異世界小噺 『妖刀 切切舞(きりきりまい)』

宇枝一夫

不幸と幸福は表裏一体

 数多のダンジョンが存在し、冒険者に一生遊んで暮らせる富と、一生を奪う危険を与えると言われる、《ボイド山》。


 あるダンジョンの出入り口から出てきた若い男性戦士、《セブン》は、肩を落としながら街までの道を歩いていた。


「あ〜あ、お気に入りの大剣は折れちまうし、せっかくの隠し部屋には宝箱もなく、あったのは変な祭壇に置いてあったこの変な剣だし……。やっぱ俺は《アンラッキー》ってからかわれるほど、冒険者に向いていないのかな……」


 歩きながら変な剣を隅々まで眺める。


「見れば見るほど変な剣だよな……。木の枝のように剣先が左右に三つずつ生えているし、しかも上に曲がっている……。つかさやもない。ま、祭壇にあったってことはそれなりに価値があるかもな!」


 街へ戻ったセブンは、早速鑑定屋に入ると、鑑定を待っている他の冒険者がからかってきた。


「よぉ、《アンラッキーセブン》! どうやら今日も生きていたな!」


「うっせぇ、てめぇこそくたばりやがれ!」


 セブンはいつものように毒を吐いた。


「おやっさん、コレ頼むわ」


 順番が来たので、店主のオヤジに鑑定してもらう。


「変な形の剣じゃな? しかもものすごい重く、そして固い。よく持ってこれたな? さすが、馬鹿力だけは一流じゃな」


「はいはい。でもよ、意外と高価なモノじゃね? 何せ祭壇の上にあったからな」


「わかった。ちょっと待っとれ」


 ― 数刻後 ―


「ラックよ。お主の言うとおり、この剣は異界の儀礼用じゃが、残念ながら呪いらしき雰囲気を漂わせておるぞ」


「はあぁぁ!? でも俺、その剣に触ったけどなんともないぞ?」


「この剣のなかごに巻いてあった布に、異界の文字で説明書きがあった。それによると、この剣の名は《七支刀しちしとう》と呼ばれ、持ち主に《七つの不幸》を与える剣みたいだな」


「げげっ!! じゃあ、俺は……」


「安心せい。柄を装着せんと発動しないと書いてある」


「そっか、だから柄がなかったんだな」


「預けてもいいなら色々調べておくぞ。未知の金属で出来ておるし、面白い形をした剣じゃからな」


「ならおやっさん、手間賃払うから、折れちまったこの剣の柄を着けておいてくれ。鞘もその剣が入りそうだし、せっかくだから使わせてもらうわ」


「おいセブン、気は確かか!? この剣は!」


「どうせ俺は《アンラッキーセブン》さ。俺の不幸とそいつの不幸の呪い、どっちが強いかガチンコ勝負だぜ!」


 ― その夜、冒険者ギルド 《オーガの墓場亭》 ―


 ここの依頼部門の主人は、《オーガしめ殺し》の異名を持つ巨漢の元冒険者であった。


 また、飲食、宿屋エリアの女将も元冒険者であり、夫婦でギルドを運営していた


「ちわ〜」


「あ、セブンさん、お帰りなさい!」


 主人の娘であり、ギルドの看板娘の《シアン》が、茶色のポニーテールを揺らしながらセブンに挨拶する。


(あ〜かわいいよなぁシアンちゃん。不幸な出来事なんか吹っ飛んじまうぜ!)


