第 2 幕 力持ちと荊棘娘


 暖かく差し込む朝の光に、湯気を立てる御茶。

そんな優雅そのものな食堂で、3人の人間が向かい合っている。

アップルパイを、丁寧な動作で口へ運ぶマーシャ。

その前には、口元には微笑を浮かべながらも、目には困惑が隠せぬルクスが居た。




 「……ほんなこつ上手ういくと……?」


 影から3人……マーシャ、ルクス、ロンドを覗き見ているマウイがそう漏らしていると、背後から囁くような声が聞こえてくる。


 「なにしてるの……?」

 「 !!!!! 」


 少女の声に飛び退き、マウイは慌てて口の前で人指し指を立てる。

それからうんと声を落として言った。


 「いつんまに起きとったんかよ……!普段は一日中寝とーくせして……」

 「……うれしい?」

 「は?」


 突然の問いに思わず固まってしまうマウイ。

それに少女はかわらぬささやき声で上目遣いに迫る。


 「わたしとあえて、うれしい?」

 「え……ぇ〜あ、まぁ?たぶん……」

 「それで、なにしてたの?」

 「…………興味なくすなや」


 マウイは肩を落として言うと、また3人の方に向き直った。


 「よかけん静かにせれや。今、勧誘しよーところなんや」

 「……かんゆー?」



 ロンドに呼ばれたルクスの前にまず置かれたもの。それは、


 「契約書……??」

 「えぇ」

 「えぇ……」


 署名を求める契約書とペンだった。


 (俺、お金とかもってないからなぁ、働かされるのかなぁ)


 やはり、昨日の服は汚れを許さぬ高級品だったのか、とルクスは一人でに納得

する。

 納得はするが、あのような化物と戦うような仕事を、自分ができるとは思えなかった。


 「俺、ピーズアニメ?っていうの出せないし、運動神経も微妙なので……」


 ルクスがそう言った瞬間、マーシャの表情が目に見えて明るくなる。

それに怯んだルクスに、彼女はどんどん言葉を投げかけていった。


 「それなら問題ありませんよ!別に戦うことだけが仕事ではありませんし、ここは衣食住がそろっていますし!住居が決まるまでの間だけでも、どうでしょう!」


 いちどルクスが断りかけたところで楽な条件を提示する。

それが昨晩マーシャが頭をひねって考えた作戦だった。


 (お嬢様……貴女は本当に……)


 ちなみに、それで上手くいくなんてロンドは少しも思っていない。


 「それなら……。どうせ行くところもないので」


 しかしルクスはそう言ってペンを執ると、契約書にスラスラと名前を書いていく。


 (嘘やろ!?)

 (まさか成功……!?)

 (やったわ!これで……!)


 「補佐、がんばりますね。これからよろしくお願いします」


 そしてルクスは視線の先に居た人物に近づき、笑顔で。


 「お役に立てるよう頑張ります、ロンドさん!」

 「「「えっ」」」


 目を輝かせてロンドを見上げるルクスに、3人は一瞬固まると、ロンドを引っ張って部屋の隅へと行ってしまった。


 「ちょちょちょっ……!」

 「どうしてこうなっちゃったの……!?上手く私に仕えさせるシナリオだったはずなのに」

 「上手く行くとは全く思っていませんでしたが……どうして私?」

 「…………かんゆーせいこう?」


 ひそひそと離す3人に首をかしげていたルクスだが、影から見つめている少女に気がつくと、そちらに声をかける。


 「あ……はじめまして、ここの方ですか?その、俺はルークス・ロペスといいます、これからここでお世話になることになりました」

 「……はじめまして。わたしは……ポプリ。ポプリ・ローズ」


 もみあげを伸ばした金髪のボブカットに、青い瞳で眠たそうにまばたきをする少女、ポプリ。

ポプリはルクスを見上げて自己紹介すると、少し首を傾げたような小さなお辞儀をしてどこかへいってしまった。


 「あ、あれっ?」

 「なんばいあいつ、興味なしかよ」


 マウイのふてくされたような声にそちらを向くと、いつの間にか戻ってきていた3人が、ポプリの歩いていったほうを警戒した様子で見ている。

なにがあるのかとルクスも身構えた。

……そして。


 ガタガタッ!ガッシャーーーン!!!!



