KAC20236 Vやねん!

白川津 中々

 七回裏一点リード。


「どーせまた逆転負けやろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


「いい加減にせぇやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 本来であればジェット風船と少しの声援が飛び交うラッキーセブンなのだが、近頃は野次ばかりであった。

 光子園球場虎側スタンドからの罵声は全て猛虎軍団に向けられたものである。この局面でどうして彼らは贔屓チームにヘイトをぶつけるのか。それは監督の一存でとある儀式が行われているからであった。




「今日アレしたら殺すぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

  



 観客の一人が叫んだアレとはまさしくその儀式の事である。それが何かというと……




「今日も七回で大量得点獲得しましぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ……」


「たぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」




 円陣が組まれ摩訶不思議な呪文が選手一同から叫ばれる。これが時の監督、矢木野が発案したゲン担ぎの儀式、『予幸』と呼ばれるものであった。

 予幸とは予めラッキーが起った体を作る集団ヒステリー的逃避行動で、「自分達は七回に大量得点を取ったのでこの試合は勝ちました。テレビでナイター観てる人たちは風呂にでも入ってきてください」と自己暗示をかける事により勝負に勝った気になれる効果がある。この予幸の習慣がついてから虎は連戦連敗。借金十五と散々な結果となりまさに暗黒時代と呼ぶに相応しいチーム状態となっているのだがイカれてしまった脳で正常な判断ができるわけもなく、監督コーチ選手全員が『首位独走Vやねん』状態となっているのであった。




「だからそれやめろやボケェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!」


「勝っとるんやから普通に野球やれやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」




 スタンドからの声が響くもベンチはどこ吹く風の民。「お、お客さん今日も応援ありがとうやで」と一同ニッコリ。一番センターギガジレスが打席に立ちバッドを握る。



「塁に出ろやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


「打てんかったらしばくぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


「ビビんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」



 大きな暴言の中でギガジレス、三球三振。土煙が舞うだけに留まる。



「ほんまお前なにしにきてんねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん!」


「帰れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」




 ファンの声もむなしくギガジレスはやり切った顔をして颯爽とベンチへと戻っていた。

 その後、続く二番、三番共に打ち取られスリーアウト。八回にまんまと逆転を許しそのまま試合終了。猛虎軍団は連敗を十六とした。

 

 この敗戦に対し矢木野監督は「俺には夢がある」とコメント。優勝に向けての更なる躍進を誓った。なお、まにあわんもよう。

 

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