第20話 魔法祭に向けて 後編


 爆発音が轟く。

 一度、二度、三度と連続して続き、その隙間を縫うように一人の男子生徒の悲鳴が観客の耳に飛び込んだ。



「うぎゃああああああっ! 何考えているんだ、ジェニス・デイビット!!」


「あははははっ! そ〜れっ、爆発っ!!」


「イカれてやがる……!」



 全力疾走で爆発から逃げているのは、『魔法主義』のアレクサンダー・シュナウザー先輩。

 その背中を追いかけ、ゲラゲラと笑いながら『火球』を発射しているのはデイビット先輩である。


 決闘というには、あまりにも一方的な横暴だった。

 逃げに徹するしかないシュナウザー先輩に憐れみを覚えるが、助け舟を出すつもりはない。というか、私にその余裕はない。

 周囲が呑気に観戦していられるのも、私が『障壁』で被害を最小限に留めているからだ。



「先輩、いつになく楽しそうにはしゃいでいらっしゃる……この決闘騒ぎで余った爆薬を処理するつもりですね」



 地属性に適性を持つエルサリオンに協力してもらい、硝酸土の量産に成功した。

 これを灰汁と混ぜれば爆薬となる硝酸カリウムとなる。

 爆発物なので、保管するだけでもかなりのリソースを食う。

 捨てるにしても、やはり費用が発生する。

 決闘騒ぎで処分できれば、かなり資金に余裕が生まれる。


 過去に、デイビット先輩に聞いたことがある。

 『シュナウザー先輩に反撃しないんですか?』と。

 彼は力無く笑って答えた。

 『中途半端な反撃では手痛いしっぺ返しを食らう。それに僕は「火球」しか使いたくないんだ。迂闊に使うと、他に被害が及ぶだろう?』


 デイビット先輩が決闘を持ちかけたのは、確実に勝てると踏み、私が周囲の被害を押さえられると理解しているからだ。

 ここは先輩に信頼されていると喜ぶべきだろうか。



「ふん、俺の作った爆薬で負けるようなら、二人まとめて俺が葬ってやるつもりだったが、どうやらその必要はなさそうだな」



 なにやら不穏な事を言うエルサリオンに構う余裕はなく、爆発の轟音を魔術で打ち消す。

 これまでの準備期間でいくつかの小魔術を作り出したが、今日ほどフル活用した事はない。


 隣に立っているミーシャは口元を赤い扇で隠しながら、橙色の瞳を細めた。



「あらあら、シュナウザー様ったら情けないわ。貴族たるもの優雅に勝利せねばならないというのに、あんなにみっともなく逃げて」



 つい前世の価値観を引きずってしまう私からすれば、ミーシャの発言内容に違和感を覚えてしまう。

 この世界の貴族は、富める者ではなく、力を持つ者。

 カリスマ性や財力の他に、豪胆さが求められる。

 つまり、護衛の後ろに隠れる貴族など言語道断なのだ。



「うーん……」



 頭では理解している。

 ただ、納得はできない。

 前世はこの世界と比べると本当に平和かつ法治国家で、暴力と無縁の生活だったから尚更だ。



「クソッ、ふざけるな、万年落ちこぼれのクソモヤシが! 暴風ヴェンテゴ!」



 シュナウザー先輩は罵詈雑言を叫びながら、魔法を放つ。

 フィオナ姫との婚約を賭けてしまっている以上、彼は負けられない。

 何もかもを顧みない、捨て身の反撃。


 本当に厄介事しか起きない。

 私はため息を吐いて、また魔術を使用する。



多重結界プロテクトシールド



 竜巻によって、またもオリジナルの魔術を使う羽目になった。

 決闘の公平性を維持するため、当事者を除いた他の生徒だけに衝撃を和らげる為の多重結界を貼る。

 審判役の教師ミリッツァから頼まれたとはいえ、どうして私がこんな目に遭うのか。文句を言いたい。


 土煙が晴れる頃。

 そこに立っていたのはデイビット先輩だけだった。


 土埃に汚れたシュナウザー先輩は、地面の上に倒れ、白目を剥いている。

 どうやら爆発に巻き込まれて防御には成功したが、魔力を使い果たして気絶したらしい。


 淡々と審判役の教師ミリッツァが状況を検分し、判決を下した。



「ジェニス・デイビットの勝利です」



 わっと『魔導工学派』の生徒たちが沸き立つ。

 『魔法主義』の生徒たちは、決闘の決着ではなく、敗北したシュナウザー先輩に白けた目を向けていた。


 群衆を割って、一人の女子生徒が姿を現す。


 貴族学園が支給する学生服。

 チェック柄の生地に、腰を際立たせる立体裁断。

 プリーツのスカートは丁寧にアイロンされ、腕や胸にはいくつかの勲章が輝いている。


 フィオナ・フィラウディア。


 貴族学園の学長の孫であり、姫君であらせられる。

 エメラルドのような深く美しい碧色の瞳と髪を持つ、穏やかな淑女、あるいは慈悲深き聖女と校内では専らの噂だった。



慈雨コムパテマプルーヴォ



 試験の時に披露した魔法。

 あらゆる怪我、病を完治させるという魔法をフィオナ姫は使う。


 誰も感嘆のため息は吐けなかった。

 その場にいる誰もが、息を潜めていた。

 フィオナ姫の纏う雰囲気が、あまりにも剣呑であったから。



「起きなさい、アレクサンダー・シュナウザー!」



 鋭い声に驚いて、ミーシャが肩を竦める。

 私も思わず息を呑んだ。


 意識を取り戻したシュナウザー先輩は辺りを見回し、状況を把握したのか、慌てて説明を始める。



「ち、違うんだ、フィオナ。これには深い訳がある。俺はデイビットに騙されて────」



 フィオナ姫は、何の躊躇いもなく、気絶していたシュナウザー先輩の頬を平手打ちした。

 渇いた音がグラウンドに響く。


 頬に紅葉を刻まれたシュナウザー先輩は、呆然としていた。



「よくもこの私に恥をかかせましたね」



 地を這うような低い声がフィオナ姫から発せられる。

 彼女の怒りはもっともだ。

 他所で勝手に決闘を起こし、その賭けに冗談とはいえ自分との婚約を出されたのだ。



「この件はお祖父様だけでなく、お父様にも報告させていただきます」



 フィオナ姫は、用は済んだとばかりに踵を返す。



「ま、待ってくれ! 俺はどうなる!?」


「さあ。それは貴方自身がよくご存知では? 自業自得です。私が助けるとは思わないでくださいね」



 シュナウザー先輩がどれだけ縋り付いても、フィオナ姫は取りつく島もないほどに冷たく突き放した。


 あまりにも哀れなその姿に、恐らくシュナウザー先輩の知り合いは苦い顔で立ち去る。

 残った彼の取り巻きたちは白んだ目を向け、口々に彼を罵っていた。


 さながら、公開処刑のような光景。

 見ていてあまり気持ちの良いものではない。



「作業に戻ろうか、ミーシャ、エルサリオン」



 特権階級の悲哀を垣間見た私は、とっくに文句を言うだけの気力を失っていた。

 制服の汚れを払ったデイビット先輩は、既に決闘の事など忘れて作業場に戻っている。


 明日に控えた魔法祭を成功させるためにも、早く作業に戻らなくては。

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