「あれ? セブンさん、背中の剣は?」


「ああ、しくじって折れちゃった」


「えっ?」


 シアンは驚いた顔をするが


「でもダンジョンで代わりの剣を拾ったんだ。今、鑑定屋のおやっさんに調べてもらっている」


「そ、そうですか〜よかったぁ〜」


 シアンは安堵の息を吐いた。


(あ〜いいなぁ。この時が俺の唯一の幸せな時間だぜ……)


 しかし、幸せな時は長くは続かないモノ……。


「よお、アンラッキーセブン、まだ生きとったかぁ!」


 奥から主人が顔を出してきた。


「ど、どうも」


「お父さん! セブンさんに失礼でしょう!」


 さらにシアンの母である女将も出てくる。


「そうよ。アンタったら昔からデリカシーがないんだから! セブンおかえり。いつもの作っておくね」


「あ、ありがとうございます」


(あ〜もう! いっつもこの二人が邪魔をするんだよなぁ〜)


 フラフラとテーブルに向かうセブンの背中を見ながら、主人が呟く。


「アイツももうちょっと覇気と運があればなぁ〜。ワシの見立てでは、王国騎士以上の腕は持っておるのに、もったいない」


「大丈夫ですよ。ウチの娘はちゃんと見ていますよ」


 セブンはスペアリブをかじりながら


(あ〜シアンちゃんとデートしたいなぁ……)


 かいがいしく働くシアンを眺めていた。


 ― 数日後 鑑定屋 ―


「へぇ〜結構いいじゃん」


 セブンは鞘から七支刀を抜くと目の前に掲げた。


「セブン……お前……それを片手で持てるのか?」


「ん? ああ、以前の大剣より軽いし細いし、これぐらい余裕だぜ」


「……そうか、お前をあるじと認めたんだな。実はコイツに柄を装着した瞬間、ものすごく重くなってな。【軽減】の魔法をかけてようやくカウンターまで運んだんじゃ」


「そうか、よろしくな、相棒! おやっさん、あとはなにかわかったかい?」


「先日話した七つの不幸だが、一日一回、目の前にいくつかの選択肢が現れるみたいじゃな」


「へぇ〜面白そうじゃん」


「そして、七つ目の選択肢が現れたとき、持ち主に……」


が訪れるってか! ますます気に入ったぜ!」


「普通、呪いの剣は折れたら呪いがなくなるが、こうまで固いと悪魔やドラゴンを斬っても、簡単には折れそうにもないぞ」


「いいじゃんいいじゃん! んじゃ、さっそく行ってくるぜ!」


 鑑定屋を飛び出したセブンは、ボイド山のダンジョンに入った。


 そしてある部屋に入ると、左右正面に三つのドアがあった。


“ブォン”


 セブンの視界にが現れる。


①左の大きいドアに進む

②正面のドアに進む

③右の大きいドアに進む

④後ろのドアに進む

⑤上に進む

⑥下に進む


「後ろのドアって、つまり引き返せってか。でも天井も床もドアなんかないぞ? とりあえず正面のドア……って! これって壁に描かれたドアの絵じゃん! んじゃ右のデカいドアだな」


 高さと幅、三メートル弱の正方形のドアの罠を調べる。


「正方形のドアなんて珍しいな。よいしょっとぉ~」


 ドアを押すとドアより一回り大きい、三メートル四方の部屋があった。


「……なにもねぇ。ん? 床全体が何かのスイッチか? 俺が乗ったぐらいじゃ作動しねぇか……んじゃ左のデカいドアか。右のと同じ大きさ、こっちは手前に開けるのか、よいっしょっとぉ~」


 ドアを開けると、ドアと同じ高さと幅の、少し坂になった通路が現れた。


「なんとなく嫌な予感しかしねぇが、進むしかねぇか……」


“ゴゴゴゴゴ……”


「ほらやっぱり!」


 通路の奥から巨大な丸い石が転がってきた!


 慌ててドアから出るとすぐ右に曲がる。


“ドーン! ガッチャ”


 石は右のドアに入ると、重みで床のスイッチが作動した。


 “ゴゴゴゴゴ……”


「今度はなんだ? ……天井が下がってきやがる! 後ろのドアは……開かねえ! 上!? 下!? 下ってどこだ? うわっ!?」


 セブンは落とし穴に落ちたが、壁に向かって両手両脚を広げ、地面から生えたトゲの直前で体を止める。


“ズズズ~ン”


 天井と床が一体となり、アリの這い出る隙間すらなかった。


「ふぅ~。しっかしこれどうやって出るんだ? ん? 天井のアレ? ひょっとしてレバーか?」


“ガッコン! ズズズズズ……”


