第16話 猫カフェと変化

「やって来ました! 猫カフェ〜」

「テンション高いなぁ」

「にっひっひ〜、そりゃ私は無類の猫好きだからね!」

「なるほど」


 今日は東城と2人で猫カフェに来ている。名目は風邪が治った快気祝いらしい。

 正直、快気祝いで猫カフェってどうなの? って思ったけど、まぁ猫は嫌いじゃないし、それに前々から猫カフェは行ってみたいと思ってたからちょうどいい。流石に男1人だと入りづらいんだよなぁ。


「おぉ〜」

「へぇ」


 受付とアルコール消毒を済ませて、カフェ内に足を踏み入れると、そこかしこに猫達が歩いていたり、丸まっていたり、他のお客さんと戯れていたりした。まさに絵に書いたような癒し空間だ。


「割と広いんだね」

「まぁ一応、飲食類を提供するからね」

「なるほどねぇ。まぁ私は猫に触れれば何でもいいや」

「そうっすか……」


 東城はそう言うと、猫が1番集まっているところに向かって腰を下ろす。俺もそれに続いて、東城の隣に座った。


「さぁさぁ猫達よ。スーパーギタリストの音葉おとはちゃんが来たよ〜。早く私に群がりなさいな」

「それ何目線なの?」

「もちろん。スーパーギタリスト目線だよ」

「うん。よく分からん」


 てか、そもそも猫にギタリストって言っても理解できないだろ。


「って、あれ? ちょっと何で誰も来ないの?」


 お前には興味無いって具合に、見向きもされていないな。


「むむむ……何でよ……」

「まぁ猫は気ままな生き物だからね。気が向いたら、そのうち寄って来るって」

「私は……私は……スーパーギタリストっ! 東城音葉だぁー!」

「ア〇ムの名シーンみたいに言うなよ……」

「だって、1度言ってみたかったんだもん」

「まぁ、気持ちは分からんでもないけどね。ただ、猫には全く伝わらないぞ」

「むぅ……」


 東城は不満たっぷりって感じで、頬をリスみたいに膨らませる。


「お?」

「にゃ〜」


 猫が寄ってくるまで、漫画でも読んで待ってようかなって思って本棚を眺めていたら、1匹の猫が俺の膝の上に飛び乗って来た。白と焦げ茶の縞模様が特徴的な茶トラ猫だな。


「おぉどうした?」

「なぁ〜ご」

「はいはい。分かったよ」


 猫は撫でろと言わんばかりに、尻尾でペチペチと膝を叩いてくる。

 ったく、急に来たと思ったら随分と態度がデカいな、こいつめ。


「ちょ、桜木君ばっかりずるくない?」

「そんなこと言われてもなぁ。っと、お前も来たのか」


 モッフモフの毛並みをした白猫が空いている膝に乗ってくる。


「え!? 何で2匹も!」

「さぁ、何でだろうね?」

「にゃ〜ご」

「はいはい。撫でればいいんだろ?」


 俺は両膝に乗った猫を撫でる。撫でられた猫は気持ちよさそうな顔をしながら、喉をゴロゴロと鳴らしている。

 うわぁ〜何これ? 超可愛いじゃん。


「お?」


 今度は白とクリーム色の毛並みをした猫が、俺の脇腹に顔を擦り付けてくる。

 こらこら、猫さんや。くすぐったいからやめなさい。


「桜木君、ちょっと猫にモテ過ぎじゃない?」

「まぁ、昔から動物には好かれるんだよね。何でか分からないけど」


 あれは確か高校の時だったかな? 道で寝ていた猫を少し撫でたら、懐いちゃって学校まで着いて来たんだよな。おかげで、学校にペット連れてくるなって、先生にめっちゃ怒られたんだよなぁ。


