15 理想のヒーローである為に

「……分かった。ほら篠原さん。何かあったら私もフォローするから。一旦部屋の外に出よう」


 レイアも烏丸が何か大事な話をしようとしている事に気付いたらしい。まるで自分達は邪魔者だとでも言わんばかりにそそくさと篠原を連れて部屋を出て行く。

 そして次の瞬間、烏丸は部屋に何かしらの魔術を掛けた。おそらく防音用の結界だ。


「素直で察しも良くて気遣いもできる。レイアちゃんは優秀だね。部屋から出ていってもらう理由を態々考える手間が省けた」


「ほんとアイツ凄いんですよ。過去の事は分からないですけど、心でも読んでるのかって位、察しが良いんです。多分アイツに嘘とかは通じませんよ。通じたと思っても多分気を使ったり空気を読んだりしているだけです」


「この短時間でそこまで言えるようになる位には、色々あったんだね」


「ありましたよ、色々と。本当に……色々と」


「その色々の中でレイアちゃんを見てきてどうだった。彼女はキミみたいなヒーローになりたいなんて事を言っていたけど、なれそうかい?」


「なれるもなにも、アイツはとっくに俺なんて超えちゃってますよ。烏丸さんには大雑把に覚醒したとしか言ってませんでしたけど、アイツ俺が使っているような入門向けの強化魔術で冗談みたいな出力を叩き出してますから。俺どころか並大抵の魔術師よりも既に強いです」


「それは篠原を退けている時点で分かってるさ。僕が聞きたいのは精神面の方だよ」


「寧ろ凄いのはそっちの方ですよ。そっちは俺と比べるのが申し訳ない位です」


「ほう」


「あそこまで善良な奴がいるのかって、改めて思い返してみてもそう思います。レイアみたいな奴がヒーローだとか正義の味方だとか、そういう風に称えられていくんだなって思いました。寧ろ俺が憧れそうですよアイツに」


「そこまで言うのか。大絶賛じゃないか」


「なんならもっと言っても良い位です。とにかくアイツは本当に凄い奴になりますよ」


「それは楽しみだね」


「ええ、本当に……で、烏丸さん」


「なんだい?」


「多分こんな話をする為に、二人に席を外してもらった訳じゃないですよね?」


 流石に本人を前にして此処までの大絶賛ができたかどうかは定かではないが同じような意図の事は言えるし、尋ねる側の烏丸も恐らく八尋から酷評が飛んでくるなんて事は考えていなかっただろう。態々二人に席を外させたのには、まったく別の意図がある。


「そうだね。こんな話をしてもらうなら、レイアちゃんの前で堂々としてもらうさ」


 そんな碌でも無い軽口を言った後、烏丸は少し真剣な声音で八尋に言う。


「これからするのはキミの話だよ、八尋君」


「俺の話……ですか」


「そう、キミの話。大事な大事な今後の話さ」


 そして烏丸は言う。


「さっき僕がレイアちゃんの頼みを聞いた時、えらくあっさり頷いたなと思わなかったかい?」


「ええ、思いましたよ……俺の時とは違うなって思いました」


「まあ違って当然だ……今だから告白するよ。実はこれまでキミを騙してきた」


「……はい?」


 突然の意味深な言葉に首を傾げる八尋に烏丸は続ける。


「僕はキミの頼みを聞いて、キミを弟子にした。キミにも、外部にも。表向きにはそうなっているけれど、その実態は違うという訳だ」


「は? え? ちょ、ちょっと待ってください。そ、それってつまり、俺は自分が烏丸さんの弟子だと思い込んでたって事になるんですか?」


「そういう事になるね」


「……」


 突然の告白にショックを受けながらも、どこか腑に落ちている自分が居た。

 自己保身と自己犠牲のダブルスタンダード。

 後者はレイア出なければ見付けられなかった程に奥底に秘めた信条で、表面上志条八尋という人間を構築していたのは前者の自己保身だ。


 そしてそれは隠す意図が無くても隠れていた自己犠牲の感情とは違い、隠そうとしても溢れ出るような物だったのだろう。

 烏丸もカンは鋭い。今まで隠せていると思っていた方が不思議だった。

 少なくとも表面上、志条八尋を構築していた要素はしっかり見抜かれていた訳だ。


「その様子だと色々と理由は察してくれたかい?」


「まあ改めて考えれば、大体察しますよ。ざっくり言うとメンタルの話ですよね……でもなんでそんな嘘をずっと吐いていたんですか」


「その方が都合が良かったからね……知っての通りキミの特異体質は、常人には理論上発動不可な魔術を使いたい様な連中にとっては喉から手が出る程欲しい物だ。僕としては流石にあの時の一件を解決して、はいさよならという訳には行かなかったんだ」


