14 一歩踏み出した理由について

「これは随分酷くやられたな八尋君。良く生きてたね」


 応接室に現れた烏丸は、八尋の姿を見たなりに怪我の具合を理解したのかそう口にした。


「ああ烏丸さん。お疲れ様です。殺すつもりで攻撃されませんでしたからね。殺すつもりで攻撃されてたら生きてませんでしたよ」


 事実を言うついでに一応篠原のフォローをしておく。流石に正座して震えながら待機していた篠原を見ていると、その辺フォローしておかないと可哀想な気がした。


「ああそうだ、篠原さんは私を殺すのも躊躇していたんだ」


「そう。だから俺が助けに入るのが間に合ったり、レイアの覚醒が間に合ったりって」


「えーっと、キミら和解したとはいえ、なんでそんなにフォローに回ってるんだい?」


 察してほしい。


「何はともあれ僕が戻るまでキミ達が無事で本当に良かった……まあ長話を始める前にとりあえず治療を始めておこうか」


 そう言って烏丸は八尋の近くまで歩み寄り手を翳す。

 すると八尋の転がるソファを中心に魔法陣が展開され、緑色の淡い光が周囲を包み込んだ。


「それは何をやっているんだ?」


「治癒魔術だね。対象の治癒能力を大きく向上させる事ができる。ここまでの怪我だと……完治まで一時間は掛かるかな」


「一時間!? 一時間で八尋の怪我が治るのか? 凄いなあなたは」


「だろ? 僕は最強だからね」


 言いながら滅茶苦茶ドヤ顔を浮かべる烏丸。全く謙遜する様子はない。自他ともに最強の魔術師と認めるこの男は、しっかり自分でも認めているようにいつもこんな調子だ。

 だがそんな烏丸は一拍空けてから、レイアに視線を向けて少し真剣な声音で言う。


「とはいえキミも相当凄いと思うけどね」


「ん? 何の事だ?」


「僕はキミが血塗れで死にかけていたと八尋君から聞いている。そして八尋君にキミを治癒する術はない……となればキミは自力で傷を塞いだんだろう」


「そういう事になります」


 レイアの代わりに八尋が答える。


「事の経緯を細かく話してなかったんで今ついでに話しておくと、昨日事務所から帰ると俺の家でレイアが血塗れで倒れてまして……で、ワンチャン俺の治癒魔術が成功すれば、って思ってレイアに触れたら、傷が一気に塞がり始めました。それから三十分程で完治ですよ」


 あの時の凄惨な状況を思い返しながらした八尋の説明に対し、烏丸は言う。


「いや、八尋君の家で死にかけていたという新情報に驚きを隠せないんだけど……それは後で色々調べるとして、とにかくレイアちゃんは普通の人とは違う体質をしているみたいだね」


「特異体質という奴らしいな。八尋から聞いた」


「ああ。それも相当凄いタイプのだ。死にかけの状態から三十分程度で全快となればその回復力は僕の治癒魔術のそれを大きく上回る。正直異常なレベルだよ……勿論良い意味でね。とはいえ今後生きていく上で誰かに触れて貰えれば傷が治るから、なんて考えで行動をするのはよした方が良いね。触れられて傷が塞がり出したのは事実でも、そのサンプルを取るのに八尋君はあまりに適さない」


「……そういえば八尋も特異体質だと言っていたな」


「ああそうだ。詳細は聞いているかい?」


「いや、話してないです。ちょっと色々あって」


 レイアに最初に特異体質の事を話していた時は、特異体質の事よりも過去の事に話が発展しそうだった事もあり話さず、あの路地ではそれこそその過去の事しか話していない。

 結果今に至るまで話す機会に恵まれなかった。だから言っていない。

 そしてあまり大っぴらにはしたくない理由はあるけれど、別に隠し通さなければならないような情報でもないから、此処では別に良いだろう。

 だから烏丸を止める事無く静観する。


「八尋君は異常な量の魔力を生成し続けているんだ」


「異常な量の魔力?」


「そう。魔術を使ってもその瞬間に補填され、それどころか常に魔力を垂れ流しているようなそんな状態だ。つまりレイアちゃん。キミは人に触れられたのではなく大量の魔力を浴びたという解釈もできる訳だ。寧ろ何かを生命力に変えている分、そっちの方が可能性が高いと思う」