「おいこら。私だって、あんまり桜木君の膝に乗ったことないのに、お前は何気安く乗ってるんだい? んん?」

「猫相手に何言ってんの?」


 東城はそう言いながら、指で茶トラ猫の顔をうりうりと押す。


「んにゃ!」

「いった!」


 しばらくは黙って押されていた茶トラ猫だったけど、いい加減嫌気が差したみたいで、東城の手に猫パンチを繰り出す。


「ちょ! こいつ今引っ掻いたよ!」

「東城がイタズラし過ぎたからだろ?」

「私が悪いの!?」

「まぁそうだな。てか、大丈夫? 血出てない?」

「それは大丈夫だけど……こいつめぇ……」

「ふにゃあ〜」


 あらら、可愛い欠伸をしますね。でも、猫さんや、東城に謝った方がいいぞ。すっごい睨んでいるから。


「むぅ……」

「そんなにむくれるなよ」

「だってぇ。てか、何で桜木君ばっかり猫が集まってくるの? 私のところには全然来ないのに!」


 確かに東城のところにだけ1匹も来ていない。俺や他のお客さんのところには、ちゃんと居るんだけどなぁ。


「もうつまんない!」

「いじけるなよ……」


 あーあ、またぶーたれちゃったよ。でもまぁ、猫カフェに来て、全然猫と触れ合えなかったらそうなるか。


「おーい、猫さんや。ちょっと東城の膝の上に乗ってあげてよ」

「にゃ」

「お?」

「ん?」


 おぉすげぇ。ダメ元で猫に言ってみたら、モフモフ毛の白猫が東城の膝に乗ったぞ。


「わぁ! 桜木君すごい!」

「俺もびっくりだ」

「えっと、撫でてもいいんだよね?」

「多分大丈夫じゃないかな?」

「じゃ、じゃあ遠慮なく……」


 東城はそう言ってゆっくりと白猫を撫でる。


「おぉ〜、モフモフ〜」

「よかったな」

「うん。あ〜幸せ〜」


 そう言えば、この猫達は名前なんて言うのかな? 確か壁に貼ってある写真に書いてあったよな。へぇ、面白いな。


「その白猫の名前はモフ子っていうらしいよ」

「モフ子ちゃんかぁ。可愛い名前だねぇ」

「んで、こっちの白とクリーム色の猫がチョコ太郎」

「ほほう。んで、そっちの可愛げ無い猫は?」

「オトハだって」

「え?」

「だから、こいつの名前はオトハだってよ。東城と同じだな」


 しかしあれだな。何となく納得したわ。だってこいつ、何処となく東城に似ている気がしてたんだよな。


「むぅ……何か嫌だ」

「何で?」

「だってさ、こいつ可愛げ無いし、何かふてぶてしいんだもん」

「うーん。そんなとこが結構可愛いと思うんだけどなぁ。な? オトハ〜」

「なぁ〜ご」

「ほらね?」


 そう言いながら撫でてやると、俺に体を擦り付けてながら鳴く。

 おぉ、可愛いやつだな。よし、もっと撫でてやろう。


「こら、このバカ猫! 桜木君に馴れ馴れしくしないの!」

「んにゃ!」

「うわ痛っ!」


 東城がオトハに手を伸ばそうとしたら、その前にオトハが東城の手を引っ掻いた。


「こんのっ、何すんのよ!」

「シャー!」

「ちょ、桜木君! やっぱりこいつムカつく!」

「はいはい。東城も猫相手にムキにならないの。オトハも威嚇しちゃダメだろ?」

「にゃ〜」

「は? 何で桜木君の言うことは素直に聞くの!?」

「素直でいい子だな」


 いいな、こいつ。マジで連れて帰りたくなってきた。確か家ってペットOKだったよな。そのうち猫でも飼おうかな。


「あっ」

「お? モフ子が戻って来た」

「え? 何で行っちゃうの? ほら、こっちに戻っておいで」

「にゃ〜にゃ」


 あらら。モフ子はもう興味ないよって感じで、そっぽを向いて足の中で丸まってしまう。


「ぶぅ〜、何で桜木君ばっかり……」

「そう言われてもなぁ。こいつらが、勝手に集まって来るんだから仕方ないんだよ」


