第44話 面倒な話は迅速に
「遅いぞ」
「時間通りだろ」
「社会人なら10前行動が基本だ」
「はいはい。そいつは悪かったな」
今日はいよいよ、俺のお見合いの日がやってきた。昨日、一昨日と挨拶回りだのと、あっちこっち連れ回されての今日だ。おかげで休む暇もなかった。ったく、本当に人の扱いが酷いもんだぜ。
でもまぁ、それも今日で終わりだ。さっさと済ませて早くあっちに帰りたいものだ。
俺達は今、お見合い会場となっている料亭に来ている。珍しいことにクソ親父にクソ兄貴、クソババアと俺と風実歌の家族全員参加だ。しかも、俺らが早く来ての相手さんを待ってる状態だ。
こりゃ、よっぽど相手さんを立ててるってことだな。
ちなみに、ホームズはお留守番だ。今日は
「恥じかかすなよ。アラタ」
「努力するよ。クソ兄貴」
「お前。間違っても、相手方の前でそんな呼び方するなよ?」
「わーってるよ。今だけだ」
「ふん。相変わらず、出来の悪いやつだな」
ったく……こっちはこっちで、うるせぇやつだなぁ。少し黙ってらんねぇのか?
「ねぇあにぃ? 本当に大丈夫なの?」
「心配するな。風実歌は料理が運ばれてきたら、美味しそうに食ってればいいさ」
「んな適当な……」
「いいんだよ。適当で」
どうせ、これから始まるのは茶番なんだからな。しっかりするだけ無駄ってもんだ。
だったら、味だけは美味いご飯を楽しんでた方が何百倍もいい。
「桜木さん。お待たせしました」
お? 来たっぽいな。
扉が開いて、50代後半くらいのスーツを着た男性と、俺と同い年くらいの和服を着た金髪の女性が入って来た。
「雪城さん。本日はお越しいただきありがとうございます」
「いえいえ。こちらこそ、ありがとうございます」
「どうぞ。まずはおかけ下さい」
お決まりの硬っ苦しい挨拶を済ませると、クソ親父は雪城さん達を席に通す。もちろん、あっちが上座だ。
雪城さん達が席に座ると、待ち構えてたかのように、料理が運ばれてきた。
うわ……高そう。いったい1食いくらするんだこれ?
「ほら、アラタ。何してる。お前も挨拶しろ」
はいはい。分かってますよ。
「桜木アラタです。今日はよろしくお願いします。雪城さん」
「あぁ。こちらこそよろしくね。アラタ君。ほら、君も挨拶なさい」
「はい。初めまして。
「桜木アラタです」
へぇ、小鞠さんって言うのか。この人とは、初めてだな。なんて言うか、すげぇお嬢様って感じだ。
「では、雪城さん早速ですが、うちのアラタとのお見合いの件なんですが」
「あー待った。その件で俺から話がある」
「何だ? いきなり」
「だから話があるって言ってんだろ? いいですよね? 雪城さん?」
「あぁもちろんだよ。むしろ、アラタ君の方から話してくれるのは、こちらとしても助かるよ」
「な、何の話をしているんだ……?」
ほ〜、こりゃ面白いものを見れたな。あのクソ親父が、何が起きてるか分からないで、戸惑った顔してやがる。次いでに、クソ兄貴とクソババアも同じ顔してらぁ。
ははっ、こいつはいいな。最高最高。
「ま、結論から言わせてもらうぞ。このお見合いはここで終わりだ。なぜなら、少し前にお見舞いの話は、俺の方から断ってあるからな」
「な!?」
「お前、何言ってんだ! アラタ!」
「うるせぇな。騒ぐなバカ共が」
ったく、予想はしてたけど、こうも騒ぎ出すとはなぁ。少しは俺の予想外の動きしてみろってんだ。だから、俺の手のひらで踊らされることになるんだよ。バーカ。
「ま、とにかくだ。俺は結婚しねぇから、あんたが考えてた、雪城さんとの業務提携は諦めろ」
「お、お前……知ってたのか」
「当たり前だろ」
逆に知らないと思ってたのか? はん、だったら随分とおめでたい頭してるな。
「だったら……この業務提携がなくなったら、どうなるかくらい分かるだろ?」
「そうだな。かなりの額の金が飛ぶな。それにかなりの失業者が出るな」
「そこまで分かってるなら、なぜ、こんなことしたんだ!」
「は? そんなのお前の駒にされたくないからに決まってるだろ」
「勝手な言い分だな」
「勝手なのなどっちだ。今まで散々、使えないだのと言って、居ないものと扱って来たのに、今度は使い道が見つかったからって、都合のいいように使いやがって。おまけに風実歌を使って脅しまでしてきやがった。てめぇらの方が十分勝手だろ」
今までは、一応育ててもらった恩があるから、黙っててやったけど、少しやり過ぎなんだよ。ここまでやられちゃ、いい加減俺だって怒る。
「それにな。そもそもの話、初めっから、こんな茶番やることなかったんだよ」
「どういうことだ?」
「取引、覚えてるか?」
「取引?」
「あぁ、俺がラノベ作家を目指す時にあんたが出した取引だ」
