第18話 本物の音楽

 ―音葉視点―


「んじゃ、2曲目いくぜ!」

「やめて!」

「あ?」


 チャラ男達が2曲目をやろうとしたところで、私は大声でそれを制止した。これ以上、あんなものを聞きたくないからね。


「誰だ、お前ら?」

「うーん、そうだねぇ。通りすがりのガールズバンドかな」

「へぇ」


 私はそう言って、ステージに上がり、チャラ男達に向き合った。チャラ男達は、私達を舐め回すように見ると、ペロリと舌なめずりをする。

 うわぁ……本当に気持ち悪い。


「それで? 通りすがりのガールズバンドがなんの用だよ」

「理由を言わないと分からない? あんなのは音楽じゃない。ただの騒音だよ」

「騒音? 一体どこがだよ?」


 自覚なしか。見た目通りのバカな人達だなぁ。


「まぁ、何でもいいけどさ。その楽器、早く軽音サークルの人達に返してあげてよ」

「はぁ? 何でだよ?」

「何で? そんなの決まってるでしょ。音楽をする人にとって、楽器は命と同じくらい大切なものなの。それを無理矢理奪い取った挙句、あんな騒音を撒き散らす、あんた達にこれ以上楽器に触れてほしくないからよ!」

「んだと、てめぇ! 女だからって、あんまり調子こくんじゃねぇぞ!」


 キレたチャラ男の1人が、私に掴みかかろうと、してくる。でも、その手は私に届く前に璃亜が、チャラ男の手を掴んで止めた。


「悪いけど、うちのギターボーカルに手を出さないでくれる」

「っ……な、何しやがんだ!」

「うるさいなぁ。それはこっちのセリフ」

「璃亜。問題になるから、その辺にして」

「はいはい。分かったよ」


 そう言って璃亜は、チャラ男の手を離す。


「さて、それじゃ早く楽器返してよ」

「ち、冷めた。こんなもん要らねぇよ!」

「あっ!」


 あ、あっぶないなぁ。

 本当にこいつ……最低にも程があるでしょ! ギターを落とすなんて信じられない。

 よかった。どこも壊れてない。ギリギリのところで受け止められたみたいだね。


「ふん。たかが楽器程度で必死になるなんて、だっせぇやつだな」

「あんた達ねぇ!」

「璃亜、やめて」


 アラタ君と約束したもんね。怪我は絶対にしないって。だから、殴り合いになるような喧嘩はしない。


「他の人達も、楽器を置いて下さい。でも、今みたいに乱暴にしないで」

「はいはい。分かりましたよ〜」

「ったく……何ムキになってんだか」


 栞菜かんなの言葉に従って、他のチャラ男達も楽器を置く。

 私達は、その楽器を持って軽音サークルの人達に渡しに行く。


「あ、ありがとうございます」

「ううん。気にしないでよ。後ね、さっきの演奏、すっごくよかったよ」

「ほ、本当ですか?」

「うん。私、音楽だけは嘘つかないから。本当によかった」

「ありがとうございます。そう言ってもらえて、嬉しいです」


 やっぱり、さっきチャラ男達に言われたこと、気にしていたみたいだね。そりゃそうだよ。あれだけいいライブをした直後に、あんなこと言われたら誰だって落ち込む。

 あぁ、ダメだ。どうしても、あのチャラ男達が許せない。


「悪いんだけど、少しだけ楽器貸してくれないかな?」

「え?」

「安心して、絶対に乱暴には扱わないから」

「分かりました。みんなもいいよね?」


 ギターボーカルの子がそう言うと、他のメンバーも了承してくれた。


「ありがとう。ちょっと見てて」

「音葉。忘れ物」

「ん? おぉ〜ありがとう」


 私は栞菜からヘアゴムを受け取って、髪を後ろに纏める。さっすが栞菜だね。今日は演奏するつもりなかったから、持ってきてなかったんだよね。

 うん。やっぱり、こうするとスイッチが入るな。


「ちょっと待ってよ。チャラ男達」

「あ? まだ何かあるのかよ?」


 完全に興味を無くして、帰ろうとしているチャラ男達を呼び止める。


「特別に本物の音楽ってのを教えてあげるから、そこで聞いてなよ」

「は?」

「他のみんなも、まだ帰らないで私達の音楽を聞いて。大丈夫。絶対に後悔させないから」


 私がそう言うと、今にも帰ろうとしていた人達が、立ち止まってくれた。

 うん、そうだよね。みんな、あのままの気持ちで帰るのは嫌だよね。

 音楽は楽しいもの。ライブは最高に盛り上がるためのものだもんね。そして、そのスペシャルな時間を作るのが私達の仕事だ。


「ってことで、司会の人。急にごめんね。私達も飛び入り参加で」

「は、はい! えっと……」

「私達はAGEです」

「しっかり、覚えておきなさい」

「にひひっ。そのうち日本一有名なガールズバンドになるんだからね。覚えておいて損はないよ」


 私達はアイコンタクトを取って、3人の息を合わせる。


「それじゃ、いくよ! 曲は『MyStory』」


『流されるままに流されて来たんだ私の人生

 まるでまっさらなノートみたいだね

 文字もないし色もないんだ

 面白くないね。つまらないね。

 退屈なだね。こんな人生

 ならば……変わるしかないよね

 私が私らしくなるために

 描くんだMyStory

 殴り描きでもいい ぐしゃぐしゃでもいい

 それでも色のある確かな1ページ

 歩むんだMyRoad


 鏡に写った自分を眺めていたんだ

 笑っちゃうくらいに何もなくて

 空っぽな自分自身

 かっこ悪くもない ブサイクでもない

 でも……薄っぺらで形がない

 空気みたいな私だけど

 花開きたいし、輝きたいんだよ

 私が知らない私を