「なら烏丸信二の弟子という事にして、迂闊に手を出せないようにした方が良い……ですか?」


「ご明察。事実あの一件以降多少なりともキミの存在は裏社会に知れ渡っている筈だけれど、ただの一度の襲撃も無かっただろう。キミを弟子という事にしておくのは都合が良かったんだ。改めてだけど悪いね、今まで騙してて」


「いや、烏丸さんは何も悪くないですよ。実際俺が今まともな生活送れているのは烏丸さんのおかげですし……それに、烏丸さんが嘘でも弟子って事にしといてくれたから、結果的にレイアが無事生きている訳で……烏丸さんには感謝しか無いです」


「僕もキミに感謝はしてるよ。苦手な事務仕事を全部やってくれてたからね」


「ほんと本格的に弟子って言うより事務員って感じだ」


「まあそういう事になるよ……少なくともこれまではね」


「……これまでは?」


 意味深な発言をした烏丸にそう聞き返すと、烏丸は言う。


「さっき言っただろう。僕は今後の話をする為にこの場を設けたんだ。そして、此処までの話はキミを騙し続けるなら本来言う必要の無かった事だ……本題はこれから」


 そして烏丸は言う。


「今回は本当に色々な経験をしたんだと思う。被害者でも無く加害者でも無く第三者として、キミが片足を突っ込んでいる世界を全身で体験した訳だ。少々刺激の強いチュートリアルだったと言っても良いだろう……それを経験した上で、キミがどうしたいのかを僕は聞きたい」


「俺がどうしたいか……ですか」


「そう。この話はレイアちゃんには聞かれていない。だからあの嘘を僕らだけの秘密にしてこれからも嘘を吐き続ける事だってできる。それもまた一つの選択だし、僕としてはこちらをお勧めする。だけど今のキミは選択肢を提示してやれる位には変わっただろう」


 そして烏丸はもう一つの選択を提示する。


「僕の弟子として修業を積み、誰かを助けるヒーローを目指す。あまりお勧めしないけどね」


「……いいんですか?」


 烏丸が言ってくれた事は本当に嬉しい。

 だけど変わった事が有っても。変えて貰った事があっても。変わらない事だってある。


「俺には魔術の才能が無いですよ」


「……そうだね。その辺の評価はキミと出会った時から大きく右肩下がりはしているよ」


 そして烏丸は改めてはっきりと言う。


「キミには致命的な程に魔術の才能が無い。根本的に才能が下の中位な事に加えて、キミの特異体質が宝の持ち腐れを通り越して大きな障害になっているからね……最悪だよ」


「……はい」


 魔術を発動させるための術式を構築するプロセスは大きく分けて二つに分かれる。

 強化魔術のような自身の体内で完結する術式は、体内を循環する魔力をそのまま使って発動する。これは八尋でもなんとか発動できる。

 だがもう一方。

 外部に何かしらの現象を出力するタイプの魔術は、体外に向けて魔力を注ぎ込まなければならない。

 だが体内に滞留するあまりにも多くの魔力はそのコントロールを非常に困難な物へとさせる。

 それは元々才能の無い八尋にはあまりにも荷が重い。


「だから多分、キミ以上に魔術師に向いていない人間はそういないんだ」


 だけど、そこまで烏丸は理解していても、魔術師として生きていく選択肢を提示してくれた。


「だから僕の弟子になる選択はあまりに過酷な茨道だよ。当然普通の鍛え方をしていてはどうにもならない。多少どころか過剰に無茶で、非人道に片足を突っ込んでいるようなやり方をしなければ君は確実に強くなれない。そしてそれだけやっても強くなれるのはある程度までだ」


