幸運は時に不幸を押し付ける

かみさん

貴方はどちら側?




「さあ、リールを止めてください」


「はぁっ……はぁっ……」


 手が震える。

 目の前には一つのスロット。

 そのうちの二つのリールはすでに『7』で止まっており、残りのリールがけたたましく回転を続けている。


 これを押しさえすれば……。


 たった一つのボタンを押すだけ。

 そうすれば、こんな状況からはおさらばできるのに。


 そう思っても、自身の右手が他人のものになってしまったかのように動いてくれない。


「はぁっ……はぁっ……はぁっ……!」


 無意識に息は荒くなり、意識に幕が降りそうになる。


「どうしました? 必ず『7』が出るのですよ? なぜ押さないのです?」


 押せるわけない。

 なぜなら——


「まあ、その代わりに貴方の後ろにいる彼の命がついえるのですが」


 直後、背後からガタリと音が鳴り、自分と同じく荒い息が木霊した。


「まあ、貴方たちは借金まみれのクズ……そんな貴方たちの内、一人を助けるのですからそれくらいの代償は必要ですよね? 大丈夫、代償になった方の臓器で元は取りますから」


「「はぁっ……はぁっ……はぁっ……!」」


 押してしまいたい。

 でも、押せない……!


 これを押してしまったら。

 この一線を越えてしまったら。


 自分は今以上のクズになってしまう。


 自分の命は相手に。

 相手の命は自分に。


 お互いの命をたった一つのボタンが握っている。


 外れるのであれば押せるかもしれない。

 でも、必ず当たると言われてしまっては押せるわけない。


 でも、相手が押してしまったら?

 疑いが胸を支配し、生への欲が糸を引く。


 ————カチリ……。


「「あっ……」」


 同時に声が漏れた。


 ガラガラと回るリールが止まり、再会を待ちわびたかのように『7』が三つ揃ってしまった。

 ファンファーレが鳴り響き、周囲から拍手が響き渡る。

 さらには、ジャラジャラとコインがこぼれ落ちる音が耳を揺らして。

 

「貴方、最悪ですね」


 ニヤリと。

 目元の見えない男の口元だけが不気味に笑った。

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幸運は時に不幸を押し付ける かみさん @koh-6486

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