 セブンが天井にあるレバーを掴むと天井が上昇し、それに掴みながら落とし穴から脱出した。


「ふぅ~、ひっで~目に遭った。お、後ろのドアが開いている。チェ、結局くたびれもうけか……」


 ― その夜、鑑定屋 ―


「おお、セブン、どうだった? あの剣の呪いは?」


「別に。いつもどおりの不幸が降りかかってきたぐらいだ。そういやぁ、罠に掛かったぐらいで一匹も魔物に出会わなかったな?」


「そうか、まぁ無事で何よりだ。くれぐれも気をつけるんじゃぞ」


 その後、一日一回、セブンの目の前に選択肢が現れるが、最大でも六つしか現れず、魔物にも出会わなかった。


「なんかいつもの不幸と一緒だな。七支刀さんよ。アンタの不幸はこの程度か? 早く七つ目の選択肢を出して見ろよ。なんてね」


 ― そんなある日のお昼過ぎ ―


 セブンはダンジョンから外に出た。


「なんだ、このダンジョンは誰かが洗いざらいかっさらったみたいだな。な~んもないでやんの。どうりで選択肢が出なかったわけだぜ」


“ズズズ〜ン”


「な、何だ? 爆発?」


 すると、別のダンジョンから多くの冒険者が慌てて出てきた。


「お~い! どうしたぁ~!」


「どっかのバカが悪魔を封印してある壺を割ったんだよ!」


「なにぃ! 悪魔はどこ行った〜?」


「ダンジョンを突き破って外に出て、裏手へ飛んでいったぜ! お前もすぐ逃げろ!」


「山の裏手!? あそこは今日、シアンちゃんが薬草を採りに!」


 【加速】の魔法を掛けたセブンは、すぐさま山の裏手へ駆けていった。


 ― ボイド山の裏 ―


「きゃああぁぁぁ!」


 薬草を摘んでいるシアンの前に、黒い煙を纏った、五メートルほどの大きさの悪魔が舞い降りた。


『我、長き封印より目覚めし! 人族の若き娘よ。我が復活の宴のにえとなるがよい!』


「シアンちゃん!」


 セブンが悪魔の前に立ち塞がった。


「セブンさん!」


「シアンちゃん! 無事か!? 今すぐ逃げろ!」


「で、でもセブンさんは!?」


「早く行け!」


「は、はい!」


 シアンは街へ向かって走り出す。


『フン、せっかくの贄、逃がすかぁ!』


 飛び上がった悪魔がシアンを追おうとした瞬間! セブンは七支刀を抜いた! 


“ブォン!”


 一振りで生じた衝撃波が、悪魔の目の前を横切った!


「……どこへ行く気だエテ公。遊び相手はこっちだぜ」


『やめておけ小僧。我を倒そうと多くの戦士が屍に……』


「さあて、それはどうかな?」


『……その剣! なるほど、異界の妖しき力を持っておる。最近、我が眷属が騒いでいたのはそのせいか!』


「そういうこと……ん?」


 セブンの前に選択肢が現れた。


①逃げる

②逃げる

③逃げる

④逃げる

⑤逃げる

⑥逃げる


「おい〜〜〜!」


『どうした? 怖じ気づいたか?』


 しかし、ここで初めて


⑦目の前の悪魔を倒し……。

 

 七番目の選択肢が現れた!