「……」


「どうしたって僕のようにはなれないし、これからどうしようもない程にレイアちゃんとの差も開いていくだろう。多分だけど、相当惨めな思いだってすると思うよ。いや、多分じゃないな……それは断言する。それでもキミにこの茨道を歩む意思はあるか。それを僕に教えてくれ」


「あります」


 迷うことなく即答だった。

 深々と考え葛藤する必要も無く、それは当然のように出てくる答えだ。

 レイアに肯定して貰えた自分は、そんな程度の障害で折れない。

 折れてたまるか。


「……成程。キミの意思は受け取った」


 お勧めしないと言っていたのに。

 あれだけ嫌な言葉を並べ続けたのに。

 それでもどこか嬉しそうに烏丸はそう言って、そして約束してくれる。


「なら僕はそれに答えよう。キミを最強の魔術師にしてやる事は出来ないけれど……それでも、良い感じのヒーローにはしてやるよ」


「これからよろしくお願いします」


「これからもだろ。キミと二年間仕事をしてきた事自体は本当の事なんだからさ」


 そう言って笑みを浮かべた烏丸は言う。


「まあまず何にしてもレイアちゃんの抱えている問題を解決するのが先決だ。キミにも色々と手伝ってもらう事が有るかもしれない。お互い気合入れていこう」


「はい!」


「じゃあこれで僕達の密談は終わり。二人を呼ぼうか」


 言いながら部屋に張っていた魔術を解いた烏丸は、部屋の外の二人に声を掛ける。


「もう良いよ。戻っておいで。とりあえず今後の方針を決めていこう」


「うむ、了解だ。ほら篠原さん、戻りますよ」


 そしてレイアと、レイアに手を引かれた篠原が部屋へと戻ってくる。

 保護者かな?


「すまないね、待たせてしまって」


「いや、全然待ってないぞ。な、篠原さん」


「……はい」


 保護者かな?

 そして篠原から視線を八尋へと向けたレイアは、笑みを浮かべて言う。


「しかし何やら悪い話じゃなかったようで安心した。私達に席を外すよう言った時の烏丸さんは、酷く億劫そうな感じがしていたからな」


「……き、キミ凄いな。え、八尋君。僕顔とかに全然出て無かったよね? え?」


 珍しく烏丸が凄い動揺している。

 ……いや珍しくない。先日競馬中継を見ていた時と同じだ。


「もしかしたら八尋から聞いているかもしれないが、こういうのが得意らしい。だから烏丸さんがあまりしたくない話をするんだろうなってのも何となく分かったし、今の篠原さんには優しく接しないとってのも分かるぞ」


「それは僕も分かるよ、しないけど……っと、そうだ篠原」


「は、はい!」


「お前事務仕事とかできる?」


「も、元々フリーランスでやってたんで一通りできますけど……」


「じゃあその辺も頼むわ。ウチその辺八尋君に任せてたんだけど、彼はこれから忙しくなる」


 確かにこれから色々と無茶をしていかなければならないのなら、今まで通りの事務仕事をこなしていく事は難しいだろう。もう半端な事はやれない。


「レイア」


 だからこそ、改めて気を引き閉める為に。弱い自分が逃げ出してしまわないように。


「これからもっと頑張っていくよ。お前と並び立てるようにさ」


 そんな非現実的な大口を、レイアに宣言する。

 言いながら烏丸の言葉がフラッシュバックしてくる。

 どうしようもない程にレイアとの差は開く。

 惨めな思いも間違いなくする。


 きっと自分は出来もしない事を口にしているのだろう。それはよく理解している。


 それでもその位の気の持ちようでいなければ。

 自分を追い込んでいかなければ、現状どんな現実でも受け止めて頑張れると思っている自分も情けなく逃げ出してしまうかもしれないから。

 この決意はレイアに聞いて欲しかった。

 大見得を切って悪いけど。

 身の程を弁えない言葉だけど。

 これ位は許して欲しいと思うよ。


「頑張り過ぎて私を置いていくなよ」


「いや置いてく。滅茶苦茶頑張る」


 志条八尋という人間が良い感じのヒーローになる為に。

 レイアがかっこいいと言ってくれたヒーローである為に。

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