第19話 アホでバカな先輩

「以上の理由から、俺かなりいけると思うんだよね。どう思う? 栞菜かんなさん?」

「あ、あぁ……い、いいんじゃないですかね……」

「だよねぇ! 俺もそう思うよ!」

「は、ははは……」


 12月になって少し経ったある日の夜。俺と龍、音葉と松田さんは居酒屋に来ていた。そして、俺達の席から少し離れた席で、佐々木さんと1人の男が酒を飲んでいる。

 男の方は楽しそうだけど、佐々木さんは居心地が悪そうな感じで愛想笑いをしていた。


「ねぇ、龍君。あれ、どうすんの?」

「ど、どうしようね……」

「佐々木さん。マジでごめん……」


 見ての通り、佐々木さんは一緒に酒を飲んでいる男とデート中だ。と言っても、佐々木さんが望んだものではなく、俺と龍が無理言って、お願いしたのもだ。


「てか、あの人大丈夫なの?」

「あー……うん。悪い人ではないんだよ……」

「ただちょっとばっかし、頭の中がハッピーなだけで……」

「いやいや、それフォローになってないよ……」

「「ははは……ですよねぇ……」」


 佐々木さんとデートしている男の名前は、黒田星矢くろだ せいや。俺達の通ってる大学の先輩だ。

 何で、黒田先輩が佐々木さんとデートしているかというと、少し前にあった学園祭での、ライブが原因だ。

 どうやら、黒田先輩は佐々木さんのドラムを叩く姿に一目惚れしたらしい。んで、俺達が佐々木さんと知り合いだってのを知った黒田先輩は、会わせてほしいって頼み込んで来たってわけだ。


「やっぱ、無理にでも断っとくべきだったな」

「いや、それが出来たら苦労しないって……」

「だよなぁ……」


 黒田先輩には結構お世話になっている。主に過去問をくれたりとか、選択授業で楽に単位取れるやつを教えてもらったりとその他諸々だ。

 だから、ちょっと断るに断れなかったんだよなぁ。


「あのさ、一応聞くけどあれって素なの?」

「間違いなく素だな」

「残念なのことに」

「そ、そっか……」

「クレイジーだね……」


 うん、そうなんですよ。黒田先輩はとってもクレイジーなんですよ。ギリギリいい意味でね。

 この間の学園祭に現れたチャラ男達みたいな、常識がぶっ飛んでる訳でもないし、悪いことをする人でもないけど、なんと言うかこう……色んな意味で頭のネジが外れているんだよなぁ。


「まぁ……アラタ君達が心配だからって言って、見に来て正解だったね」

「そうね。ありゃやばいわ……」

「とりあえず、適当なところで佐々木さんを救出に行こう」

「だな」


 黒田先輩が佐々木さんに危害を加えることはないけど、あの人と長時間話していると精神的苦痛が半端じゃないからな。早いとこ、切り上げた方がいい。と言っても、まだデートが始まってから30分も経ってないんだけどね。それなのに佐々木さんの顔からは疲労が見て取れる。

 ごめん、佐々木さん。ただ、もうちょっとだけ耐えてくれ。


「それで栞菜さんは、このままバンド続けていくのかな?」

「まぁその予定ですね」

「やっぱ、目指すはスカイツリー?」


 何でスカイツリーなんだよ……


「あ、あはは……スカイツリーじゃライブ出来ないですよ……」

「そんなの分かってるよ。ジャパニーズジョークってやつだよ〜」

「そ、そうですよねぇ……あはは……」


 いやいや、ジョークならあんなキメ顔で言うなよ。本気で言ってるのかと勘違いするだろ。


「因みに、スカイツリーの高さは634メートル。ムサシって覚えるのがコツさ」

「わ、わぁ〜……黒田さん物知りですね……」

「当然だね! なんて言ったって、俺っちのIQは1億%だからね!」

「あ、あはは……」


 IQにパーセンテージなんて無いわ!

 つか、その発言でもうIQ低いよ!