 「!!??」


 轟音が響き渡った。


 戸惑うルクスを気にすることなくマウイは音のした方向へと走り、マーシャは

頭を抱える。


 「おそらくポプリさんが何かにぶつかった音でしょう……よくあることですよ」

 「よくあるんですね……大丈夫なんですか?」


 やっぱりすぐに理解したルクスが心配そうにしていると、マウイが眠っている

ポプリを担いで戻ってきた。


 「こいつ、ああ見えていつも半分寝とーっちゃん。やけんしょっちゅう物にぶつかって壊したり、道ん途中で寝落ちたり……あぁ、廊下のツボ割れとった」

 「はぁ……」

 「また、なの」


 崩れ落ちるマーシャに、ため息をつくロンド。

本当によくあることのようだった。


 (大丈夫なのかな、この職場……)


 そんなルークスの不安は、後に半分正解、半分不正解だと分かることとなる。





 割れたツボの片付けなどを一緒にやっている間も、ルクスはよくロンドの方へ

行き、笑顔を見せていた。

その様子に眉をひそめ、マーシャはマウイに耳打ちする。


 「ねぇ、普通は自分を助けた美少女に惚れ込んだり、忠誠を誓ったりするものではないのかしら?」

 「小説の読みすぎっちゃ……自分で自分んこと美少女なんて言いよーけんやなかか?……そもそも、ルクスくんな助けられたこと知っとーん?」


 面倒そうに答えるマウイに、マーシャは尚も頬を膨らませてむくれていた。


 「いくら自分で恩ば着しぇとーつもりでん、相手がわかっとらんかったら意味なかばい」


 マウイがそう言って立ち上がろうとした瞬間、大きな鐘の音が鳴り響いた。

ルクスを除く、その場にいた全員が手を止め、真剣な表情となる。


 「えっ?」

 「朝からモルスが出たみたいです。今回は誰が行きますか?」

 「ぼくがいくばい。昨日はゆっくり休ませてもろうたけんね」


 マウイはビシッと手を挙げると、立ち上がって準備体操をしつつ部屋へと向かっていった。


 「ルクスくんはどうしますか?」


 ロンドがそっとルクスに問いかける。


 「彼の仕事を遠くから見てみませんか?護衛には私が付きますし、見ておいたほうが良いでしょう」


 ルクスは顎に手を当てて考え込んでいるようだったが、やがて背中を唐突にどつかれて振り返った。


 「私ならポプリと一緒に留守番しとくわ。いってらっしゃい」

 「は……はい」


 そう返すとルクスはロンドに必要なモノはあるかなど尋ね、部屋へそそくさと向かっていく。

マーシャは不機嫌そうにロンドに背を向けてしまった。


 「……なんでこう、私が悪いことしてるみたいになるんでしょうか」



 一足先に屋敷を飛び出していったマウイに追いつくため、ルクスも外へ出ようと玄関ホールへと向かう。


 「ロンドさん、準備……」

 「マウイ、ひとりでいったの?」

 「ちょっと……!まだ寝起きでしょっ、きゃっ」


 そこには、自身の足元から、ところどころ溶けたような黒い荊棘いばらを生やしてマーシャたちを牽制けんせいするポプリが居た。


 「どうしたんですか?」

 「マウイが一人で向かったことを伝えたらこの子、自分がサポートにいくって言うの。今回はルクスとロンドが行くんだから、待機してて」

 「やだ。このひとをつれていけばいいのなら……」


 次の瞬間、ルクスの胴体に荊棘が飛び、傷一つつけないようにしながらも、しっかりと拘束される。


 「いってきます」

 「まっ、待ちなさいポプリ……ポプリー!!」


 猛スピードで飛び出していく彼女を誰も止められず、ルクスは現場へと直行することとなったのだった。


 「……まぁ、いいわ。彼を連れ出せたのなら問題ないもの。ロンド、残るのなら手伝って」

 「承知しました」




 ガツンっ、と地面にものを打ち付ける音が響く。

