04 開けるかもしれないな、異世界オリンピア

「はぐっ……うぅ、うまい……っ」


 良い食べっぷりだ。

 素晴らしい。やはり、体がデカイ奴の食いっぷりほど見応えがあるものはない。

 そうか。泣くほど美味しいか。よかったよかった。

 食う時にこそ、その人となりがよく分かるとは言ったものだ。

 この女性は丁寧でかつ強欲。特に揚げ物も構わず食う姿は素晴らしい。


「なるほど。お客様は王国の騎士団ってとこにいたんですか」


「はい」


「だけど、クビになったんですね?」


「……そうです。退役になってしまいました」


 体がゴツイ女性のカウンセリングをしていたら、色々と事情が見えてきた。

 騎士団がどんな仕事か分からんが、クビにされるってことは一端の人間だったのだろう。

 こんな体を退役させるなんてサイテー! 体が鍛えられてる人ってのは自己管理ができてる証拠なんだぞ! 


「……」


 そう思えば、この女性は、まるで、そう、経済的にジムを辞めなければならなくなった方を思い出す表情をしているな。


 気持ちは分かるぞ。

 オレも時給で働いて、ギリギリの生活を送っていた。

 車も買えずに、チャリもパンクするしで片道40分の徒歩通勤だ。


 ジムを契約したいけど、職場がジムだからそのまま鍛えてた。本当はケーブルマシン(デュアルアジャスタブルプーリー)が二台あるところが良いんだがな。あれは競争が激しいんだよ。


 こんな状態で、格安スマホにしたり、贅沢はしてこなかったからな。分かるぞ、分かる。


 辛いだろう。オレもジムを辞めさせれたら辛い。

 あれ、なんの話だっけか。

 異世界に来てからは頭があまりうまく回らんな。交通事故の後だからか。倉敷のせいだな。美観地区とコーヒーが美味いだけで調子に乗りやがって。


「あのぉ……?」


「なぜ、クビになったかわかりますか?」


「体がデカイから、と」


「……それはむしろ利点では?」


「……で、ですよね。一生懸命、働いていたのですが。やっぱり、ワタシが獣人アンスロだからなのでしょうか」


 獣人?

 ケモノのことか? 語尾ににゃんとか着けるやつか?

 う〜ん、何言ってるのか分からん。

 だが、お客様には丁寧な接客を心がけなければ。


「そうですね、メイドカフェかもしれませんが、関係ありません。もしかしたら経済的な要因かもしれませんね」


「めいど……けいざい……?」


「そうです。フィットネスブームに乗っかり、多くの企業がフランチャイズとしてジムの経営をはじめました」


「??」


「ですが、ブームとは言えどもフィットネスに興味を持っている層は極わずかで、少ないパイを争ってる状態だったんです」 


「ぱい……」


「仕方ないでしょう。時代がそうだったんです」


 うん、あれは悲しい出来事だった。

 筋トレを続けられる人というのは少ないのだ。24時間ジムが増えたかと思うと、今度はオンラインパーソナルだ。

 青い海も赤く変わるさ。彼女もその犠牲なんだろう。


「…………わたしは、どうしたらいいんでしょうか」


「そんなの簡単ですよ。トレーニングをしましょう」


「トレーニング……?」


「クビになったとしても、あなたの体にある筋肉はクビにならない」


 彼女の筋肉は素晴らしい。握ったこの手からも伝わる。

 剣を握ってきた戦士の手だ。いや……これは、フリーウェイトを扱ってきた者の手だ。

 

「むしろ、職を失った今こそ……筋肉に向き合える。ダブルスプリット法もできる。全てを筋肉に向けることができるんです!」


 そうだ。

 2019年にボディビルの選手権で優勝をした横川尚隆も言っている。

 筋肉を大きくするためには、仕事をやめましょうって。


「それで、本題なんですが、あなたのその体はどうやって作ったんですか?」


「……普通に、訓練して、食べて、寝て」


「つまりは……健康的な生活によって生み出された体だと。素晴らしい」


 ならば、体の秘密は女性ホルモンよりも男性ホルモンが多いということか?

 この女性だけが特別? 

 それともこの世界では、女性ホルモンが全体的に少ないのか?


 エストロゲン(女性ホルモン)が少ないと、肌荒れや情緒が不安定になったり、不眠になったりするんだが。

 

「肌、キレイですもんね」


「! あ、あぁ、えぇ、ありがとうございます」


 それに街を行き交っていた女性は普通の体型だった。

 ホルモン関係の話をするなら、男性は筋骨隆々でなければ話は成り立たないだろう。

 

「となると……食事になにか……でも、そんな変なことはない──」


 あ、そうか。人種によって筋肉が付きやすいという視点を忘れていた。


「この世界は、剣と魔法の世界。そうですね?」


「えぇ。そのとおりですが……」


「ドラゴンとか」


「竜種に関しては滅多に戦うことはありませんが、戦わなければならないこともあります。騎士団の遠征ですとモンスターを倒したり、魔族を倒したりしています」


「それは昔から」


「戦いの歴史です。昔から異形のモノ達との争いの歴史……血の歴史です」


 やはり文化や遺伝、肉中心の食事が当てはまるか。

 日本人は農耕で前かがみになることが多かったため、前側の筋肉が強くなる。

 欧米人は狩猟をしていたため、体幹を意識することが多く、背面側の筋肉が発達しやすくなった。

 明確なことは言えないが、戦い抜くために骨太になり、骨格も大きくなる。結果、地球人よりも体がでかくなる……。


 そして肉中心の食事と……でかくならない訳がないな。


 まてよ。

 だったら、この世界にやってきたオレはどうなるんだ?

 もし、オレも彼女のような体になれるとしたら……いや、オレの持ち得た知識でもっと大きな体になれるとしたら……。


「なぁ……そういえば、職がないって言ってましたよね」


「えぇ……」


「あなたほどの体の人は他にもいるのですか?」


「わたしなんか……まだまだです」


「……!!!」


 これは、この世界でもできるかもしれないな。

 いや、できる。しよう。してみせよう。


「もしよかったら、オレの夢に付き合ってくれませんか?」


「夢……?」


「えぇ、そうです!」

 

 異世界に来た時に諦めかけていた夢だ。

 交通事故に会った時は死ぬほど己の人生……いや倉敷ナンバーを恨んだし、神様を名乗るオカケンでちょっとキテたが、これは運命かも知れない。


「オレの夢は、ボディビルの大会で優勝することと、自分のジムを作ること」


 筋トレっていう文化がないなら、作ればいいじゃないか。

 筋トレの大会がないなら、自分で作ればいいんだ。

 自分で大会を開き、そこに選手として出場したら解決だ。


「だから、その大会をまず作る手助けをしてほしい」


「大会……なんのですか」


「とんでもない体のやつをいっぱい集めて、誰が一番でかい体を決める戦いだよ」


 異世界ボディビル大会。

 名付けるとしたら、これか。

 

「そう、異世界オリンピアを」

 

 

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