「それがどうした?」
おぉ、よかったよかった。ちゃんと覚えたっぽいな。まぁ、忘れてたとは言わせないけどな。忘れたとか知らんとか、ほざき出したら、最悪ぶん殴ってでも思い出させてやるつもりだったし。
「実はさ、去年の新人賞で受賞して、近いうちにデビュー決まってるんだよ」
「なっ!? アラタがデビューだって? 嘘だろ?」
「悪いなクソ兄貴。本当のことだ。つまりだ、賭けは俺の勝ちだ。だから、元々こんなことしなくてもよかったってわけなんだよね」
「それを何でもっと早く言わない」
「別にタイミングがなかっただけだ。そのうち話すつもりだったよ。でも、その前にあんたが風実歌を使って、くだらねぇことしてきたから、ちょっと一芝居打ったってわけだな」
本当は、受賞した時に言ったら、風実歌の時みたいに勝手に辞退の電話とかされると思ったから、本が発売されるまで黙ってるつもりだったんだけど、今はこういった方が都合いいから黙っとくけどね。
「なるほどな……。俺はお前に負けてたのか。初めから」
「そういうことだな」
「それで? いつから、雪城さんと繋がっていたんだ?」
「雪城さんを知ったのは、あんたに取引を出されて、すぐくらいだな。ちょっと調べてらすぐ分かったぜ。でも、実際に話したのはつい最近だな。俺がこの計画を思いついた時に電話したのがきっかけだ」
「いやぁ、あの時はびっくりしたよ」
「ははは……急に出したもんね。あの時は色々とすいません」
「いやいや、いいんだよ。アラタ君のおかげで私達も得をしたからね」
今思えば、なかなか失礼なことしたもんだ。言い訳かもしれんが、風実歌のことでキレて頭に血が上ってたんだよなぁ。
「それで? 具体的にはお前は何をしたんだ?」
「取引だよ。雪城さんには、俺のお願いを何個か聞いてもらったんだ。その代わり、俺は雪城さんのビジネスに少し協力した」
「なるほどな。話が見えてきた」
「へぇ、今ので分かったのか?」
「ある程度はな」
ま、腐っても社長ってことか。
それに比べて、クソ兄貴の方は何も分かってなさそうだな。ったく……こんなんで大丈夫かよ、後継者として。
「少し、口を挟んでもよろしいですか?」
今まで黙って話を聞いてた、小鞠さんが小さく手を挙げて言ってきた。
「どうぞ」
「ありがとうございます。えっと、
「え、えぇ……」
小鞠さんがクソ兄貴の方を見て、名前を確認する。
クソ兄貴のやつ、陰キャみたいにキョドってやんの。ウケるな。てか、まともに名前覚えられてねぇでやんの。だっさいなぁ。
「1つ質問なのですが、進さんはアラタさんが、私達とどんな取引をしたか、分かりますか?」
「い、いや……全く……」
「あぁ……やはりそうなんですね。なるほど、よく分かりました」
「え、えっと……何が分かったのでしょう?」
「あなたが無能だということがですよ」
「なっ!?」
うっわ……めっちゃストレートにもの言うなこの人。しかも、若干笑ってるのが普通に怖いわ。
「アラタさん。ここからは、私が代わってもいいですかね?」
「あぁはい。どうぞどうぞ」
「ふふ、ありがとうございます」
頑張れクソ兄貴。多分だけど、俺よりもきっつく言われるぞ。
「では、進さん。まず、あなたの会社が抱えてる問題は何か分かりますか?」
「えっと……」
「遅いです。ここで即答出来ない辺り、本当にダメですね。正解は芸能事業です」
「は、はぁ……」
「……まぁいいです。話を戻します。桜木グループの芸能事務所ありますよね。そこの所属タレントが今、次々と辞めていってます。何故だか理由は分かりますよね?」
「そ、それは……」
「まさか、分からないんですか? 本当にどうしよもないですね。正解は進さん。あなたのせいです」
「……」
「進さん。あなたは、所属している女性タレントに個人的な理由で迫ったりしていますよね。それだけじゃなく、気に入らないタレントには、理不尽なことを言ったりやったりしているそうじゃないですか。それが原因で、辞めていく人が後を絶たないんです。それに、あなたの我儘で、随分と業界の方に迷惑をかけているそうですね。そのせいで、仕事自体回してもらえなくなっています」
「う、うぅ……」
そう。小鞠さんの言う通り、このクソ兄貴のせいで酷い状態になっている。クソ親父が勉強のためにとクソ兄貴に任せた途端これだ。
俺も調べてみて、流石にびっくりしたのをよく覚えている。ったく、本当にバカ過ぎだろ。
「それで立て直すために、うちに業務提携を持ちかけた。アラタさんと私の結婚という形でね」
ぶっちゃけ、今の話を聞くだけじゃ、雪城さん達にはなんのメリットもない。んじゃ、何でこの話が出たかというと、元々は雪城さん達がこの話を持ってきたことにある。と言っても、随分と前になるんだけどな。
