第19話 魔法祭に向けて 中編

 魔法祭、前日。



「やあやあ、シケた顔した落ちこぼれと愚か者たち。今日も今日とて冴えない雰囲気を纏っているねえ」



 魔法祭に向けての準備が佳境を迎えた状況で、耳障りな甲高い声が響いた。

 最終的な調整と手順の確認をしていた私はミーシャと顔を見合わせて首を傾げ、エルサリオンが腕を組んで睨みつける先に視線を向けた。



「アレクサンダー・シュナウザー、わざわざ他所の見学に来るとは何事かな?」



 デイビット先輩が立ち上がり、招かれざる客の行手を阻む。

 シュナウザー先輩は、デイビット先輩をやけに目の敵にする『魔法主義』の代表である。

 学園の制服を破天荒に着崩し、髪を無造作にワックスで固めた姿は賛否両論をかましているらしい。ミーシャが言ってた。



「な〜に、君たちが非常に興味深いものを作っていると教授から聞いてねえ。是非とも僕たちが完成させてやろうとここに来たわけだよ」


 魔法祭は一週間を掛けて行う。

 その時の活躍によって、今後の進路が左右される。

 魔物討伐で成果を振るえなかった貴族学園の生徒にとって、魔法祭は名誉挽回のチャンスである。


 期末試験が終わるなり、学園は魔法祭での催しをどうするかで賑わっていた。

 いくつかの機材が持ち運ばれ、貴族の使用人が慌ただしく準備を進める。


 だからこそ、いつもなら気がつけたシュナウザー先輩の侵入も、今日ばかりは発見が遅れた。

 あまりの言い分にミーシャが顔を赤くし、わなわなと肩を震わせた。



「な、なんて失礼な人なの……っ!」



 魔法祭にかける生徒たちの熱意や情熱。

 それを知った上で、シュナウザー先輩は横取りしようとしているのだ。

 連日の妨害や攻撃魔術で警戒していたが、やはりまた実力行使を試みてきたらしい。


 シュナウザー先輩の後ろには、きっかり五人組の生徒たちがいる。

 きっと彼らは腰巾着のような存在なのだろう。

 過去に私を襲撃してきた連中と数も背格好も似ているな。

 彼らは私を見て「あの時の借りを返しにきたぜえ」と笑った。覆面の意味を失った瞬間である。



「シュナウザー、悪いけどその提案に乗る事はない。用がないなら、早急に立ち去れ。さもなくば……」


「あん? 万年落ちこぼれが何を偉そうに俺に口答えしてるんだ? ほら、言ってみろよ。立ち去らなかったら、どうするつもりなんだ?」


「君を決闘でボコボコにする」



 デイビット先輩の言葉に場が静まり返る。


 デイビット先輩の個人的な友人や作業にあたっていた生徒たちも、声を失ったかのように口を開いた。

 デイビット先輩は、日頃から爆発したいさせたいと口にする変人ではあるが、積極的に他人に力を使うような人ではなかった。だからこそ、「決闘」を口にした事に全員が驚く。



「ぎゃはははは! 面白え! やってみろよ!」



 シュナウザー先輩がデイビット先輩を煽り、周囲の生徒が囃し立てる。



「そ、そんな、決闘なんて……!」



 正当防衛ならまだしも分かる。

 だが、決闘はいくらなんでもやり過ぎだ。

 攻撃魔術の基本は、対象の殺害。

 人に向けるには、あまりにも威力が高すぎる。


 引き留めようとする私の手を、ミーシャが掴んだ。



「無理ですわ、リル。この貴族学園において、力の優劣は何よりも雄弁に猛威を振るいますの。勝者は全てを手に入れて、敗者は全てを失う。この貴族学園の伝統ですわ」


「なんて残虐な……! 対等な勝負ならともかく、無力な相手を一方的に嫐るなんてダメですよ。倫理的に! 結果の分かりきった争いはやめましょう!」



 私は渦中の二人に訴える。

 この世には失っていい命などないのだと、涙ながらに叫ぶが、彼らには伝わらない。



「リル・リスタ。俺の誘いを断った愚かな庶民め。今からこの落ちこぼれを決闘で叩きのめした後、俺を選ばなかった事を後悔させてやる!」



 勝利を確信し、不敵に笑みを浮かべるシュナウザー先輩。

 対するは、冷や汗を浮かべ、大丈夫だと安心させるように微笑みを浮かべるデイビット先輩。



「では、こうしよう。僕が負けたら、あの装置を君たちに譲る。僕が勝ったら、君たちは何を譲ってくれるんだい?」


「はっ、俺が落ちこぼれに負けるわけがないだろう。そうだな。婚約者でも譲ってやろうか?」



 シュナウザー先輩の言葉に、彼の取り巻きたちが顔を見合わせる。



「おいおい、フィオナ姫を景品にするのは流石に不味くないか?」


「でもよう、シュナウザー様はここのところ金欠続きで、賭けに使える代物なんてとてもじゃないが持ってないぞ」



 取り巻きたちから漏れ聞こえた会話の内容に私は顔を覆う。

 この決闘、勝っても負けても更なるトラブルを呼び込む予感しかしない。


 最近、ミーシャやエルサリオンの好意に甘えてマナーを勉強しないでいるのは良くないと思い、少し古いものではあるが自費で宮廷儀礼に関する本を購入して勉強した。

 フィラウディア王国は、厳格な身分制度を敷いている。

 平民から貴族への無礼は、ある程度は許されるが、貴族間のマナー違反は、場合によっては厳罰に処される。

 決闘に敗北した貴族は、一族から追放される場合もある。



「デイビット先輩、なんという愚かな事を……!」



 私の視線など意にも介さず、早急に決闘に向けて話が進んでいき、しまいには審判役としてミリッツァ教師が抜擢された。

 元『魔法主義』現『魔術学派』である事が理由らしい。

 なお、本人は「お小遣い稼ぎにピッタリ」と喜んでいた。

 どうやら決闘騒ぎは日常茶飯事的に起こっていたようだ。

 ……魔術の練習をしていたわけではなかったのか。



 そして、私の不安をよそに、決闘の舞台が整った。


 障害物を排除されたグラウンドの中央。

 騒ぎを聞きつけた生徒たちが壁となり、決闘の結果を競り合っている。

 知らぬ間に景品とされたフィオナ姫は、氷にも匹敵する冷たさでシュナウザー先輩を見下していた。

 側付きと見られる騎士やメイドたちも、あからさまに嫌悪感をむき出しにしている。



「フィラウディア王立貴族学園三年

 『魔導工学派』代表ジェニス・デイビット。


 今、この場を持って、

 フィラウディア王立貴族学園三年

 『魔法主義』代表アレクサンダー・シュナウザー

 その人に決闘を申し込む。


 この挑戦を受けるか、それとも降りるか!?」


「フィラウディア王立貴族学園三年

 『魔法主義』代表アレクサンダー・シュナウザー。


 その挑戦がいかに愚かで無謀だったかを教えてやる。

 さあ、冥土の土産に俺の魔法を特等席で見るがいい!」



 貴族学園の二代派閥の代表が、ついに激突した。

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