後/無茶苦茶すぎて夢としか思えない

「ここが、人間で言うところの死後の世界ってやつなのは確かだ。けど、お前ら人間の世界じゃなくて、オレたち日本国内で飼育されているペンギンの世界……もっと広く言うなら、日本国内の動物の世界ってやつだな」


 聞きたくなかった言葉はあっさり出た。死後の世界ならやっぱ飲食不可だろ。そう判断して、俺は何も口にしないことを決めた。パニックにならないよう、深く考えないことも。

 ペンギン天狗が待っていたお堂の中は、たしかにお寺の本堂よろしく色々と安置されていたけれど、俺の知っているものとは違っている。仏像があるだろう場所に鎮座しているのは、あるがままを取ってきましたという感じの岩で。周囲に飾られているのも、羽やら枝やらゴミとしか言いようのないものばかり。印象としては鳥の巣だ、気持ち悪い。


「日本国内の動物ってことは、人に飼われてる犬猫とか、動物園の動物世界もあるってことですか?」

「そうらしい。たまに繋がることはあるぞ。鳥以外にも色んな動物の世界と。もう死んでるから襲われる危険もないしな」


 机を挟んで前に座るペンギン天狗に集中しながら、時間の加速を願う。こいつもこいつで憎たらしいペンギンだから視界に入れたくないけど、この場所について知っているのはこいつだけだし、暇を潰せる話し相手もこいつだけだ。ムカつく。


「じゃあ、他にもあんたみたいな立ち位置の奴がいると……、……そもそも、あんたは何者なんです? ペンギンの妖怪?」

「そんな感じだわな。その前にちょっと補足なんだが、妖怪って人間の想像から生まれるだろ?」

「まあ、そうですね。……ちなみにそういう知識って、どっから仕入れてるんです?」

「本があったから読み漁ってた。その中にはオレがどういうもんかっていうのを書いたやつもあってよ。曰く、この国の宗教世界とペンギンの魂が融合した結果である、とか何とか。要はあの世に行ったと解釈されたオレの魂が、宗教的なイメージと結びついてこうなったってわけだ」

「なるほど分からん」


 そんなふざけたペンギンルックで宗教を持ち出されても困る。


「死後の世界ってのは、この国だと仏教って宗教由来のイメージなんだろ? だからこうして坊さん括弧かっこたぶん括弧閉じの姿になってんだよ。お分かり?」

「分かったけど分かんないですね……」


 真面目に考えない方が良い案件なんじゃないかなこれ。もしかしたら帰り道で寝落ちて夢を見てるのかもしれないし。仮にそうでも鳥の夢だし悪夢だわ。


「何にせよ。この姿はオレが望んだもんじゃねぇ。人間の望みを反映したもんだ。ペンギンたちが死後も安らかであるように、っつー願いや祈りが、オレを作り上げてる。思念体ってやつでもあるのかもしれねぇな」

「あー、そう聞くと良い存在に見えてきました……」


 ペンギンは嫌いだし鳥類も嫌いだが、亡き鳥どもをしのぶ行為まで嫌いなわけじゃない。俺が嫌いでも、誰かの好きな動物なんだから。


「ふーん、人間だからそう見えるのか」


 座ってもずっと良い姿勢のペンギン天狗が、きょとんと目を見開く。何かおかしなことを言っただろうか。


「人間とオレたちとじゃ視点が違う。お前らがオレたち動物に抱いてんのは、愛玩とか資料って視点だろ。あ、悪いって言ってるわけじゃねぇよ。どうでもいいからさ、そういうの」

「いや、そんな言い方は」

「どうでもいいよ。お前らの感情はお前らのもんだ。オレたちと同じものじゃない」


 咄嗟とっさに反論しかけたけど、嫌悪する言い方も、突き放す言い方もされていない。何の含みもない、平凡な会話をする声だ。


「好きだ嫌いだって言うのも、好きなように騒ぎ立てて消費するのも構わねぇよ。オレたちはオレたちで、呑気にえさ食って生きてるだけなんだからさ。お互い勝手に生きてりゃいいのさ」


 見えている目だけで妖怪が笑う。ずいぶんドライな奴らしい。めちゃくちゃ重くてじめじめした話をされるよりはマシだけど。


「でも縄張りは荒らすなよ。オレはキングペンギンなんでな、近寄られるの普通に嫌なんだわ。対応がビンタ一択になる」

「さっきまで良い人っぽいオーラ出てたのに……」


 ペンギンカラーなのはともかく、見直したのに。


「ってか、俺は別に好き好んで来たわけじゃないんですよ。何でこんな所に入れたのか、教えてほしいくらいなんですけど」

「ああ、人間はたまに紛れ込んでくるんだよ、誰でも。けど、動物に過剰な愛情を持ってなくて、あっさりしてる、むしろ嫌ってるっつー共通点があるな。あと怖いの駄目って奴」