「成程……」


 レイアは烏丸の仮説を聞いてそう呟いた後、八尋の方を向いて言う。


「その説の真偽は定かでは無いが……もし正しかったら、私は本当に最初からずっと八尋に助けられてきたのだな」


「……かもな。触れただけだから偶然もいいところだけど」


 だけどだとしたら良いなと心中で静かに思う。

 レイアの言う通りこの説の真偽は分からない。だけどもしこの説が本当なら……自分の身に宿る力が初めて役に立った事になる。取り返しの付かない程の大きな厄災を連れて来るだけ連れてきて、その反面足枷になる事はあっても一切の役にも立たなかったこの力がだ。

 それは嫌いだった自分の良い所をみつけたような気持になって……だから思う。


(……本当にレイアにはずっと助けられてるな)


 レイアのおかげで大嫌いだった自分の事が、少しだけまともに見れるようになってきた。

 それは紛れもなく、レイアに助けられているという事になるのだと思う。


「そんな訳だから、今の所キミが怪我をした時に自分の特異体質の力に頼れるのは八尋君が居る時だけって思った方が良いかもしれないね。検証すれば全然そんな事は無かったって事になるかもしれないけれど、僕は大体こういう形で落ち着くと思ってる。まあ普通に生きていたらその力が必要になるような大怪我なんてそう負わないんだけど」


 ……普通に生きていれば。


「そして今も負わせない。八尋君が頑張ってキミを守ったんだ。事件解決までキミには怪我一つ負わせるつもりは無い。その辺は安心してくれ」


「あの……その事なんだが」


 レイアは真剣な表情で烏丸に言う。


「そういう怪我を負わせるつもりはないと言ってくれている人にこんな事を言っていいのかは分からないが……私をそういう怪我をするかもしれない立場に置いてはくれないか?」


「……それはつまりどういう事だい?」

 意味深にも聞こえるレイアの言葉にそう返した烏丸の目を見てレイアは言う。


「無理を言っているのは百も承知だが……私を此処で働かせてくれ。いや、働かせてください。お願いします」


「突然だね……だけどそれは僕にとってはそうというだけで、きっとキミの中ではずっと考えていた事なんだろう。一応理由を聞かせてもらえるかい?」


(……そうだ、なんでレイアはそんな事を急に言い出したんだろう)


 八尋もそれを考える。

 確かにレイアは自分なんかよりもずっと、自分達のような仕事をするのに向いている。

 だけど向いている事とやろうと思う気持ちは別の筈だから。

 一体何がレイアにその判断を下させたのだろうか?

 そう考えるが、すぐに八尋なりの答えに辿り着く。


(ああ……向いているからか。別に特別なイベントなんてレイアには必要ないか)


 レイアは間違いなく根底からそういう気質の人間だ。

 そしてその手に才能があり、こうして目の前にそんな特別な力を有効活用する為の道がある。

 だとすれば記憶が戻るまでの間、その道を歩もうと思ってもおかしくないかもしれない。

 そしてレイアは答えた。


「何故だろうな……理由は分からないが、私は人を助けなければならない気がするんだ」


「ほう?」


「そして結果的にそれをする為の力も、まだ拙いとは思うが手にした。だったらそれを生かしていきたい。理由はそれだけだ」


 八尋が考えた通りの言葉をレイアは口にする。


(やっぱりそうだ……すげえなレイアは)


 根っからの善人。文字通りヒーローのような人間。そのお手本のような志望動機だ。

 そしてそれを聞いた烏丸は言う。


「なるほど何故だか分からない……か。普通の人ならそんな曖昧な理由で軽々しくこの業界に踏み込むなと言いたい所だが……キミは記憶喪失だ。頭で自覚していなくても、これまでの人生を歩んできたキミが本能でそう訴えているという事も考えられるだろう。嘘を言っているようにも思えないしね。キミの場合ならそこまで悪くない理由だ。それにキミには魔術の才能がある。そこで正座している襲撃者を撃退したんだろ? 彼女も僕の関わっていた一件の組織に潜り込めるような魔術師なら決して弱くはない筈だ。そんな彼女を撃退したならキミは十分強いよ。素質はある。そういう意味では志も能力としても合格だよ」


