最終話 18時07分 罪滅ぼせない

香夜かよちゃんと約束したの。ルネ姉をVの一番にしようって……」


 落ち着け……冷静になれ……

 僕はとんでもない勘違いをしていたのかもしれない。


 違う――ッ! 認めろ! していたのかも……じゃない。

 僕はとんでもない勘違いをしていたんだと――ッ!!


「でも香夜かよちゃんお花の仕事するからVを辞めるって……一番になるために一緒に頑張るって嘘だったの……」 


 僕は復讐をやり遂げられていないのか?

 僕は彼女ルネ姉の仇を討ったはずじゃなかったのか?


「そんな軽い気持ちの子に……ルネ姉を演じる資格ないよね……?」 


 嘘だと言ってくれ……

 タチの悪い冗談だと舌を出して笑ってくれ……

 違う! もうそんな状況じゃないと甘い幻想に囚われるな!! 目を覚ませ!!


「だからあの日……2月23日に……香夜かよちゃんの部屋を訪ねたの……」 


 止めろ……止めてくれ……


「そしたら急いでる女の人とぶつかって……部屋に入ったら顔を腫らした香夜かよちゃんが横たわってたの」 


 刑事は知っていたのか?

 知っていて何も告げずに僕を復讐の螺旋から追い出したのか?


「でもお話はできたからね……? 私は……香夜かよちゃんに言ったの……」 


 菜留こいつは何を言ってるんだ?

 あの怪我を見てどうしてそんな思考ができるんだ?


「辞めるなら……私にルネ姉をちょうだいって……」


 ガレットの魅力はその愚直なまでの一途さ……――なんていうのはこいつに触れたことがない者の勝手な感想だ。

 こいつは……こいつはただの異常者だ。


「そしたら香夜かよちゃんは『大切な人にもらったものだからそれはできない』って……おかしいよね?」


 なぜおかしいのが自分だということに気が付かない?

 誰にも咎められずにここまで生きて来たのか?


「私が一番ルネ姉を見て来たのに……私が一番ルネ姉を分かってるのに……それなのに……それなのに……!! 香夜かよちゃんがルネ姉を独占しようとしたの!!」


 今度はゲームまで待つ必要はない。


 ここで……この場で全てを清算しよう。


 僕の愚かな勘違いも。こいつの……間違った人生そのものも。


「だからね……そんな聞き分けのない香夜かよちゃんが中身じゃ……ルネ姉も可哀そうだなって……だからスカーフでね……首を……絞めたの」


 ……――――――ッ!!


「だから……ルネ姉は私……私がルネ姉の本物……」


「そんなわけがないだろうが――――ッ!! お前はルネ姉にはなれないんだよッ!! あのアバターは僕が彼女の……香夜かよちゃんのためだけに作ったんだよ!! その身勝手な考えしか吐けない口を閉じろよッ!!」


 激昂と共にソファーから腰を上げようとするも、力の一切が入らずその場に横たわる。


 なんだ……これは……


「『パラリス』っていう薬……香夜かよちゃんが抵抗したらこれ使って生体認証しようと思って手に入れてたの。結局使わなかったけど……」


 僕は……どこで間違えた……?

 それとも、間違えることすらできなかったのか……?

 ルネ姉……いや、カヨ。僕はきみにせめてもの罪滅ぼしさえ……できないのか?


「それにしても……ルネ姉の中身知ってる人は……あのゲームでみんな殺したと思ったのにな……天雄あまおくんが……まさか嘘ついてたなんて……」


 フローリングに横たわる僕に一瞥をくれるだけの菜留なるの姿を、辛うじて動く瞳だけで追う。


 クローゼットを開けて取り出しているのはスカーフだ。

 

 そして……

 彼女は手に持ったスカーフを僕の首にかけながら微笑んだ。




「もぉ~ほんとに困ったちゃんだなぁ~……」

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罪滅ぼせない 赤ひげ @zeon4992

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