雪城さん達が芸能関連の仕事を始めたのが、クソ親父が俺に取引を持ち出した頃だ。その時はうちの芸能関連の方は、クソ親父が経営していたから安定していた。そこに雪城さん達が、事業を大きく安定させるために、うちに業務提携を持ち込んだのがきっかけだ。でもその時は、無理に提携を結ぶ必要はなかったから、適当に先延ばしにしてたけど、クソ兄貴に代わって、逆にうちの方が傾き、雪城さん達が安定して大きくなった。いつの間にか、立場が逆転していたのだ。
んで、助けてって言われる立場から助けてって言う立場になったんだ。
「まぁ、うちとしてはこの話は断ってもよかったんですが、1度こちらから持ち出した話ですからね。断るのも悪いと思いましたし、腐っても桜木グループの芸能事業ですしね。吸収しちゃうのもアリだと思いまして、受けることにしたんですよ。そう思ってたら、アラタさんの方から、なかなか面白い提案をもらいましてね。さて、ここで話が初めに戻ります。進さん、何だと思いますか?」
何か今この人、しれっとすげぇこと言ったな。怖いから下手に追求するのはやめとこ。
「正解は、人材の提供です」
おぉ……クソ兄貴が答える前に答えちゃったよ。初めっから、答えさせる気がなかったみたいに速攻だったな。
もうクソ兄貴なんて、置いてけぼりくらってんじゃん。
「まぁ正確には、人材の紹介ですね。私達、雪城グループは最近、音楽関連に力を入れています。まだどことも契約をしていないフリーな人達を集めて、私達でプロデュースしていこうと思っていたところに、アラタさんからいい人達がいると紹介してもらったんですよ。まぁもちろん。こちらの方で品定めはしましたけどね。
「はーい」
え? 和奏さんってもしかして……。
「やっほ、アラタ君。お久〜」
「まじか……」
流石にこれは予想外だったな。まさか、和奏さんが雪城さんのところの人だったなんて。ってことは、獅雄さんも知ってたな。ち、1本取られたな。
「あはは、その顔はやっぱり気付いてなかったみたいだね」
「えぇ……まぁ」
「ちょ〜っと詰めが甘かったね」
「そのようですね」
にしても、意外なところで繋がりがあるもんだな。世間は狭いってやつだな。
「うちの秘書の吉田和奏です。彼女にアラタさんから教えてもらった、ライブハウスに行ってもらって品定めしてもらいました」
「アラタ君の言った通り、いい人材ばかりでしたね。すでに何組かのバンドとは専属契約を結んで、メジャーデビューに向けて動いてもらってます」
「そういうことで、アラタさんは、桜木グループと業務提携するよりも、ずっといいものを提供してくれました。なので、私達はアラタさん個人との取引を受けることにしたんです。お分かりいただけましたか?」
へぇ……すげぇな。もうそこまで動いているのか。仕事が早いねぇ。まぁそこが成功する秘訣なんだろうな。
「そういうわけですので、このお見合いは正式にお断りさせてもらいます」
「……分かり、ました……」
小鞠さんの話を黙って聞いていたクソ親父は、諦めたかのようにそう言った。
「ちなみに何だが、今回のことで出る失業者は、雪城さんのところで面倒見てもらうことになってる」
「それは、アラタさんが出した取引に含まれてましたからね」
「そういうことだ。だから安心して、芸能関連の事業から手を引けよ」
芸能関連から手を引いたら、それなりの赤字にはなるけど、会社が潰れる程でもない。
ま、せいぜい他の事業で頑張ってくれや。俺にはどうでもいいことだ。
「そうか……」
「これに懲りたら、クソ兄貴の教育をやり直すことだな」
「言われなくてもそうする。お前ら帰るぞ」
「じゃあな。クソ兄貴。せいぜい頑張れ」
「ち……」
クソ兄貴は悔しそうな顔しながら、クソババアと一緒に出ていった。クソババアのやつ、結局一言喋らなかったな。まぁあの人が口を挟むタイミングが、なかったってのもあるけど。
「アラタ」
「何だよ?」
「お前、何でこれだけのことが出来るのに、今までやらなかった?」
「そんなの決まってるだろ。俺はあんたらが嫌いだからだ」
「なるほど、な」
クソ親父はそう言って出ていった。
もう少し、あんたが俺や風実歌のことをちゃんと見てたら、また違っていたのかもしれんが、それはタラレバの話だ。残念ながらこれが現実だ。
「ん? 終わったのあにぃ?」
「まぁな。しかし、本当に美味そうに食ってたな。ずっと」
「うん。超美味しいよ。あにぃも食べなよ」
ある意味、風実歌が1番大物なのかもしれんな。
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