「因みに俺はねぇ〜、野球でプロを目指そうと思ってるんだ」

「へぇ、野球得意なんですね」

「いや、これから始めるのさ」

「はい?」

「ほら、この間WBCあったでしょ? それで大谷○平を見て、俺でもいけると思ったんだよね」

「……」



「「「「バカかよ……」」」」


 俺達4人の声がハモった。ついでに言うと、黒田先輩達の話を聞いていた、他のお客さんも同じように呟いていた。

 ただ、残念なことに黒田先輩は自分の話に夢中で聞こえてないようだ。


「あ、あぁ……運動が得意だったり……?」

「ふっ、50メートル8秒の瞬足さ」



「「「「微妙じゃん……」」」」


「え、遠投が得意とか……?」

「子供の頃から水切りをやってたから自信があるね」



「「「「遠投ですらない……」」」」


「バッティングセンターによく通ってるとか……?」

「ゴルフの打ちっぱなしに少々」



「「「「人の話を聞け……」」」」


 ダメだぁ……会話が成立してない。

 どうしよう。あの人、いつも以上にクレイジーだ。多分、デートでテンション上がってるから、脳が正常な判断出来てないんだ。


「そんな訳でさ。栞菜さん」

「は、はい……」

「これから、俺と野球のルールブック買いに行かない?」

「「「「そっからかよ!!」」」」

「うぇ!? な、なに?」


 俺達だけじゃなくて、他のお客さんと店員さんまでもが同時にツッコんだ。


「黒田先輩! あんたバカですか!」

「いや、バカなのは知ってましたけど、ここまでとは思わなかったですよ!」

「え? アラタに龍? 何でここに?」

「心配だから見に来たんですよ」

「おぉ! 俺のためにありがとう!」

「「あんたじゃなくて、佐々木さんが心配だったんだよ!!」」

「ええぇぇ……」


 流石にこれ以上はもう我慢ならん。俺と龍は黒田先輩に詰め寄って怒鳴り散らした。


「ええと……栞菜? 大丈夫だった?」

「うぅ……音葉〜璃亜りあ〜、この人バカだぁ〜」

「よしよし。怖かったねぇ」


 佐々木さんは音葉の胸で泣き出してしまった。よほど辛かったんだな。本当にごめんな。このお詫びは必ずするから。


「ということで黒田先輩。今日はこれでお開きです」

「え! 何で!」

「いや、当たり前でしょ。こんな状態で続けられると思ってるんですか?」

「後5時間はいけるな」

「「無理に決まってんだろボケ」」

「ちょ、お前ら! 先輩に向かってボケはないだろ!」

「悪いですけど、今だけはあなたを先輩だと思いたくない」

「同じく」


 何だったら、知り合いとすら思われたくないんだが、流石にそれは無理があるから仕方ない。

 つーか、何でまだいけると思ってたんだよこの人。頭おかしいのかよ。……いや、おかしいんだったな。


「てか、先輩。最初っから疑問だったんすけど、何で居酒屋なんすか?」


 あぁ確かに。それは俺も同じこと思った。初対面の人と夜の居酒屋になんて誘わないもんな。普通だったら、昼間に喫茶店とかレストランとかその辺が妥当なところだよな。


「そりゃお前決まってんだろ」

「何がですか?」

「いい感じになったら、そのままホテルに行くためだよ」


 そ、想像以上に最低だった。

 見ろよ。周りの人達もドン引きで顔が引きつってるよ。


「それなのに……くそっ! どうして邪魔するだよ! せっかくいい感じだったのによ!」

「「どこがじゃ! アホんだら!!」」

「痛ってぇ!」


 俺と龍は手加減なしの渾身のゲンコツを黒田にお見舞いする。これで少しでも、このバカ頭が治ればいいんだが望み薄だろうな。


「悪い、音葉。佐々木さんを連れて先に帰ってくれ」

「璃亜ちゃんも頼む」

「うん、分かった」

「オッケー」

「えぇ〜、栞菜さん帰っちゃうの?」

「「黙っとれバカタレが!」」

「痛ってぇ!」


 ったく、この人は……まだ状況が分かってないのか。どこまでおめでたい頭してんだよ。


「とにかく先輩。大人しく帰って下さいね」

「それと金輪際、佐々木さんに近付くのは禁止です」

「ちょ、待てよ! そりゃないぜ!」

「まだゲンコツが足りないですか?」

「この際、そのバカ頭がマシになるまで叩いてあげましょうか?」

「すいません。勘弁して下さい……」

「「よろしい」」


 やれやれ……とりあえず、これで一旦は解決かな。もし万が一、黒田先輩が約束を破って佐々木さんに近付いたら、その時はゲンコツを大量にくらわせてやる。


「じゃあ、俺らは帰るんで会計よろしくお願いしますね」

「あ、こっちは俺らの分なんで」

「え? 何でお前らの分まで払わないといけないの?」

「そんなの決まってるじゃないですか。なぁアラタ」

「そうだな」

「え? 何?」

「「迷惑料」」

「俺の後輩、理不尽過ぎない?」

「「何か文句でも?」」

「いや、ないです」

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