第15話 看病

「えっと……どうやったらこうなるの?」

「いや……うん……何でだろうね?」

「はぁ……」


 家の中の惨状を見た栞菜かんなが、頭を押さえながら言った。

 うん。まぁ、そうなっちゃう気持ちは分かるよ。だって、私もついさっきまで同じだったからね。

 料理をしようとして失敗して、ぐちゃぐちゃになったシンク、散乱する物、水浸しになった廊下。

 うん、酷いものだ。この惨状を引き起こしてしまった自分が怖い。


「もう。最初っから呼んでくれれば、こんなことにならなかったのに」

「うっ……ごめん……」


 確かに栞菜の言う通りだね。私が家事系が何も出来ないのは、自分が1番よく分かっているのに、変に意地を張っちゃった。


「で? 桜木君の体調は大丈夫なの?」

「熱はまだ下がってないけど、今は薬飲んで寝てるとこ」


 そう。桜木君が風邪を引いた。多分、昨日の雨で濡れたせいだ。

 ご飯作っている辺りから、ずっとくしゃみをしていたし、寝る頃にはすごく調子悪そうにしていた。

 そして、いつもは桜木君の方が私より先に起きているんだけど、今日は起きてなかったから様子を見に行くと熱でうなされていた。

 とりあえず、慌ててタクシーを呼んで病院に連れて行った。その後、家に帰って来て桜木君を寝かせてから、私が家事をやろうとしたらこの有様で、これじゃまずいって思って栞菜に助けを求めて今に至る。


「そっか。なら、とりあえず片付けをやっちゃおうか」

「う、うん」


 しかし……こんなに出来ないとは思わなかったなぁ。一人暮らし時はもうちょい出来て……ないか……。2日おきくらいに栞菜が来てくれて、掃除とか色々やってくれたんだったね。


 ――――

 ――


「よし。片付けはこんなもんでいいかな」

「ありがとう栞菜。助かったよ」


 流石、栞菜だね。あれだけぐちゃぐちゃになっていたのに、綺麗に片付けちゃった。因みに私は、何もしていない。正確にはさせてもらえなかっただけどね……私が変に手を出すと余計に汚れるから、手を出すなって栞菜に言われたからだ。


「私はお粥作る準備するから、音葉おとはは、桜木君の様子見てきて」

「分かった」


 私は体温計とタオルと新しい冷えピタを持って、桜木君の部屋に向かった。


「よかった。ちゃんと寝てるね」


 でも、まだ熱はありそうかな。汗はかいているから、そのうち下がってくれると思うけど。

 とりあえず、汗を拭いて冷えピタを交換しないとだね。その後に熱を測ろう。


「……ん? 東城?」

「あ、ごめん。起こしちゃった?」

「いや、大丈夫……」


 私が顔とか首の汗を拭いていると、桜木君が目を覚ました。


「調子はどう?」

「朝よりはマシかな」

「そっか。熱測るから、少しだけ体起こせる?」

「あぁ……」


 桜木君を支えながら、ゆっくりと体を起こすのを手伝う。


「はい、体温計」

「ん……」

「食欲はある?」

「あんまり無いかな……」

「うーん。気持ちは分かるけど、少しだけでいいから食べないと。薬が飲めないから」

「分かった。あ、測り終わった」

「見せて」


 桜木君から体温計を受け取って結果を見る。


「あちゃー」


 38.5分か……まだ全然下がってないなぁ。それでも、朝に測った時は39度以上あったから、これでも大分マシになった方か。


「桜木君。もうちょっと待っててね。今、お粥作って持ってくるから」

「分かった」

「うん。じゃあ、それまで寝ててね。あ、冷えピタは張り替えておくね」

「悪いな。迷惑かけて……」

「病人は余計なこと考えないの」

「ごめん……」

「だから謝んなくていいってば。じゃ、ちょっと待っててね」


 冷えピタを張り替えた私は、桜木君に布団をかけ直してあげてから部屋を出た。


 ――――

 ――


「あ、桜木君どうだった?」

「まだ熱が下がってないね」

「そっか。なら、早く何か食べて薬飲ませないとだね」

「うん。お粥作るんだよね? 材料ある?」

「冷蔵庫の中に梅干しあったから、梅粥にしようと思う」

「それよりも、魔○宅に出てきたミルク粥にしない?」

「あー……あれね。北欧のミルク粥ってバターが入っているから、病人の胃には結構ヘビー過ぎるからよくないらしいよ」

「え、そうなの? オ○ノさん最低最悪じゃん。優しい顔して何て酷い。ゲス外道鬼畜悪魔の所業じゃん!」

「う、うん……ちょっと言い過ぎじゃない?」


 いやいや、そんなことはない。危うく桜木君に大変なことをしてしまうところだったよ。ここは大人しく梅粥にしよう。

 とりあえず、次に魔○宅を見た時は、オ○ノさんに中指立てておくとして、今は桜木君のために梅粥を作らないとね。


「よしっ! それじゃ、私は何をすればいい?」

「大人しく座ってて、それと台所には近付かないでね」

「なんでやねーん!」


 いやいや、何でそんなに満面の笑みで戦力外通告出来る? 私、今結構傷ついたよ!?


