第28話 結婚について

 夜は課長と一緒に自分の部屋に戻って夕飯の準備。美味しい日本酒をお土産に買ってきてあったので、メニューは天ぷらがいいと詩織さんからリクエストがあった。じゃあ、準備しますよー。僕が料理している間、二人の神様はビールとオツマミで既に宴会スタート。やっぱり酒豪だなあ。


 揚げたてを皆で突きながら旅行の間の話などで盛り上がる。実家の神社の龍神様は課長とも顔見知りだったらしく、僕がその縁者であることに驚いていた。


「神が言うのも変な話だけど、『縁がある』とはこういうことね。不思議なもんだわ」

「そうじゃな。聖也よ、お主は神社を継がんのか?」

「今のところその予定はないですが、でもじいちゃんもいつまでも若くないですからね。なんとなく期待されてるのは感じるんですが」

「あなたに今抜けられると我が社としても痛いところだけど、ご実家を継ぐなら仕方ないわね」

「今すぐ、ってわけではないですよ。神職に就くなら学校に通って試験を受けないとダメですし」

「なんじゃ、人も大変じゃのう。お主は神々とも話せておるのだから、試験も何もないと思うのじゃがな」


 日本のほとんどの神社は神社本庁に属するので、そこで決められたルールに従うのが一般的なんです。だから詩織さんと一緒だからと言って神職になれるわけじゃないんですよ。詩織さんが何かしらの神力を発揮してくれたら、あっさりなれるかもしれないけど。


 やがて話は結婚のことになって、会社内には結婚している神様はいないとのこと。昔は外見がある程度の年齢に見える神様の場合、世間体の為に神様同士で仮の結婚をしたりしていたらしいけど、今は未婚でも怪しまれないから無理には結婚しないそうだ。ああ、そう言えば生活費は一世帯三十万円って言ってたっけ。


「人や神様同士でお付き合いしてることもないんですか?」

「そこまでチェックしてるわけじゃないからね、私たちも。でも付き合ってる神はいるんじゃないかしら?」

「七緒は付き合っておらんのか?」

「昔は付き合ったこともあったわよ、人のふりして。段々面倒になってきたし、やっぱ一人で好きなことやってる方が楽しいからさ……でも、詩織に取られるぐらいだったら、さっさと遠藤くんにカミングアウトして付き合えば良かったかなあ」

「フォフォフォ、残念じゃったな。早いもの勝ちじゃ」


 また人を物みたいに取り合うんだから。課長はニヤニヤしながら言ってたけど、冗談……ですよね?


「あなたたちが結婚するって言うなら止めはしないわよ。色々と面倒なことは詩織も分かってるでしょうけど」

「そうじゃな。まあ結論を急ぐ様なことでもあるまいて。私はここで居候生活できるならなんでも良いからのう。うーん、この酒も天ぷらも美味いのう」

「ほんと、ほんと」


 なんとなくだけど、神様が結婚しない一番の理由は『面倒だから』と言う気がする。結婚して云々と言うのは人の社会の決まり事。籍を入れて名字が変わって役所にあれやこれや申請して……と言うのは神様には関係ないもんな。そう考えると結婚の意味自体も人と神様では違っているのだろう。深く考えてもしょうがなさそうだし、今は自分の小説に集中することにしようか。


 翌日はしっかり泊まっていった課長と一緒に出勤。電車の中でふと思い出して、神様が人と結婚する場合の『色々面倒なこと』について課長に尋ねてみた。


「そんなに面倒なんですか?」

「当たり前でしょう、市役所に婚姻届を出そうと思ったら名前もちゃんとしないとダメだし、戸籍は必要になるし、住民登録だって必要じゃない? 最近はマイナンバーもあるし、それに税金関係も変わってくるでしょう。国やら県やら市やらにどれだけ手を回さないと思ってるの」


 あー、そういう面倒臭さなんですね。僕はてっきり天界で大問題になって、誰かにお伺い立てたりして許可を貰わないとダメなのかと思ってました。


「神々は基本自由だし、お互いに干渉もしないわ。同じ場所に居合わせたら交渉したりはするでしょうけど、面倒事は避けるわね。そう言う存在だから、人の社会に入り込むにはやることが多いのよ」


 天界とは人間的な組織社会があるのかと考えていたけど、そうではないらしい。もちろん神々の付き合いはあるらしいけど、もっと自由な世界なんだそう。人間の様に争ったりしないし、お互いに納得いかないことでもあれば関わらないか延々と議論するか。もう何百年も議論している神様方もいるそうで、人の感覚では計り知れないな。


「でも、会社の方々って割りと人っぽい感じですよね?」

「私も含めてもう長いことやってるからね。普通に考えてみなさい、国とか県に申請する際に『神様です』なんて言って戸籍作ってもらえると思う?」

「それもそうですね。どうやってるんですか?」

「それだけ色々な場所に神々が入り込んでいるってことよ」


 なるほど、神様たちは僕が考えている以上にこの社会に入り込んでいて、結構大きなネットワークになっていると言うことか! 会社周辺に神様が固まっているのかと思っていたけど、もっと広範囲に神様がいるらしい。『八百万の神』とは言うけれど、リアルに八百万柱ぐらい神様がおられるのかな!?


「でも、結婚したら人の方が先に死んじゃいますよね。神様は歳取らないだろうし」

「外見を変えるぐらい他愛もないことだけど、いずれ人が亡くなってしまうのはしょうがないわね。でも私たちにとってこの世界にある『体』はそんなに重要じゃないから、人が亡くなっても魂と一緒にいることはできるわよ」


 なんかスピリチュアルな話になってきちゃった。でも詩織さんや課長が服装を自由に変えられたりすることを考えれば、物質的なことは障害にならないんだろうな、とは思う。


「やけに結婚について聞きたがるわね、遠藤くん。本当に詩織と結婚するつもり?」


 ニヤッとしながら課長が聞いてくる。


「あ、いや、ちょっと気になっただけですよ。それに次の小説は神様と人の恋愛的なことを書こうと思ってますので、参考になるかなーと思って。もちろんフィクションですよけど」

「フフフ、そう言うことにしておいて上げるわ。でも、詩織ほどの存在と結ばれる意味はよく考えなさいよ」


 僕的には『祭り好きの酒豪な神様』なイメージだけど、課長の言う通り、もし詩織さんとの結婚を選択するならよく考えなければダメですね。

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