第8話 嫌がらせ

「風呂やらトイレが現代とそれほど変わらずにいて助かったわ……」


 ディーンに抱えられ屋敷へと戻ったヴェルキアは、アスフォデルによって破壊された部屋ではなく、別室を案内されてそこでくつろいでいた。

 地球での自分の部屋ほどの大きさのある浴室から出て、濡れた髪をタオルで拭きながら化粧台に腰掛ける。


「ドライヤーもあるのか……しかし髪が長すぎて全然乾かぬ……」


 ぶつぶつと言いながら髪の水気をふき取る作業を続けていると、ふと鏡の自分の顔が気になった。

 改めて見るとやはり整った顔立ちをしており、少しドキッとするほどだ。


(これがわしの顔なのか……それにしても可愛いのう……ははは……)


 鏡の中の美少女は力なく笑う。

 その姿は見ようによっては儚げであり、見る者に庇護欲を抱かせることだろう。


(しかし中身はおっさんなのだ……こんなの誰が得をするのだ)


 そう、この美少女は外見こそ可憐であるが、中身は30歳の男である。

 異世界転生という夢のような出来事ではあるが、正直なところこれは話が違うと文句を言いたい。

 普通はこの鏡の美少女と一緒に冒険して途中でいい感じになったりするものではないだろうか。

 ……そんなことを考えているうちに髪はある程度乾いたようだ。


(つーかこの屋敷、アスフォデルもいるのでは……?)


 部屋に入るなり大きな鎌をぶん回し、ヴェルキアの命を狙った十狂人の1人。

 ちなみに十狂人とはプレイヤーの選んだ頭のおかしい連中で上から10人がその名を連ねている。

 アスフォデルはリストで上の方にいる危険人物だ。


「寝ている間に襲われたりせぬだろうな……」


 不安に駆られたヴェルキアは誰もいない室内をきょろきょろと見回す。


(いやいや、ディーンの奴があれほど怒っておったのだし、そんな真似はせんだろう)


 自分に言い聞かせるように心の中でつぶやく。

 その時だった。

 誰もいないはずなのにヴェルキアの肩に何者かの手が乗せられたのだ。


「ひぃぃ! で、出たァーっ!」

「何が出たんだ? 夜は俺が一晩中お前のことを見ていてやる。安心しろ」


 いつの間にか背後にいたシオが、肩に置いた手をゆっくりと撫でるように滑らせて耳元でささやく。


「おぬしかよ! つーかその触り方やめんか!」


 思わずのけぞりながら叫ぶヴェルキア。

 その顔には焦りの表情が浮かんでいるだろう。


 対するシオは無表情のまま、ただじっとヴェルキアのことを見つめているだけだ。

 その瞳にはどこか怒りのようなものが混じっているようにも見える。


「風呂上りか。アイスでも食うか?」


 シオのすぐそばに闇の渦のようなものが現れ、そこに手を伸ばしアイスを取り出す。


「いやいやなんだそれは。どこから取り出しておるのだ」

「そんなことはどうでもいいだろ。それより他に聞きたいことがあったんじゃないのか?」


 シオから渡されたアイスを訝しげに眺めながらも口に運ぶヴェルキア。

 ヴェルキアの好きなバニラ味のようで口の中に優しい甘さが広がる。

 その様子を満足げに眺めると、シオも自身の分を口に運んだ。


「ではまず確認するが、ここはレーヴレギアオンラインの世界なのだな?」

「見ればわかるだろう?」


 馬鹿にしたような態度で答えるシオに対して、むっとした顔で睨むヴェルキア。

 状況から考えるとそれ以外に考えられはしないが、それでも確認しておきたかったのである。


「で、なんでわしはヴェルキアなのだ? おぬしなんかミスったんじゃないのか?」


 責めるような口調で問うヴェルキアに対し、特に表情を変えることなく淡々とアイスを食べているシオ。

 その表情からは何を考えているのか読み取れない。


「お前、そのキャラが好きだよな」

「ああ、もちろん。あのゲームで一番可愛いではないか。わしの嫁だ」

「だからそいつにしてやった。


 当然のように言うシオを見て、驚きのあまり絶句してしまうヴェルキア。

 確かに自分が一番気に入っているキャラクターではある。

 あるが、それとこれとは話が全く別だ。


「なんでやねん! 問題しかないわ!」


 あまりにも雑な理由に勢いよく突っ込むヴェルキアだったが、シオは涼しい顔で受け流している。

 むしろその様子は愉しそうですらあった。

 それを見てさらにヒートアップするヴェルキア。


「わし男なのに、こっちに来ておぬしにキスされたり、ディーンに壁ドンされたのだぞ。この短時間で!」

「ほ~う。地球とは違って恋人がすぐできそうじゃないか。おめでとう」


 他人事のように適当な感じで祝福の言葉を述べるシオだが、その顔にはうっすらと笑みが浮かんでいるように見える。

 それとは対照的に怒り心頭といった様子のヴェルキアは今にも噛みつきそうな形相でシオを睨みつける。

 しかし当のシオはどこ吹く風といった感じで、気にも留めていない様子だ。


「ふざけるでない!! わしは男だと言うとるだろーが!」


 シオの胸倉を掴み激しく揺さぶるヴェルキア。

 しかし当の本人は気にした様子もなく、平然とした様子でヴェルキアのされるがままになっている。


「わかるか?! わしはノーマルなのだ。男に迫られても恐怖しか感じんわ!」

「ふむ……俺は相手が男でも女でもなんでも構わんからな。お前が何を騒いでいるのかよくわからん」


 心底不思議そうな顔をしながら首を傾げるシオは、まるでこの状況を愉しんでいるかのように見える。

 一方、それに対して激怒しているヴェルキアは、今すぐ目の前の男を殴りたい衝動に駆られていた。


(こやつの相手をしておるとイライラして頭がおかしくなりそうだ~~!)


 掴んでいた胸ぐらを突き放すように離すと、そのまま距離を取るように一歩下がる。


「そうか、伝わらんならもういい。とりあえず、わしの創った男キャラがおっただろう?」

「ん? ああ、そうだな」

「今すぐそっちに変更しろ、今すぐにだ!!」

「それは無理だ」


 食い気味に言い放つヴェルキアの言葉に対して、即座に否定するシオ。


「無理……だと?」

「ああ。お前は記憶にないのだろうが、この世界に15年前にヴェルキアとして生まれて今まで生きてきている」


 シオの言葉を聞いて呆然とするヴェルキア。

 その目は見開かれ、口元はわなわなと震えている。


「言っただろう? ゲームの世界に転生する夢を叶えてやると」


 追い打ちをかけるような言葉を投げかけるシオ。

 その言葉を聞いた瞬間、ヴェルキアは目の前が真っ暗になるような感覚を覚えた。

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