第7話 キャパオーバー

「し、シオ!?」

「ああ、おはようヴェルキア」

「おぬし今までどこに……というかなぜここにおるのだ?」


 シオは気だるげに背中を搔きながら欠伸をしている。


「質問に答えたほうがいいのか? その女を助けたほうがいいのか? どっちだ」


 少女の息は荒い。シオが唐突に現れたためについ疑問が口を突いて出たが、それよりも少女を助ける方が先である。


「……おぬしなら助けられるのか?」

「ああ、お安い御用だ」


 シオはそう言うと、少女に手をかざす。

 少女の周りに淡い光が灯ったかと思うと、瞬く間に傷が癒えていく。

 眠ったままではあるものの、呼吸は穏やかになり、命の危険は去ったように見える。


「終わったぞ」

「まさしく魔法だのう……」


 シオは手を下ろすと、つまらなさそうに呟く。


「もう大丈夫なのか?」

「損傷した組織の復元はした。失血した分は完全には戻せん。後はこいつ次第だ」


 少女はすやすやと寝息を立てている。その表情に苦痛の色はない。

 地球であるならばありえない光景である。

 しかしここは異世界であり、魔法がある世界なのだ。


「そうか……助かった、ありがとう」

「お人良しなのもほどほどにしておけよ」

「別にお人良しというわけではない、目の前で人が死にそうになっていたら助けるのは普通のことだろう?」

「……さてな。ところで他の奴らがこっちに来ている。またあとでな、ヴェルキア」


 そういうとシオはその場から姿を消した。


「え? おい、ちょっと待て!」


 ヴェルキアの叫び虚しく、辺りは再び静寂に包まれる。

 残されたのは傷が癒された少女と、それを見つめるヴェルキアのみ。

 この状況をどうしたものかと考えていると、目の前にディーンとバルガスが現れた。


「無事か、ヴェルキア」

「え? ああ。わしは大丈夫だが……」

「お前、その血は、まさか負傷したのか?」


 ディーンの言葉に、ヴェルキアは改めて自分の体を見る。

 どうやら少女を抱き起こしたときに付いた血が衣服についてしまったらしい。


「いや、これはそこに人が倒れておったので介抱してな。わしは傷一つないぞ」


 ヴェルキアの言葉を聞き、ディーンは少しほっとしたような表情を見せる。

 バルガスは少女の容態を診ているようだ。


「現地の魔術師ですでに負傷していた者のようですな。しかし……」


 バルガスがディーンに目配せをする。


「お前がこの娘を治したのか?」


 そう問いかけるディーンの表情は硬い。


「えっ? あ、いや、わしではないのだが……」


 ヴェルキアは慌てて否定する。確かに倒れている少女を助けようとしたが、魔法で助けたのはシオであり自分ではない。


「しかしこの辺りにはお前以外の魔力は感じないが」


 そう言いながらディーンは周囲に目を配る。

 もちろん誰もいないし、隠れている者もいない。

 なぜなら、シオは姿を消してしまっているためだ。


「そ、そんなことを言われても……」

(なんだ? もしや回復魔法の使い手は実は稀少でしたとかいう話になったりせんだろうな……わし、回復魔法なんて使えんぞ)

「で、どうだ。バルガス」

「先ほど魔物を倒した際の魔力といい、十分すぎる力をお持ちのようですな」


 バルガスは先ほどヴェルキアによって倒されたディガディダスに視線を送りながら言う。


(いや、魔物を倒したのもその場の勢いでやっただけで、同じことをしろと言われても無理なのだがの……)

「バルガス、お前はその娘を送り届けろ。私はヴェルキアを連れてアル・マーズへ帰還する」

「承知しました当主様、それでは」


 まだ目を覚まさぬ少女を抱きかかえると、バルガス飛び去って行った。

 その姿を見送ってから、ディーンはヴェルキアに向き直った。

 先ほどまでとは打って変わって真剣な表情をしている。


「ヴェルキア・バラッド」

「な、なんだの?」

「バルガスも承諾した。人選には非常にうるさい奴だが、見ての通りだ。後はお前の意志の確認をするだけだが……」


 そう言ってディーンは真っ直ぐにヴェルキアの目を見つめた。

 そして少しずつヴェルキアへと歩み寄る。

 ヴェルキアは嫌な予感がしたためディーンが近づくごとに後ろに下がるが、やがて背中が壁に当たるのを感じた。

 これ以上逃げることはできないだろう。


(か、壁? 岩か? いやそんなことはどうでもよい!)


 退路を断たれたヴェルキアに対し、ディーンはさらに歩を進める。

 もうお互いの距離は数メートルもない。

 手を伸ばせば届く距離まで近づいたとき、ディーンは立ち止まった。


(この流れはアレだろう、わしをスカウトするのだろう! わしは非戦闘員だぞ! 絶対にNOだ!)


 ヴェルキアが何を言われても断る決意を固めると同時に、ディーンは岩に手をついた。

 いわゆる壁ドンである。

 気のせいだと思いたいが、胸の高鳴りを覚えたような気がした。


「お前のその力、この俺のために使うと誓え」


 しかも身長差によりヴェルキアの顔はちょうど胸あたりにくる位置にあり、傍から見れば恋人同士にも見えるかもしれない体勢である。

 ヴェルキアは理解不能な状況に思考が停止し、凍り付いた。


(シオにこの世界にヴェルキアとして送られて、男になったあやつにキスされ、アスフォデルに追いかけられ……)

(こやつ……ディーンに抱えられて空を飛ぶハメになり、魔物に追いかけまわされ、あげく、壁、岩ドン?……)


「ウオオオオアアーーーッッ!!!」


 両手を大きく広げ咆哮を上げる。

 さしものディーンもヴェルキアの様子に驚きの表情を見せた。


「ど、どうした? 突然大声を上げるな」


 ディーンは若干引き気味に声をかける。だがその声はヴェルキアには届いていない。


(なんじゃこりゃあああー!? なんでわしがこんな目にあっておるのじゃー!!)

(しかもさっきこやつに壁ドンされた時女子みたいな反応しておったよな?! やめてくれーーー!!)


 突如叫び出したかと思うと頭を抱えてうずくまるヴェルキアを見て、さすがのディーンも動揺を隠しきれないようだ。

 だがすぐに気を持ち直し唸るヴェルキアの肩にそっと手を置く。


「すまん。さすがに振り回しすぎたようだな」


 しかしヴェルキアはいまだに唸り続けている。

 このままでは埒が明かないと判断したのか、ディーンはヴェルキアを再び抱きかかえる。

 抱え上げられた瞬間、ようやく正気を取り戻し、じたばたと暴れだす。


「いやいやいや、なぜ抱える?!」

「なぜも何もお前は飛べんのだろう。屋敷へ戻った後、食事をとって休むと良い」


 そのまま暴れるヴェルキアを抱え上げたまま、ディーンは飛行を始める。

 すると2人の体はふわりと浮き上がり、上空へと昇っていく。


「わしは高所恐怖症だと言っただろうがーー!!」


 叫ぶヴェルキアを無視し、2人は空高く舞い上がった。

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