アンラッキー7のアンは、つぶあんか、こしあんか
真野てん
第1話
二十世紀の初頭、世界大戦前夜。
ナンバーズとあだ名される国籍不明の謎の諜報部隊が存在した。その由来は、部隊を構成するエージェントたちが数字を用いたコードネームを使用すると噂されていたことから。
なかでもほんの一握りの才能を持つスーパーエージェントたちは〈アンラッキーナンバー〉と呼ばれ、世界各国の首脳たちから恐れられていた――。
『こちら本部。アンラッキー7、応答せよ』
雨の降りしきる郊外の研究施設。
そこから離れること数百メートルの道路脇にボロボロのセダンが停車している。しかし見た目はボロだが、中身は最新の電子機器で固められたスーパーカーだ。
アンラッキー7と呼ばれた男は、コンソールのトグルスイッチをONにすると「こちら、アンラッキー7」と呟くように無線へと息を吹き込んだ。
「どうした? まだ定時報告の時刻ではないが任務の変更か? どうぞ」
男はシガーライターを押し込むと、胸元から紙巻きタバコを一本取り出した。
バチンと音を立ててハネ戻ってくるシガーライターを手に取ると、煌々と明かりの灯った点火部に紙巻きの先に近づける。
ジジジ……と焦げるタバコの臭いが車内に充満していった。
『任務に変更はない。そのまま研究施設を見張られたし、どうぞ』
「では、なんの要件だ。ターゲットからの距離はあるが、傍受の危険はゼロではない。どうぞ」
すると本部からの無線は予想もつかない一言を放った。
『アンラッキー7のアンは、つぶあんか、それともこしあんか』
は?
男の思考は一旦そこでストップする。吸い始めたタバコを指から落としそうだったのを何とか食い止めた。
『早急に答えられたい、どうぞ』
「いや、どうぞじゃねえよ。なんだその質問は? 新しい暗号か何かか? どうぞ」
『ちょっと気になっただけだ。ちなみにアンラッキー1から6までは調査済みである。現在、結果は拮抗しているが、わたしはこしあん派だ。どうぞ』
「知らねえよ。そんなことで無線使ってんじゃねえわ。あとアイツらも任務中になに馬鹿な質問に答えちゃってんだ。もう切るぞ、どうぞ」
『まあ待てアンラッキー7。これも任務のひとつだ。我々は新しく加入した君のことを、より良く知る必要がある。アンが否定や逆意、欠損を意味する接頭辞であることは重々承知のうえだ。それをしてなお、意味不明な質問に対し、限られた選択肢のどちらかを選ばせることは、時として非情にならざるを得ない諜報機関としては当然のことだ』
なに言ってだこいつ――。
脱字まで含めて、それがいまの男の胸中にある偽らざる気持ちだった。
『つぶあんか、こしあんか。答えられたし、どうぞ』
男はしばしの沈黙の間、最大限に頭脳を働かせた。が、しかし、やはりこの不毛な会話に、敵の罠のような気配は寸毫も感じられなかった。
「――どっちかと言えば、つぶあん……かな。どうぞ」
その瞬間。
突如として見張っていた研究施設が爆発する。
闇夜のなか、降りしきる雨を物ともしない業火が天を焼き尽くすかのようだった。
「な――」
呆気に取られているアンラッキー7の車の横に、爆発で吹き飛ばされてきた研究施設の警告看板が突き刺さる。
同時に車内には、無線から冷めた声が響いてきた。
『任務ご苦労。現場からの離脱を許可する。どうぞ』
「どうぞじゃねえって。なんの冗談だこりゃ?」
『施設内に潜入中だったアンラッキー4が自爆した。非常に困難な状況だったために〈アンラッキーナンバー〉による多数決で事態を処理した』
「……もしおれがつぶあんと言ってなかったら?」
『アンラッキー4は死なずに済んだ。どうぞ』
「――これが組織のやり方か?」
『そうだ。なにか問題でも?』
「いや。問題はない。だが――」
男は窓を開けてタバコを雨のなかへと投げ捨てる。
ジュっと火の消える音がした。
「俺は本当は白あん派だ。覚えておいてくれ、どうぞ」
『了解した。アンラッキー7のアンは白あんと記憶しておこう――』
世界大戦前夜。
各国の首脳を脅かす『国籍不明』の謎の組織があったという。
彼らは数字をコードネームとして用い、優秀なエージェントたちは〈アンラッキーナンバー〉と呼ばれた。
なかでもアンラッキー7は、不運の象徴として組織の内外で恐れられた――。
(おしまい)
アンラッキー7のアンは、つぶあんか、こしあんか 真野てん @heberex
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