Episode 4 永愛Ⅱ

「死んだら引き取ってくれよ、センセ。」


荒い息を吐きながら彼女は言った。

輸血パックを繋ぐ。痛み止めのパックも、薬瓶も、箱から探し当てた。

「剥製の技術持ちだろ?センセは、だから戦場に…っ、駆り出されたんだろ?」

痛み止めの錠剤をザラザラと口に含みながら、彼女は笑った。

顔色は今までで一番悪い。

「知ってるよ。臓物抜いて、特別な薬を入れて、腐らないようにして死体を本国に送ってんだろ?」

「減らず口を閉じなさい!」

止血帯をかき集める、ガーゼを、包帯を。___全てが足りない。

「私は、…本国に戻されても、引き取り手なんて、いないからさ。」

「いいから寝てろ!」

傷口を縫い合わせる。

麻酔が効いていないかもしれない、そう思ったが彼女は笑みを崩さなかった。

慣れたか。痛覚が壊れたか。

「私は……なんだっけな、め、…めかけ?って奴の子供で。帰っても本家の奥様に、犬にでも…食わされんじゃ、ねぇ……かな」

「っ……もう良い!ずっと話してろ!」

意識が途切れるよりはずっと良い。そう思って怒鳴った。

壮絶な家庭環境に引きはしたが、今はそれどこでは無かった。

「ははっ、怒んなよセンセ。………引き取ってくれる?」

「死体をか?君の⁉︎馬鹿を言うな!」

彼女は唇を尖らせた。空色がゆるく細められる。

「えー、……眠い、なぁ。」

「寝るな‼︎」

輸血は足りてる、今気絶ロストしなければ絶対に助かる。

「……引き取って、くれる?」

弱々しい声に腹の底から叫んだ。

「わかった!引き取ってやるが、今死んだら絶対引きとらない!」

彼女の瞳が真ん丸に見開かれる。口がわずかに開き。

「はははっ!言質とった‼︎」

明るい声に手術針を取り落としかける。

顔は青い、けれど死にかけには見えなかった。

「………貴女。」

「言質とったよ、センセ。…ははっ」

悪戯っぽい笑みに、何故か怒りを抱けなかった。

診察台から上体を起こすと、彼女は血塗られた上着を床から拾い上げた。

「…………ありがとう、センセ」

ヒラリと彼女は手を振りかけて、うまく腕が上がらなかったのか苦笑した。

「またね。」

「………綺麗な死体になれないなら、死なないでください。」

「ははっ」と、彼女は笑った。


「…………善処は、したんでしょうね。」

ラテックスがパチリと肌を叩いた。

ズッパリと裂けた腹、あらぬ方向を向いた脚、身体中に散った細かい傷。

「……顔が綺麗だったら、良いわけじゃないんですよ」

穏やかに微笑んでいる口元。

空色の瞳は閉じられて見えないけれど、けれど、きっとそれで良いだろう。

そのままで、いいだろう。

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