 見つけるためのMyStory

 転んでもいいよ 泥だらけでもいいさ

 それでも見つけるんだ

 形ある確かな1ページ

 さぁ駆け出すんだMyRoad


 つまらないね、面白くないね

 そんな言葉はもう聞き飽きたんだ

 今から変わるんだ

 ダサくてボロボロでかっこ悪くてもいい

 私がここに在ればいいさ

 私が見失わないように


 私が私らしくあるために

 私が知らない私を見つけよう

 私だけのMyStory

 色鮮やかで形のある私だけの1ページ

 誰にも邪魔させないMyRoad』


「みんなありがとう!」


 演奏が終わる頃には、さっきまでの冷めた雰囲気が吹き飛んでいて、今は大熱狂の大盛り上がりに変わっていた。

 チャラ男達の方を見ると、嘘だろ? みたいな顔をしている。そんなチャラ男達に私は、ニヤリと笑い、マイクを手に取る。


『どう? これが本物の音楽だよ』


 私がそう言うと、チャラ男達はすっごい悔しそうな顔をして、逃げるように帰って行った。


「かますねぇ、音葉」

「アイツらには、結構ムカついていたからね。2人もそうでしょ?」

「うん」

「まぁね」

「にひひ、だよね」


 いやぁ、本当にスッキリしたぁ。あいつのあな顔、写真に撮っておきたいくらいに傑作だったね。


「最高だったぜ! もう一曲やってくれよ!」

「アンコールアンコール!」

「ごめんね。今日はこれでお終い。続きは、『アークエンジェル』っていうライブハウスでね。私達そこでライブしてるから」


 私はそう言って、舞台袖に引き上げて行った。

 うーん。すごく嬉しいし、アンコールに応えてあげたいんだけど流石にね。

 だって私達は、一応ライブハウスではお金をもらって演奏している身だ。だから、これ以上タダで演奏するのは、普段ライブに来てくれる人達に失礼だからね。


「楽器ありがとね」

「はい。あの、ライブかっこよかったです!」

「にひひっ、ありがとう」

「次はライブハウスに絶対行きますね」

「本物に? 嬉しいよ。あ、そうだ。じゃあこれあげるよ」


 私は財布から軽音サークル人数分のチケットを取り出して渡した。


「これは?」

「次のライブのチケットだよ。楽器を貸してくれたお礼と、あのチャラ男達の迷惑料だと思って受け取ってよ」

「いいんですか!?」

「うん。もちもち」

「ありがとうございます! 絶対に行きますね!」

「待ってるよ。それじゃ、私達はもう行くから」

「はい。ありがとうございました!」

「またね〜」


 ――――

 ――


 ―アラタ視点―


「はは……マジですげぇな」

「あぁ……全くだよ」


 何をするのかと思っていたら、まさかあの雰囲気を、たった一曲で変えちまうなんてな。

 あれが実力で黙らせるってやつか。本当にすげぇや。


「やっほ〜、アラタ君。お待たせシマウマ〜」

「おつかれ。佐々木さんと松田さんもね」

「いえ、そんな大したことしてないですよ」

「うん。普通普通」

「そっか」


 あれが大したことないのか。本当にとんでもないな。


「ねね? どうだった?」

「最高にスッキリした」

「にひひっ、だよね!」

「で、もっ」

「うわっ痛」


 俺は音葉のデコに軽くデコピンをする。


「な、何するのさ〜」

「チャラ男に掴まれそうになっただろ。あれはダメだろ。あのタイプのバカ共に、あんな言い方したら、すぐに手を出してくるんだからな」

「いや、それはごめんって」

「まぁ、松田さんのおかげで何もなかったからよかったけど、本当に気をつけろよ」

「うん……ごめんね……」


 ありゃ……ちょっと言い過ぎちゃったかな? 心做しかしょんぼりしている気がする。


「まぁ……その、なんだ。音葉が無事ならそれでいいよ」

「にひ〜、アラタ君やっさし〜」

「……」


 こ、こいつ……何てやつだ。

 人が心配したってのに……。


「まぁまぁ桜木君。音葉はこんなんだから、許してあげてよ」

「いや、別に怒ってはないんだけどね。てか、それよりも松田さんは大丈夫だったの?」

「ん? 私は大丈夫だよ。あのくらい余裕余裕」

璃亜りあちゃんは、空手やってたから強いんだよ。だから、アラタが心配することはないぞ」

「そうなのか」

「そういうこと。因みに俺と同じ段位だぜ」

「は? マジで?」


 龍って確か、空手2段だったよな。それと同じって結構すごくないか?


「まぁそんな訳で、AGEの荒事は私にお任せっことよ」

「こ〜ら璃亜。調子に乗らないの! それで、璃亜が怪我したらダメなんだからね!」

「わ、分かってるわよ……でも、今回は仕方ないじゃん」

「そうだけど、無茶しちゃダメ! 分かった?」

「は〜い」

「音葉も、あんな風に煽る言い方はやめること!」

「は〜い」


 やれやれ……何か言いたい事を全部、佐々木さんに言われちまったな。まぁ、いいんだけどさ。


「そんなことより、早いとこ退散した方がよさそうだぜ」

「あーそうだな」


 かなり注目を集めちゃったからなぁ。下手したら、警備員に事情とか聞かれるために、連れていかれる可能性もなくはないし、龍の言う通りさっさと逃げてしまおう。


「えっと、どこかいい所ありますか?」

「あ、出来れば楽しいところがいい」

「面白い模擬店とかね」

「「さぁ? 知らね」」

「「「なんでやねん……」」」

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