 わーい、俺百点満点だー、こんなにも心の底から嬉しくない百点満点初めてー。

 嫌がらせか? この世界を創ったかもしれない超常的な何かは、嫌がらせが趣味なのか? そこは動物好きでホラーに強い人間連れてきてやれよ。

 と思ったのが顔に出ていたのか、ペンギン天狗はまた笑っていた。


「いやー、嫌いな奴の方が、相手のことよく見てるからさ。人間って、好きな奴を見る時は盲目になるんだろ?」

「それは、そうかもですけど」

「そういう奴は線引きができる。肩入れしないし引っ張られない。だからあの世に近い場所まで連れてきても大丈夫なんだろ」


 さらっとホラーを入れるな。

 だけど、そういう理由で迷い込んだのなら、無事に帰れそうだ。すっかり冷めてしまった唐揚げよ、もう少し、もう少しの辛抱だぞ。帰ったらビールと一緒に、俺の食道という名のバージンロード歩かせてやるからな。


「お、話してたらちょうど来たな。どっかで死んだ飼育個体が」

「えっ」


 どういうこと、と問う間もなく、トランペットみたいな声が堂内に響き渡る。このクソやかましい声は間違いなくペンギンだ。開けっ放しだった障子戸を振り返ってみれば、翼を広げて参道を歩く憎き鳥類が視界に現れる。ウッソだろマジで来んのかよ冗談じゃねぇ。


「ま、すぐ終わるから大人しく待ってろよ」

「えっあいつここ通るんですか?」

「当たり前だろ、あの岩が三途の川への入口なんだから」


 前門の忌々しき鳥類、後門の三途の川。

 俺の人生でこんな最悪の挟み撃ちに合うなんてことを、誰が予想できようか。いや無理。

 あの鋭いクチバシと目、爬虫類みたいな足の持ち主が、生臭さを伴ってやって来ると想像しただけで目眩めまいがする。本当にしてきた。せめて部屋の隅の方に逃げなければ。俺の腕には唐揚げという、守らなければならないものもある。

 ぐにゃぐにゃ歪み始める視界と、力が抜けていく体を引きずって避難する。遠くからまた声がしたけど、もう何か、よく分からん――。


 ***


「――さん、お兄さん、大丈夫?」


 ゆすぶられて、声をかけられている。朦朧もうろうとしていた意識がハッキリしていく。定まらなかった視線を前に向ければ、こちらを覗き込む男性と目が合った。


「声、聞こえてる? これ何本?」

「……三本」


 答える頃にはだいぶ頭がすっきりして、男性がお巡りさんであることも把握して飛び上がっていた。


「すッッ! すいません!! うっ」

「ああー急に立ち上がったら危ないよ、落ち着いて」


 ひたすら謝りながら、片手のレジ袋を確認して、他の荷物も確認。何も盗られてない、良かった。死ぬほど恥ずかしいけど。


「貧血かな。大丈夫? 帰れる?」

「はいッ大丈夫です本当すみません」


 終始ペコペコ頭を下げながら、お巡りさんと別れて道を急ぐ。マジで恥ずかしい、顔が熱い、穴があったら入りたい。

 俺は本当に貧血で倒れたのか? 一体何をしていたんだっけ……そうだ、ペンギン天狗。ふざけた都市伝説に遭遇したんだった。


「……いや、夢かもしれないし……」


 早足で自宅に到着するのと同時に、冷静が追い付いてくる。夢にしては妙にリアルで細かかったけど、無茶苦茶すぎて夢としか思えない。

 よし、忘れよう。路上に座り込んでいた羞恥も忘れよう。唐揚げとビールですべて忘れるのだ俺。お腹も早くと訴えてきている。

 部屋に入って着替えたのち、ガサゴソ唐揚げを取り出す。おつり777円が刻まれたレシートも。出てきた最初はラッキーだなと思ったけど、変な夢のせいで7の字が一瞬ペンギンに見えてしまった。台無しだ。大吉が大凶になった気分。

 と、合わせてころり滑り落ちる物体が一つ。割り箸だろうか、頼んだ覚えはないんだけど。


「……? 何だこれ」


 雫の形を伸ばしたような、ピンクっぽいオレンジ色をした板状の物体。座り込んだ時、何かにぶつかって、その破片が入ったのだろうか。明日にでも確かめに行ってみよう。でも、違うもののような気もするな。もっと別の、知っている何か……。

 ま、それより今は晩飯、腹ごしらえが先だ。調べるのは後でもできる。


 ――数十分後。俺は板状物体の見覚えが、世にも忌々しき鳥類のクチバシにあったと思い出し、検索して見事正解してしまう不運に見舞われることとなるのだが。今この時、おつり777円をもたらしてくれた夕飯を堪能している俺が知る由もない。

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ペンギン天狗 葉霜雁景 @skhb-3725

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