マウイは自身の影から具現化した大きい棍棒を片手に着地し、そのまま視線を右にある壁へと移す。

そこには、べっとりとした黒いシミが付着していた。


 「ふ〜ん、こげん名前なんか。今回んモルスさんは」


 そういって笑うと、道の奥まで続いている黒い跡をゆっくりと辿ってゆく。


 『ギ……ギギ』

 「おっ、ビンゴ」


 その先には、辺りを真っ黒に染めながら何やら身支度をしている女性が居た。

真っ黒でもう何も写っていない鏡を見つめ、不気味に微笑んでいる。

女性の周りは黒だった。

光も通さないでべったりと染み付く黒。

そんなからだに光る沢山の色彩を放つ装飾が、虚ろな光をたたえていた。


 「こりゃ……紳士として待っちゃるべきかどうか……迷うなぁ」

 『ダレ……?どうしてコッチをミテルノ……?』


 そんなふうに悩んでいるとモルスが首を回転させてマウイの方を見た。

黒く塗りつぶされた目元に、ポツリと映える真紅の唇。

見ようによっては美しくも思えるその顔がマウイを見つめる。


「ぼくはマウイっていうったい。お嬢さんいま暇?暇じゃなくても……一戦願おうか」


急に鋭さを増したマウイの瞳に、女性はビクリと身体を震わせると攻撃をはじめた。

矢羽のようなものが次々とマウイに飛びかかり、危なげなく回避した先に突き刺さる。


「おぉ、意外とえげつなかし速か……ばってん」


繰り出された一際速い攻撃を避けると、隙を突いて女性の懐へと入り込んだ。


『ギッ!?』

「甘い」


手ぶらであったマウイの手に、瞬きする間もなく棍棒が握られる。


「 ”彩りに穢れし濡烏” 安らかに、眠れ」


振られた棍棒に飛ばされ、轟音とともに女性は飛んでいった。


(たしかに手応えはあった。念ん為とどめば……)

「まうい!」

「っ!?」


聞き馴染みのある声に振り返ったマウイは、こちらに飛びかかる無数の矢羽に気がつく。


(まだ余力が……?いや、仕込んどったか)


棍棒で受けつつ、可能な限り避けていくが、幾つか当たってしまう。

このままでは消耗戦となりそうだったが、黒い荊棘がマウイを守るかのようにドームを作ったところでほぼ勝敗はついた。

そのなかでマウイはほっと息をつき、名前を呼んだ声の主に、心の中で感謝を述べた。



「ポプリさんっ、あのっ、マウイさんをおいてどこへ」

「モルスにとどめをさす。そうすれば のこり の こうげき も しょうめつ するから」


荊棘のドームを作ったポプリは、ルクスを縛り付けたままぴょこぴょこと建物の上を移動していた。


「わたし の ちから は ずっと もつわけ じゃない。あのまま こうげき されると すぐ こわれる……みつけた」


ポプリの視線の先には、壁にもたれかかる女性がいる。

その直ぐ側へと降り立つと、彼女はルクスを離して言った。


「わたしがたおしておく。マウイをつれてきて」

「でも、ここからどう行けば」

「あなたならだいじょうぶ。かんかくのまま いって、いぬだから」

「??」


首を傾げながらもとりあえずルクスは走り出す。

ルクスが行ったのを確認したポプリは、女性に向き直った。


『ズるい……ずルイよ……ドゥシテ、そんナ……あなたばっかキラキラしテ……綺麗』

「マウイなら、あなたのことを綺麗とおもっていたはず。でも」


花も凍るような冷たい瞳が、スッと細められる。


「人のモノを取っちゃ駄目って、そんなことも分からなくなっちゃった?」


女性の胸に、荊棘が深く突き刺さった。




 突然、黒い矢羽が液状になり、ビチャビチャと不快な音を立てて地面に落ちる。対してポプリの荊棘はサラリと粉末のように消えていった。


「あいつがやったんか……」

「マウイさん!」


そこにルクスが走り寄り、しばしの間息を整える。


(本当に来れた……マウイさんを意識して走っただけなのに)

