ex 強襲 B

 八尋が部屋を出た直後、鈍い衝撃音と窓が割れるような音がレイアの耳に聞こえてきた。


「どうした八尋!」


 勢いよく魔術の指南書を閉じて立ち上がる。

 間違いなくただ事ではない何かが起きた。

 そして今この状況で起きるかもしれない事が何かと問われれば、答えは自ずと絞られて。


「大丈夫……か?」


 音の出所に駆け寄ろうとした彼女の前に、向こうから開かれた扉からその答えは現れる。


「……ッ!」


 数時間前、八尋が助けた女性が刀を手にして立っていた。

 そして明確にこちらへと視線が向けられ……血の気が引く。


 目の前の女性……襲撃者が明らかに自分を殺す為にそこに立っている事。

 自分の為に手を差し伸べてくれた八尋が殺されたかもしれないという事。


 それらが頭の中でぐちゃぐちゃに混ざり、結果やれた事は一歩後ずさるだけ。

 そこで腰が抜けて尻餅を付いて、一方の襲撃者は一歩一歩と距離を詰めていく。

 ゆっくりと、こちらの恐怖を増長させるように。


(……なんだ?)


 だけどきっと、そんな意図が向うに無い事を自然と察した。


(……震えてる?)


 目の前の襲撃者が持つ刀は明らかに震えていた。

 自分の事で精一杯でここまで気付かなかったが息も荒く、一気に切りかかってこないのもそこに何か意図がある訳ではなく、ただ単に足取りが重いというように見受けられて。


 改めて見た襲撃者の表情も、とてもこれから人を殺そうとしている人間が浮かべるそれでは無くて。


 そして八尋の時がそうだったように。

 襲撃者と最初に出会った時がそうだったように。


 少なくとも目の前の襲撃者が純粋な悪人ではないという事が、自然と理解できた。

 だから思わず尋ねた。

 こんな状況にも関わらず、尋ねなければならないと思ってしまった。


「一体……あなたに何があったんだ」


 そんな事を聞いている場合では無いのに、相手の事情に踏み込むような。

 そんな事を。


「……ッ」


 襲撃者は何も答えなかった。それでも呼吸が一段と荒くなって。

 足が止まり刀の震えも大きくなって……その隙を突くように。


「あああああああああああああああああああッ!」


 突然何もない空間から姿を現した八尋が襲撃者に勢いよくドロップキックをかました。


 とても酷く。

 泣きそうな表情で。

 叫び散らしながら。


「や、八尋!」


 返事は無い。

 表情から伝わる。

 その余裕はない。


 八尋はすぐさま態勢を立て直し、先程一度見せた札を不格好に放り投げた。

 次の瞬間、札から勢いよく煙が噴出される。


(前が……煙幕……?)


 そう認識した瞬間誰かに……きっと八尋に手を掴まれ。


「……ッ!?」


 気が付けば視界は晴れていて、ほぼそのままの態勢で屋外。

 夜道に座り込んでいた。

 そして変わらず酷い表情のままの八尋に、勢いよく抱きかかえられる。


「うわ、ちょ……八尋ッ!?」


 八尋は何も答えない。

 何も答えずに、全速力で走り出す。


 抱きかかえられながら視界に映る八尋の表情は、とても返事など返せる余裕があるように見えない。

 きっと返さないのではなく返せないのだという事は容易に理解できた。


 本当に。

 それこそ文字通り容易に理解できる程に。

 八尋から読み取れる感情は、恐怖でぐちゃぐちゃに乱れていた。


 それを見て感じ取って、だからこそレイアは思う。



 志条八尋は本物だと。



 どこかで自分もそうありたいという願望のような物を抱きながら。

 そして静かに決意する。


 目の前のヒーローを自分なんかの為に死なせる訳にはいかない。

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