第11話 誰もが呪いに(一)

 ニーサがペピータの寝室に忍び込んだ翌日。今はもう午後である。場所はロメロ家の屋敷。ライアンを解呪した窓の無い奥まった一室だ。

 顔を揃えているのは当主であるセルール。息子のライアン。その婚約者メラニーに、彼らの友人であるカティアたちだ。


 当然、解呪士であるニーサもいる。ここまではライアンの解呪の時に居合わせた面々だ。逆に警護の男たちと、婦人方の姿はない。そういった家庭に関係ない者たちがこの場にいることを、許さなかった者がいるのだ。


 つまり、今回は顔を出しているペピータが許さなかった、ということだ。いや顔を出しただけではなく、この解呪のために皆に出席を促したのもペピータなのだ。ペピータが望んだからこそ、この状況が出来上がっている。


 ペピータの寝室に忍び込んでまで、ニーサが直談判に及んだのもこういった効率性を重視したからだろう。


 今回はロメロ家に関わる者全員が椅子に腰掛けている。それぞれ似合いの服装で。ただ一人ニーサだけが、例のローブともドレスとつかない出で立ちで、全員の視線を浴びながら部屋の中央に立っていた。


「さて――まずは私の事情から。この順番が一番皆様のお時間を頂くことにはならいと思いますので、ご容赦下さい」

「良いでしょう。お主のそういった配慮は信頼しています」


 ニーサの言葉に、ペピータが鷹揚がうなずいた。これで誰もニーサの申し出を拒否することが出来なくなった。不満そうな表情を浮かべていたライアン、それにセルールも黙り込むしかない。


「ありがとうございます。私が解呪士として身を立てている理由、あるいは事情とは『呪い』を受けた師を探し出して、解呪するためです。『呪い』を受けた師は巨大な白い鳥へと姿を変えました」


 あまりに突然。そしてためらいの無い告白に、全員が驚きで目を見開いた。ニーサはそれに構わず、そのまま続ける。


「カティア様からお話を伺った時、白い鳥は師ではないかとも考えましたが、どうやらそれは違うようです。カティア様がお会いになっている白い鳥。そしてライアン様、メラニー様が目撃した白い鳥は、ナッシュ様が『呪い』を受けた姿でしょう」

「で、では、このまま進めてもニーサ……さんは報われないのでは?」


 ずっとその可能性を危惧したまま、口に出せなかったカティアが声を上げる。

 ニーサは、いつもの笑みを貼り付けながら小さくうなずいた。


「大丈夫です。解呪する事は全く徒労にならないと私は考えています。解呪すると最後に羽が残るでしょう? あれは将来的に必要になるか、あるいは師の居場所を探す手がかりになるかも、と考えているからです」


 その説明に、カティアはホッと胸をなで下ろす。

 しかし、カティアが安心できたのは、ほんの一瞬だけのことだった。何故なら――


「ですから、ナッシュ様を白い鳥のまま殺されてしまっては困るのです。ねぇ、ライアン様」


 ニーサがいきなり矛先をライアンに向けたからだ。それも、尋常では無い言葉と共に。


「な、何を言うんです? 僕はそんな事は……」


 当然、ライアンはそれを否定するが、ニーサは首を横に振った。


「助けるつもりがあるなら、私が訪ねる前に動いておられたでしょう。ところがそういった動きは見られない。ところが私が解呪するつもりだ、と申し出ると、協力を約束された。これでは順序がおかしい」


 これにはライアンだけではなく、メラニーもカティアも反論しようとするが、ニーサは指を一本た立てて、それを制止した。


「ライアン様の考え方は、ある意味では正しいものなのです。ナッシュ様はライアン様を『呪い』から庇われた。ライアン様は感謝していることでしょう。しかしこれはナッシュ様に対してライアン様は大きな借りがある、という状態とも言えるのです。アエーズの方々は、こういった状態を非常に嫌います。――そうですよね? 奥様」


 ニーサが突然、ペピータに話を振った。それに対してペピータは慌てずに、羽の扇子で口元を隠す。ペピータの今日の出で立ちはクリノリンスタイルの濃紺のドレス姿だ。扇子を持つ指に嵌められた宝石はガーネット。


 それがまるで唇の代わりであるかのように、ペピータは言葉を紡いだ。


「……お主はよく知っておる。確かに、妾はそう判断するであろうな。アエーズは責任を持つもの。だからこそ個人に借りがあるような状態であることは避けるべきだ」

「しかし、奥様はもうに囚われる必要はないはずです」


 自分で振っておいて、ニーサはペピータへと批判的な言葉を投げた。

 一瞬にして、部屋の中の空気が冷える。だが、ニーサはやはり平然と笑みを浮かべていた。


「イルメス国の王家であるグリアージュ家からは、ロメロ家の財と結びつくことを見込んで、ペピータ様はロメロ家に嫁がれたのでしょう。謂わば政略結婚ですが、ペピータ様はそれに対しては納得しておられたと思われます。アエーズであることに誇りを持っておられる奥様です。そこまでは簡単に想像できます」


 ニーサは、部屋の中央を歩き回りながら淡々と続ける。単純にペピータを非難する内容ではなかった事で、皆もとりあえず落ち着きを取り戻したようだ。

 張り詰めていた空気は緩み、黙ってニーサの言葉を受け止めている。


「ですが、ダルシアの、分家のロメロ家では嫁いできた価値がない、と奥様は考えられたのではないでしょうか? だからこそ、アエーズとしてあられることに人一倍こだわるようになられた。そして、ご子息であるライアン様にも、そうあるようにと大いにされた。そうではありませんか?」


 ニーサの指摘に黙り込むペピータ。それにライアン。

 その二人に向けて、ニーサはさらに話しかける。


「ですが、それは間違っている、と私はもう一度申し上げます」

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