とは裏腹に彼女の年収は一般のサラリーマンのそれを遥かに上回っていた。


 長年この商売を続けられていたのは、まず第一に彼女が本物の霊能力者だったことがあげられる。

 彼女は実際には簡単な霊や呪いなら払う力があり、彼女の手製による数珠もそれなりの効果があった。だからこそ彼女を信奉する者も増えたのだ。


 だがそれ以上に大きかったのは、彼女が霊能力以上に人を見定める優れた目を持っていたことだった。

 身も蓋もない言い方をすれば、カモになる人間を探す嗅覚に長けていたのである。



 ※ ※ ※



「……おや。そこの方、ちょっとお待ちなさい」


 とある街でいつものように露店を開いていたマスコは、通りかかった男に声を掛けた。

 どことなく頼りない、間の抜けた印象の男だった。


「僕ですか?」

「ええ、あなたですよ。あなた、大変よくない体質をしています。放っておいたら大変なことになる」


 マスコは不安を煽るように言った。

 すると男は目を丸くする。


「わかるんですか? 実を言うと以前に他の人にも似たようなことを言われたことがあるんです。悪霊や呪いを引き寄せやすいから不用意にそういう場所へは行くなって」

「あらあら、そうなんですか。それじゃあひょっとして、ご自分でもそういった自覚がおありになったり?」

「ええ、まあ……」


 しめた、とマスコは思った。

 見た所この男には霊的な才能はまるで無い。仮にそういった被害を受けたとしても自覚などできるはずもない。

 にも拘らず霊的なことを信じているということは、人の言うことを鵜呑みにしやすい性格ということである。

 マスコにとってはこういうのが一番のカモなのだ。


「それはいけないわ。私の見立てでは放っておいたら大変なことになる」

「そこまで酷いんですか? 最近はマシになった気がしていたんですが……」

「とんでもない。あなた、今とても酷い状態ですよ。数字で例えるならラッキー7ならぬアンラッキー7。最悪も最悪です。一刻も早く手を打たなくては」

「しかし、そう言われてもどうすれば……」

「私の数珠をお持ちなさい」


 マスコは御座に並べた物ではなく、自らの懐から別の数珠を取り出した。

 こうやって特別なものに見せかけることで付加価値が上がるのである。


「これは私が持つ中でも最も強力な数珠です。貴重なものなので無償でという訳にはいきませんが、あなたの命には代えられない。さあ、ぜひお持ちになって下さい」


 こういう流れに持ち込むと大抵は落ちる。

 これで今夜のおかずが一品増やせるね、とマスコは心の中で冗談めいたことを考えた。

 ところが、男は慌てたように手を振った。


「とんでもない。そんな貴重なもの頂けませんよ。僕は大丈夫ですからそれはもっと困っている人に渡してあげて下さい」

「へ?」


 男の目にはマスコに対する猜疑心や胡散臭さなどは浮かんでいなかった。

 本気で貴重な物は受け取れない、他の奴を助けてやれ、と考えているようだった。


「それじゃ僕これで失礼しますね。実は人と待ち合わせてるんで……」

「あの、ちょっと」


 マスコが止めるのも聞かず男はさっさと急ぎ足で行ってしまった。

 男は人ごみを縫いながらあっという間に離れて行き、向こうの十字路で曲がって見えなくなった。


「……今時あんな純粋な考えの奴もいるもんなんだねえ」


 マスコは呆気に取られたまま見送ったあと、一人呟いた。

 なんだか拍子抜けしてしまった。

 今日はもう店仕舞いにしてしまおうか。

 折り畳みの椅子に腰かけながらそんなことを考えたのだが……。


「―――!!」


 突如、マスコの全身に悪寒が走った。

 気配のする方へ顔を向けると、見上げた先のビルの屋上に何かがいた。

 赤黒い巨大な塊。グロテスクに脈打ちながら、巨大な一つ目で下の道路をじっと見降ろしている。

 どう見てもこの世のものではなく、マスコ以外にその存在に気付いている者も誰一人いない。


 不味い。

 あれは不味い。

 マスコは本能的に腰を浮かし、いつでも逃げられる体勢を取った。

 あれが果たして悪霊なのか呪いなのか、マスコには判断が付かなかった。

 ただわかったのは、マスコ程度では到底太刀打ちできない相手だということだけだった。

 関わったら間違いなく殺される。

 矛先がこちらに向く前に逃げなければ。

 マスコは赤黒い塊に注意を向けたまま慎重に後ずさりをした。


 その時、赤黒い塊が動いた。

 ヌルヌルとビルの壁を滑り落ち、身体を伸縮させながら地面を這って行く。

 向かった先は、先程男が曲がって行った十字路だった。


 それを見てマスコは愕然とした。

 いけない。

 あれをあの男に近付けてはいけない。


 マスコは腐っても霊能者だ。数珠を売るために不安を煽ったりはするが、霊的な事に関してはこれまで一度も嘘を付いたことはなかった。

 さっきの男が良くないものを引き寄せる体質だというのは本当なのだ。


 マスコは数珠を握り締めると反射的に男の元へ走り出した。

 絶対に勝てないことは理解していた。

 しかし理屈ではなかった。

 霊能者を自負する者として、この状況であの男を見殺しにするという選択肢は選べない。

 でなければ自分は今後もう霊能者は名乗れない。


 今でこそ商売優先利益第一なマスコだが、初めは純粋に人助けがしたいと考えて霊能者を始めたのである。

 これでもしも死ぬとしても霊能者冥利に尽きるというものだろう。

 そんな思いがマスコを突き動かしていた。


「待ちな悪霊! まずはアタシが相手だよ!!」


 曲がり角に入るなりマスコはそう啖呵を切った。




 ところが。


 決死の覚悟でマスコが見たのは、信じられない光景だった。

 あの男と赤黒い塊が互角に戦っていた。

 いや、戦っているのではない。

 攻撃しているのは赤黒い塊の方だけだった。

 大量の触手を針のように飛ばして男の身体を貫こうと躍起になっている。

 ところがその触手は一本たりとも男には刺さっていなかった。


 男は残像が見えるほど高速な反復横跳びをしながら赤黒い塊の攻撃を尽く避けていた。


 しかも信じられないことに、その動きに特別な力は感じられない。

 ただの筋肉。

 純粋な運動能力のみであの塊を翻弄しているのだ。


「あ、もしもしヨミさんですか。はい、カクです。遅れてすみません。実はまた厄介なのに絡まれてしまいまして……」


 男は塊の攻撃を避けながら呑気に携帯で通話を始めた。

 それを見た塊が怒りの唸り声を上げてさらに激しい攻撃を繰り出すがそれらは虚しく空を切り、男は顔色一つ変わらない。

 それはもはや、塊のほうが可哀そうにすら思えてくる光景だった。


「はい、そうです……あ、いや、今回は別に余計な事した覚えも無いんですけど……え? 場所ですか? 待ち合わせ近くの一番大きい交差点の……ああ、わかりましたか。……ありがとうございます。ではお願いします」


 男は携帯を切った。

 すると次の瞬間、空から巨大な虎のぬいぐるみが落ちてきて塊を踏み潰した。

 ぷちっ、という音とともに塊は弾け飛び、残った破片がしゅわしゅわと煙を立てながら消滅していく。


「やれやれ。……さて、早くヨミさんの所に行かないと」


 男はいつのまにか普通のサイズまで小さくなった虎のぬいぐるみを抱え上げた。

 そして何事も無かったように立ち去った。



 マスコはその日を境に霊能者を引退した。

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