「……こいつぁご機嫌な選択肢だぜ。いや、異界の言葉では

《死亡フラグ》

って言うんだっけか? 当然⑦だぜ! さぁ行くぜ! 相棒!」


『地獄で後悔させてやるぞ!』


“ズズ〜ン ビシャ! ドド〜ン”


 街の入り口では、武装したギルドの主人や衛兵たちが、火花や爆発が生じているボイド山を眺めていた。


「悪魔が現れたと聞いたが、街へは攻めてこないし、あの光と爆発はなんじゃ?」


「おとうさぁ〜ん!」


「おお、シアン! 無事だったかぁ!」


「ハァハァ……セブンさんが……ハァハァ……セブンさんが、悪魔と戦っているの!」


「なにぃ! あれはアイツの仕業かぁ!」


 ― 数日後 ― 


「あれ……ここは……?」


 包帯でグルグル巻きにされたセブンは、ギルドのスィートルームで目を覚ました。


「セブンさん!」


「あ、シアンちゃん……無事……」


 シアンはセブンに抱きついた。


「うわあぁぁ〜ん 無事でよかったぁ〜! セブンさんが死んじゃったら……あたし……あたしぃ〜……」


(……ありがとよ七支刀。お前が導き出した七番目の選択肢、完璧に遂行するぜ!)


 ― 一週間後 ―


 まだ包帯が残っているセブンは、最初の選択肢が出た部屋にいた。


「やっぱりだ! ドアの絵の部分だけ壁が薄い! そうだよな〜選択肢なのに、俺はからあんな目に遭ったんだよなぁ〜」


 セブンは七支刀を抜くと、


“ドッカ〜ン!”


 ドアの絵に向かって衝撃波をぶつけた!


「ほぉ〜ら、やっぱり!」


 崩れた壁の奥には、宝箱が鎮座していた!


 ニコニコ顔でギルドに戻ると


「セブンさん! 王都のお役人様と騎士団長様が、応接室でお待ちです!」


 ― ※ ―


「おれ……わたくしめを、王国騎士に!?」


(!)


 応接室にお茶を持ってきたシアンの体が固まった。


 騎士団長アルベルトは優しい声で語る。


「この度の君の活躍、王都まで届いている。君の力を王と国民のために使ってはくれないか? もちろん、その剣も持参してかまわないよ」


「し、失礼しました……」


「待って! 


 部屋を出ようとするシアンをセブンは呼び止めた。


「アルベルト様。たしか騎士は最初に誓いをたてるんですよね。私の誓い、聞いてくれませんか?」


「よかろう。王国騎士団長アルベルトの名において、君の誓い、しかと聞き遂げよう」


 ソファーから立ち上がったセブンは、シアンの前で片膝をつく。


「えっ?」


「シアンさん、わたくしめと……」


 そして、宝箱で見つけた指輪を差し出した……。


 ― 数ヶ月後 鑑定屋 ―


「こんちわ〜」


「おじゃましま〜す」


 セブンとシアンが店に入ってきた。


「よう《若大将》と《若女将》! 二人揃ってウチの店とは珍しいな」


「おやっさん。若大将は止めてくれよ〜。

『完璧に仕事を覚えるまでは結婚は許さん!』

って、婚約者どころか下っ端店員のままなんすよ~。この前の宝箱で払ったのにさ〜」


「ア〜ハッハッハ。しかしせっかくの王国騎士を蹴って、しかも王都のお役人様と騎士団長様を立会人にしてプロポーズとは、前代未聞だな」


 シアンの顔が真っ赤になる。


「だ〜か〜らぁ〜、その話はもういいでしょ! そうそう、今日はこれを売りに来たんだ。珍しい剣だから貴族様に高く売れるでしょ」

  

 セブンはカウンターに七支刀を置いた。


「いいのか? にとって大事な剣じゃないのか?」


「もう選択肢は出てこないし、それに、これからのことはことにしたんだ」


「そうか、そうだよな。それがいいよな。あのセブンがこんなに立派に……ぐす」


「ちょ! おやっさん! なに泣いているんだよ!」


 この時のセブンはまだ知らない……。


 シアンが後に《オーガ睨み殺しの女将》と呼ばれ、いつしか《オーガの墓場亭》が《冒険者の墓場亭》と呼ばれることに……。


 そう、結婚は人生の墓場であり! 七支刀は七つ目の選択肢でセブンにそれを選ばせたのだぁ〜!


 ― 完 ―

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異世界小噺 『妖刀 切切舞(きりきりまい)』 宇枝一夫 @kazuoueda

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