「だったら──」


「でも本当にそれだけが理由かい?」


「……ッ」


 見透かされたような言葉にレイアが静かに息を飲む。


「言ってみるもんだね。キミの理由は否定しないけれど、それだけが理由ではないみたいだ」


 笑ってそう言った烏丸は、改めてレイアに問う。


「で、他の理由は何なのかな? 表向きの理由が嘘ではない以上、碌でも無い理由ではないんだろうけど。僕からの答えを出すのはそれからだ」


「……いや、えーっと……」


 だがレイアは中々話し出せず、恥ずかしそうに頬を掻きながら視線を逸らし出す。


「もしかして言えないような理由かい?」


「いや、そういう訳ではない……ではないが……」


 そうやって躊躇うレイアだが、黙り続けていては進展しないと思ったのかもしれない。

 何故か少し恥ずかしそうに、そして僅かに顔を赤らめながらレイアは言う。


「……誰かを助ける為に頑張れた八尋みたいになりたいと思った」


「お、俺?」


 思わず出た言葉にレイアは小さく頷く。

 言われてあの路地裏でのレイアに掛けて貰った言葉がフラッシュバックしてくる。


『八尋はちゃんとヒーローをやれてるよ。格好良かった。心強かった……ありがとう』


 あの時レイアが掛けてくれた言葉の一つ一つがお世辞だったとは思わない。

 本当にそう思ってくれているんだろうなと、そう思っていたけれど、だけどここまで影響を与えていたとは思わなかった。


「私は八尋みたいなヒーローでありたい」


 そんな事まで言ってくれる程の影響を与えているとは思わなかった。


「……そうか、八尋君みたいに、か」


 烏丸はレイアの言葉を聞いて、どこか嬉しそうにそう呟き……そして一拍空けてから言う。


「良いよ。キミの問題が解決したり記憶が戻ったりしたら事情は変わってしまうかもしれないけれど……今はキミの志をバックアップする事にしよう」


「いいのか!?」


「断る理由が無いからね。これからよろしく頼むよレイアちゃん」


「ああ!」


 レイアは嬉しそうにそう言葉を返し、そして八尋に言う。


「そういう訳だ。これからもよろしく頼むぞ先輩」


 そしてそんな声を掛けてくるレイアを見て思う。


(……俺も頑張らねえと)


 いつまでも現状のままで停滞していられない。

 でなければこんな自分に憧れてくれたレイアに失礼だ。


「おう、よろしくな」


 だから全力で……今まで以上に全力で頑張ろうと思った。

 レイアと一緒に。きっと追いかける立場になるのだろうけど。


(……しかし烏丸さん、随分あっさり受け入れたな)


 自分の時は中々首を縦に振ってくれなかったのを思い出す。

 別に弟子入りを志願した時は、魔術の才能が無いなんて事は烏丸も分かっていなかった筈なのに。寧ろ魔力が無尽蔵に沸いてくるという一見アドバンテージにも思える物を持って居たのに、あの時の自分への対応とあまりにも違う。

 既に実績があったかどうかの違いだろうか?


(……いや、今は良いか、そんな事)


 始まり方がどうであれ大事なのは未だ。

 色々と吹っ切れた訳では無いけれど、今の烏丸にしっかり認めて貰えるように頑張ればいい。

 そしてレイアの弟子入りが決まった所で、ようやく半ば存在感が消えていた篠原にスポットライトが当たる。


「ああ、後キミもしばらくウチで雑用をやって貰うから」


「ふえ!?」


 突然そんな事を言われて変な声を出す篠原に烏丸は言う。


「見ろ。キミが暴れたせいで事務所の中が大惨事だ。それに治癒魔術で治療できるとはいえ大事な弟子が大怪我負わされたんだ。それ相応の責任は取ってもらうさ」


「それ相応の責任……すみません、その前に遺書だけ書かせてもらっても良いですか?」


「いやいや、別に雑用って雑に使って用済みって訳じゃないんだから」


 烏丸は軽く溜息を吐いてから言う。


「キミはやり方を間違えた。だけど目的自体は間違っていないし、間違えたやり方の中で関わったこの子達との和解は済んでいるんだろう? だったらキミが負う責任なんてのは壊れた事務所の修繕費の負担と僕や八尋君達が負った精神的負担への慰謝料程度だ。だからまあ……ある程度簡単で面倒な仕事をキミに投げる。それをしばらくやってもらうだけだ」


「そ、それだけでいいんですか?」


「まあそれだけとはいっても、僕の所に来る仕事の中でという前置き付きだけどね」


「……ッ」


 少しだけ明るい表情を取り戻しかけていた篠原の表情が再び凍り付く。


(まあちょっとビビらせてるだけなんだろうけど)


 でも烏丸の立場からすればその位の脅し位はしても良いだろう。今回の一件で篠原の行動により一番の無茶を強いられたのは、八尋でも無くレイアでもなく烏丸なのだろうから。


「……さて」


 レイアからの突然の申し出を受け入れ、篠原を脅した所で烏丸は言う。


「レイアちゃんが抱えている問題に対する対処は八尋君の治療が終わったら改めて話し合うとして……すまない、レイアちゃんと篠原はちょっとだけ席を外して貰えるかい? 少し八尋君に話があるんだ」


 少々真剣な声音で。

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