「音葉が作ったお粥なんて食べたら、死者が出るよ」

「流石にそれは言い過ぎでは!?」

「1人で何かやろうとして、家の中ぐちゃぐちゃにした人が、まともな料理作れると思ってるの?」

「うっ……それは……」

「それに高校の時の調理実習で、彩りをよくするために絵の具入れて、班のメンバーを病院送りにしたの忘れたの?」


 あ、あー……そういえば、そんなこともありましたね……。ツヤ出しスプレーをかけたり、アート感を出すために、接着剤とかで固定したりしてたなぁ。結果、何人か泡吹いてたっけ?


「何か反論は?」

「ないです……」

「ならよし」


 まぁ……うん……お粥は栞菜に任せよう。その方が確実だしね。

 でも、流石に何もしないのはなぁ。


「あのさ、音葉」

「何?」

「ウロチョロされると邪魔なんだけど」

「いや、何か落ち着かなくて……」

「もう……じゃあ、ゼリーとかスポーツ飲料でも買ってきてよ」

「分かった! 任せてよ!」


 ――――

 ――


「買ってきたよ〜」

「お帰り。こっちもちょうどお粥出来たところだよ」

「お、それはナイスタイミングだったね。じゃあ、桜木君に食べてもらおう」

「そうね。音葉、お願いしてもいい?」

「うん。もちろん!」


 栞菜からお粥を受け取って、桜木君の部屋に向かう。それにしても、このお粥美味しそうだな。後で私の分も作ってもらおうかな。


「桜木君、起きてる?」

「あぁ……起きてるよ……」

「調子は……まだ悪そうだね」


 まだ顔色が悪いなぁ。それにさっき見た時よりも、ちょっと辛そう。もしかしたら、また熱が上がってるかもしれない。


「ちょっとごめんね」

「あぁ……」


 私は桜木君の体を起こして、ベッドに寄りかからせる。


「はい。あーん」

「……」

「あーん」

「いや、自分で食えるよ」

「病人は文句言わないの。あーん」

「……」

「んっ」

「……あーん」


 桜木君は何か言いたげにしていたけど、譲る気がない私を見て、諦めたように差し出したお粥を食べる。


「どう?」

「うん。美味い」

「そっか。はい、あーん」

「あーん」


 それから、特に会話をすることなく私は桜木君にお粥を食べさせた。


「ご馳走様」

「うん」

「これ、東城が作ったの?」

「ううん。栞菜が作ったものだよ」

「え? 佐々木さん来てるの?」

「うん。私がダメダメ過ぎてね。それで栞菜に助けを求めたんだ」

「マジか。お礼しないとな……」

「それは私が言っとくから、桜木君は薬飲んで寝るの」


 私はベッドから出ていこうとする、桜木君を抑えて無理矢理寝かせる。


「いやでも……」

「いいから。はい、薬。あーんする」

「……あーん」

「はい」


 桜木君は渋々といった感じで薬を飲む。その後、私は寝ている桜木君に布団をかけ直してあげる。


「よし。後はしっかり寝て、早く元気になってね」

「分かった」

「桜木君が寝るまで、ここに居てあげるから」

「うつっても知らないぞ」

「大丈夫だよ。私、あんまり風邪ひいたことないからね」

「そっか。なら、お願いする」

「うん。任せて」

「ん。おやすみ……」

「うん、おやすみ。桜木君」


 ――――

 ――


「いや……うん。俺が言うのも何だけどさ。何してんの?」

「面目ないです……」


 薬が効いたのか、桜木君の風邪は次の日には完全に治った。ただ……その代わりに私が風邪を引いてしまっていた。

 まぁ……簡単に言うと桜木君の風邪がうつった感じだ。幸いにも微熱程度ではあるんだけど、仕事や学校を休むくらいには体調が悪い。

 はぁ……まさか、あのセリフがフラグになるとは思わなかったなぁ。ちょっと恥ずかしい……


「まぁいいや。とりあえず、今日は大人しくしていること」

「うぅ……分かった……」

「今日は俺が看病してあげるから」

「うん……よろしく……」

「おう」


 でもまぁ……桜木君に看病してもらえるから、そんなに悪いもんじゃないかな。

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