スズランの葬送

鹿森千世

スズランの葬送(試し読み)

 恐ろしい幻想がわたくしの背を押すのです。


 あなたのほの蒼い肌にこの指を這わせば、

 蒼ざめた月に、凶々まがまがしい、不吉な影が落ちるように、

 死に至る毒があなたを染め上げていくでしょう。

 したたる血のような、満開の芥子けしのような、

 あざやかなあかへと。


 美しい死にざまを夢に描いて。


 あなたのほの蒼い指がこの肌に触れれば、

 夜明けの雪原に、紫の花弁が舞い散るように、

 死に至る毒がわたくしを染め上げていくでしょう。

 逃れることのできない紫黒しこくの鎖が、

 罪人のように、

 わたくしを死神のもとへ引き連れていけばいい。


 初めてあなたがわたくしを見たとき、

 その紫の瞳の奥に、うすぐらい炎が灯ったのです。

 わたくしはそれを、見逃しはしなかった。


 刹那的で破滅的な、死を招く欲望。

 その向こうみずな情熱を、

 利用しようと心に決めたのです。


 交じりあう紅と紫の先に、待ち受けるのは漆黒の死。

 いつの頃からかわたくしは、地の底の魔物に囚われておりました。

 その無慈悲な爪牙そうがに甘く美しい夢を見て。


 ウェズレル様、

 あなたは気づいていらっしゃらないのかしら。


 わたくしは、誰より残酷で傲慢な雫なのです。あなたが思うような、純真可憐な乙女ではない。


 それなのにあなたが、わたくしの恐ろしい夢を焚きつけてしまったから。


 どうか思い描いてくださいませ。


 わたくしの肌にご自分の色が、深く、にじみ沈んでいくさまを。

 わたくしたちの苦しみを。わたくしたちの幸福を。


 ああ。その毒は、その死は、

 どれほど甘美でありましょう。


        * * *


 わたくしは、スズランの雫でした。

 透きとおる朝の光がこもれびとなり、純白のまるい花弁を揺らすとき、こぼれ生まれてくるのです。

 リン、と鈴が踊るような音がするのですよ。その名のとおり、スズランですもの。幸福を運ぶ美しい音色とともに生まれるのです。

 わたくしたちはみな、にんげんの乙女のすがたに生まれます。雫ですから男も女もありませんけれど、そういう形に生まれると、誰しもが乙女の心を持つのですわ。

 わたくしたちスズランは、とりわけ美しい雫でございました。

 くるぶしへ流れるゆるい巻毛。やさしい弧をえがく眉。大きな瞳をとりまく睫毛。そのすべてが降ったばかりの白雪しらゆきの毒。

 ながい睫毛のまたたくさまは、白鳥の乙女の羽ばたき。そう、森の者たちが言うのですよ。

 ただ両の瞳だけは、血のように紅い、スズランの実の色をしておりました。

 手をつなぎ、輪になり踊れば、爽やかな春の香りが立ちのぼり、乙女の胸にはスズランの花弁によく似た、まるいふたつの膨らみが揺れる。

 わたくしたちを目にすると、誰しもが恋のとりこになると聞いております。死に至る毒だと知っていながら、呪いのように惹きつけられて。その肌に触れたどれほどの命が、露と消えたことでしょう。

 スズラン中毒、と誰がさいしょに言い出したのか。恋と毒とは、似たようなものかもしれませんわね。

 あら、恐ろしくなりまして? どうかご安心なさって。あなたが触れようとなさらなければ、たわむれに指をわせたりしませんもの。


 わたくしメリルは、千年にいちどの美しい雫でした。誰もがわたくしを愛したのです。わたくし自身、自分が誰より美しい雫であると知っておりました。

 ですがその美しさは、残酷な運命とうらおもて。もうじきわたくしは、モミのにえとなるでしょう。

 モミの雫は、この森の王者。荒々しく粗暴な、戦士のすがたをとる者たち。

 あまりにスズラン中毒に陥る者が多いので、モミの雫はスズランを自分の保護下においのです。おかげで、わたしたちに触れようとする者も、うっかり命を落とす者も、さっぱり見かけなくなりました。

 ところが森の平和が保たるようになると、モミたちはこんな要求をするようになったのです。

 もっとも美しいスズランの雫を、毎年ひとつぶ差し出すようにと。

 モミはわたくしたちを自分の根もとに住まわせているうち、スズランの猛毒にすっかり慣れてしまったようでした。ですからどれほどわたくしたちに触れようと命を失うことがありません。

 可憐なスズランの乙女の、痛みと叫びをご想像なさいませ。するどい針の指先に夜ごとさいなまれ、傷つき弱って死んでいくのです。

 とうぜんわたくしも、そうなる運命でございました。



(続きは文学フリマ東京36にて販売予定のアンソロジー『恋毒スーサイド』にて!)

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スズランの葬送 鹿森千世 @CHIYO_NEKOMORI

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