第40話 Xデー
「ただいまー」
「おう、思ったよりも早かったのう」
部屋に戻ったのは二十一時過ぎ。いつものジャージ姿の詩織さんが出迎えてくれる。
「すみません、夕飯準備できなくて」
「たまには一人で外食も良いものじゃな。聖也は七緒と飲んでおったのか?」
「はい、課長に連れて行かれちゃって。色々相談に乗ってもらいましたよ」
「相談なら私も乗ってやるぞ!」
詩織さんのことについてなので、詩織さん自身に相談に乗ってもらうわけにもいかないんですけどね。でも、課長に色々と話せたお陰でだいぶスッキリしたかな。決心も付いたし。
それから小説の話しになって、カクヨムコンの間に読んだ中でどれが良かったかと言う話題に。僕は自分で書いた話も好きなんだけど、課長の小説も好き。期間中は自分と同じジャンルや恋愛ジャンルを中心に読んでいたけど、詩織さんはジャンル全体を満遍なく読んでいたらしい。どのジャンルもランキング上位の作品はいわゆる『流行り』の内容で、面白いのは面白いけど詩織さん的にはもう少しランキングが下の作品にお気に入りが多かったそうだ。あー、でもそれは何となく分かる気がするな。上位のものよりも独創的な内容のものが多かったから。
「昔は本を何冊も入手することが難しかったからのう。カクヨムコンの様に数多の作品が読み放題と言うのは、ある意味異常なのじゃ。だからこそ『祭り』なんじゃがな」
「そうですね。全体的に一万本を超えてたみたいだし、本屋でもそんなに新刊はないですもんね」
「まさに情報の海じゃな。現代の神はネットの中にもおるのかもしれんのう」
ネットの神様か。神様が人智を超えた精神的な存在であるなら、ネットの中だけに存在していてもおかしくはないけど、でもそれだと神様も二進数ってことになっちゃうか。近未来のSF映画みたいだ。
それからしばらくお喋りを楽しんで、日が変わる頃に二人でベッドに入る。このスタイルで寝ることもすっかり定着しちゃってなんの違和感もなくなっていた。課長の話では僕が『詩織さんの所有物』みたいに言われていたけど、こうしていると束縛されている様な気はしない。言い方はアレだけど詩織さんはとても人懐っこい感じなので、僕も『放したくない』と思ってしまう。それとも、そう思うこと自体が彼女に魅入られた結果なのかな?
「何か考え事か?」
「いえ……中間発表の日、早くこないかなと思って」
「そうじゃな。しかしひと月などあっと言う間じゃぞ。滅多にない体験じゃから、楽しむが良い」
「そうですね。じゃあ、おやすみなさい」
「おやすみ」
布団の中でモゾモゾと少し上に上がってきてキスをしてくれた詩織さん。またモゾモゾと潜り込むと、すっぽり布団にくるまり僕の腕にしがみついて寝てしまった。『おやすみなさい』ともう一度心の中で呟いて、僕も目を閉じた。
詩織さんの言った通り一ヶ月などあっと言う間で、三月の十六日。カクヨムコン8の結果発表は昼頃だったらしいけど、朝から落ち着かない。土曜日なのでノートパソコンの前で待機して、SNSに情報がないか覗いてみたり、カクヨムコンのサイトをリロードしてみたり。あまりにソワソワしすぎて、呆れ顔の詩織さんに『落ち着け』と言われてしまった。分かってます! 分かってるんですけど、やっぱり気になるじゃないですか! 昼までの時間をとてつもなく長く感じられつつ、やがて時計は正午を過ぎ……そしてついに、発表の告知が!
「きた!」
ページに飛んでみるとズラーッと作品がリストアップされていて……スクロールしても追っつかないので検索、検索!
「あった! ありました、詩織さん!」
「おーっ! やったではないか!」
ソファーで隣に座っていた詩織さんと抱き合って喜びを分かち合う! 何回も見直して、それが自分の作品であることを確認し、喜びを噛み締める。やばい、泣きそう……
「これも詩織さんのお陰です!」
「聖也が頑張って良い作品を書いたからじゃよ。私はちょっと手助けしただけだし、内容については一切関わっておらんからな」
「いいや、内容も詩織さんや課長たち神様が身近におられたから書けたんですよ。あー、賞をもらったわけでもないですけど、大学受験に受かった時かそれ以上に嬉しいです! 努力が報われました」
「うんうん、良かったのう。私も嬉しいぞ! 何か褒美をやらねばならんのう」
「そうだ!」
興奮していて忘れてるところだった。慌てて寝室のクローゼットの中に置いてあったものを取りに行く。ちょっとフライングだったけど、中間審査は通ると信じて昨日会社帰りに買ってきたんだよね。僕がバタバタと行ったり来たりするのを不思議そうに見つめていた詩織さん。
「なんじゃ?」
「大事なことなんです。そこに座って下さい!」
「あ、ああ」
と、なぜかソファーの上で正座したので、僕も同じ様にソファーの上で向かい合って正座。なんかおかしな絵面になってしまった。
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