 モフ子が戻って来たから、俺の足には3匹の猫が収まっている。それにみんな丸まってくつろいでいるから、動くに動けないんだよなぁ。


「もういい。私、ちょっと飲み物飲んでくるから。桜木君は、そのまま猫と戯れていなよ」

「え? ちょ、東城?」


 あー、行っちゃった……。ありゃ完全に拗ねちゃってるなぁ。


「ったく……お前らが、東城と遊んでやらないからだぞ〜。分かってますか〜?」


 俺はそう言いながら猫達を撫でてやる。やれやれ、自由気ままなやつらだな。3匹揃って呑気に寝てやがるよ。

 こっちの気も知らないでよ。帰る頃には東城の機嫌が治ってるといいんだけどなぁ。まぁ最悪、東城の好きな物でも作ってやれば大丈夫か。


 ――――

 ――


「いやぁ、猫カフェ楽しかったね」

「そうだな。大満足だ」


 当初の予定では1時間だけだったけど、あの空間が快適かつ楽し過ぎて、2時間ほど延長してしまった。

 初めの方は、東城には全く猫が寄ってこなかったけど、時間が経って猫達も慣れたのか、東城にも集まって来ていた。

 因みに俺は何故か知らないけど、帰る頃にはほぼ全ての猫のたまり場になっていた。

 あれには店員さんも他のお客さんもびっくりしてたな。

 もし、ラノベ作家になれなかったら猫カフェの店員になるのもアリかもしれないな。


「そう言えばさ」

「うん?」

「来週、学園祭あるんだって?」

「そうだけど、何で知ってんの?」

璃亜りあから聞いた」


 あぁなるほどね。つまり、龍が松田さんを誘ったってことか。それで、東城にもその話が回って来たわけだ。


「それ、私も行ってもいいよね?」

「別にいいけど、来てもあんまり楽しくないと思うよ」

「そうなの?」

「だって、やってることは他とほとんど変わらないし」

「ふーん。桜木君は何かしないの?」

「特に何もしないね。サークルにも入ってないし」


 ただまぁ、出席だけはしないといけないんだよなぁ。じゃないと単位もらえないし。


「まぁ、そんなことはどうでもいいかな。とりあえず、私も行くから案内よろしくね」

「はいはい。分かったよ」

「にひひ〜」


 まぁ、俺も当日はやることなくて、龍とその辺ブラブラするつもりだったし、ちょうどいいかな。


「ねぇアラタ君」

「……急にどうしたの?」


 いきなり名前で呼ばれて、すげぇびっくりしたんだけど……。


「いや、私達が一緒に住み出して、そこそこ経つじゃん? だから、そろそろ名前呼びでもいいかなって思ってさ」

「それにしても、急過ぎでしょ……」

「別にいいじゃん。それに、あの猫は名前呼びなのに、私が苗字なのは気に入らない」

「どっちかと言うと、最後の理由の方が本音何じゃない?」

「まぁ、否定はしないけどね」


 否定しないんかい。いやまぁ……うん。何となくそんな気はしてたけどね。そのうち、言い出すのかと思ってたけど意外と早かったなぁ。


「で? 嫌なの?」

「まぁ……別に嫌じゃないけど……」

「じゃあ呼んでよ。音葉って」

「お、音葉……」

「うん。何かな? アラタ君」

「いや、そっちが名前で呼べって言ったんじゃん」

「そっちが?」

「音葉が!」

「うんうん。それでいいよ。アラタ君」

「……」


 クソ……何で俺はからかわれているんだよ。

 てか、よくよく考えたら、女の子の名前を呼ぶのは妹以外だと初めてなんだよなぁ。


「あれれ〜、もしかして照れたの?」

「照れてないっての……」

「本当に〜? ほらほら、正直に言っちゃいなよ」

「うるさいっての。ほら、早く帰るぞ」

「あっ、ちょっと待ってよー! アラタ君ー!」


 はぁ……本当にもう。俺はどこまで行っても、東城に……いや、音葉に振り回されそうだな。

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