「ポプリさんに、マウイさんを連れてきてほしいと言われて。こっちです!」


頷きで返して共に走る。

運動が苦手だというルクスだが、実のところ短距離走は割と得意であった。

いくつも角を曲がり、曲がりくねった道を進む。

ルクスは本当に、ここを自分が迷わずに歩んできたことが信じがたかった。


「なぁ、ルクスくん。ぼくと君、たぶん歳近かて思うっちゃん。やけん”さん”はつけんでよか」

「えっ」

「ほらほら、言ってみ?」

「……」

「お〜い」

「いや、ちょっとそれは」


走りながら押し問答を続けたが、結局ルクスが言い出せないまま、現場に到着してしまった。

ポプリはマウイを見て少し微笑むと、彼の手を引っ張って女性のほうへ連れて行く。

黒が剥がれ落ちた素朴な、少し幼く見える女性の顔にマウイはほんの少し感傷をにじませて見つめた。


「ありんままでん、十分魅力的なんにな……」


二人は目を閉じ、じっと黙祷している。

ルクスも同じようにしながらも、頭の中で一つ渦巻くものがあった。




 その後、蒼を貴重としたフード付きの服に身を包んだ者達がモルスの身体を処理しにやってきた。

報告は最初にマウイが行っていたため、その間ポプリがルクスに様々なことを教えてくれる。


「これ、このくろいシミ。よくみると もじ になってる」

「本当だ……ぬれがらす……?」


たしかにそこには 彩りに穢れし濡烏 とぐねぐねとした文字で記されていた。


「これは、モルス の なまえ。ダレ が つけているのか、だれ も しらない」


次に蒼服を指差して


「あれは……ラメティシイ家の ギロティナ の ひと。わたしたちとおなじ、

しょけいにん だけど、あんまりたたかわない。あぁやって あとしょり や

おいのり を してるの」


その時、フードの隙間から暖色の瞳がルクスを捉える。

こちらに向きを変えた暖色は、瞳と対象的に、消えてしまいそうな銀の髪をしていた。


「……見ないでよ」


少し睨みを聞かせて、少女の声でそういった暖色は踵を返して行ってしまう。


「わらいにきたとおもわれた。ラメティシイはベネヌムがじぶんたちをきらってるとおもってるから」

「…………ポプリさん、あの」

「モルスはみんな、もとモンストルムだよ」


先を見越したようにポプリがルクスの問を遮って答えた。

固まるルクスに、ポプリはさらに続ける。


「死命痣がきえるまえに死の呪いでしんじゃったり、ピーズアニマをだしたまま

しんじゃうと、モルスになるの。そうなるともう、もとのそのひとじゃいられない から…」


そこまで言うと、ポプリはマウイの方へ走っていってしまう。


「そっか……だから。解って良かった」


ルクスは怯えるでもなんでもなく、どこか安堵したように息をついていた。





「じゃじゃ〜んっ!!」


屋敷に戻ったルクスたちを待っていたのは、テーブルいっぱいに広げられたごちそうと、頭に紙くずを引っ掛けてドヤ顔をしているマーシャ。

そしてそれを慌てて取り除くロンドだった。


「どう?新入隊員ルークス・ロペスの歓迎パーティー!マウイの仕事に彼がついていっている間に用意したの!驚いたでしょう」

「お嬢様紙くずが」

「さぁ!いつまでも立っていないで食べましょう?この私が頑張って用意したわ!」

「お嬢様9.5割がた私の料理ですし、全部口で言ってしまうと格好がつかない

かと」


マウイがそれを聴いて笑い、ルクスの手を引く。

ポプリはうとうとし始めていた。

みんなに、笑顔で迎えられる。

笑顔。


(……嬉しい、はず。なのに、少し怖い?)


そう、どこか不安を覚えながらもルクスも小さく笑みを浮かべ、輪の中へ入っていった。


「マウイ、今回は憑依させて戦ったのですか?」

「いいや。そげん強か相手でもなかったし」


それを聞いてロンドは少しホッとしたようだった。

ルクスに飲み物の入ったコップを手渡しながら続ける。


「良かったです。憑依されているときの貴方は、正直扱いづらい」

「……あっ!ポプリ、食べながら眠らないでよ!」


音のしたほうをルクスが見てみると、完全に電池切れとなったポプリを、

マーシャがガシガシと揺さぶっているところだった。


(マーシャちゃん、いつの間にか俺に対しても口調変わってたな)


仲間と認識してもらえたのだろうか、とルクスは思ったが、それもそうだ。

彼女が自分をここに入れたのだから。

ルクスは遠慮気味に食事を口に運ぶと、今度は自然な笑みをかすかに浮かべた。




○彩りに穢れし濡烏 原作:虚飾で彩られたカラス イソップ寓話


ある日神様が、鳥たちに集まる日時を決め、その中で一番美しい者を王様にするというお触れを出した。自分の黒い羽に自信を持てなかったカラスは様々な鳥の落とした羽を拾い、それで自分を着飾る。彩られたカラスを神様は見て王様に選ぼうとするが、最後は自分の羽でないことがバレてしまうというお話。

君はそのままでも綺麗です。

濡烏は女性の美しい黒髪を言うこともある。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る