第11話 10時37分 確認

 最近食事は質素なモノばかり食べていたこともあり、思わず食べ過ぎてしまった。

 このような場所で腹が張り裂けんばかりに食べているのは、僕くらいだったけど、他の人も僕のことなど気に掛けることはないだろう。


 さらに僕でも知ってるSNSの有名人がいたことで視線は完全にそちらに向いていたことも幸いした。

 インフルエンサー等には基本興味がないけど、実際にこの目で見てSNSにアップしている画像と変わらない……いや、実物のほうが美人なのではと思うほどに整った顔、そしてブロンドカラーの髪を薄い紫のスカーフで結っている姿はどうやっても人目を引くだろう。


「ほら~これすごくね? 苦手って言ってたのにばんばんKill獲ってるからね! 配信するのに練習はしたんだろうけど!」


 お腹をさすりながらエントランスまで歩いていくと、先ほどの人たちはまだモニターで鑑賞中のようだ。

 横目で見ると僕に声掛けてきた少女も普通に観賞に加わっている。


 見た目的にそこまでコミュ力が高そうには見えなかったんだけどな……完全に僕個人の意見だけど。

 まぁこういう所にくる人たちなんだからその場の勢いの使いどころが上手いのだろう。

 僕は受付カウンターの壁に眼を向ける。


 時間を確認したかったのだが、重厚な質感で時計の針が剥き出しなアナログ時計を見て、おいくらなんだろうとつい考え込む程度には出来が良い。

 さらにロビーの窓際にはとても大きなニキシー管時計が置いてあり、あっちはレトロと言った方がいいのか、雰囲気を壊すものではなく見事に調和している。

 そんなことを考えていたが、実際の時間を確認すると10時30分過ぎ。


 外はすっかり明るくなっており、視覚的な賑やかさは昨日の夕方過ぎよりもやはり活気に満ちている。

 辛気臭い雰囲気を演出しているのはどうやら僕だけのようであり、いたたまれなくなった気持ちを振り払うように部屋へと戻っていった。


 ルームサービスで珈琲を頼み、運び込まれた後に椅子に腰を下ろす。

 腹も満たされアバターも決めた以上、後は事件情報と配信確認だ。


 僕は珈琲を一口啜ると薄型情報端末カードの表面をこすり、ホログラムを起動する。


 まずは最近の配信から確認しておくのがよさそうだ。


 最近の事件も目を通しておく必要があるが、犯人がPriTubeプリチューブに出演する場合、報道やネットで名前が出ることはない。


 犯行や捕まった旨は報道されるが、出演者が実名で報道されるのはPriTubeプリチューブで死んだ後だ。

 もしゲームで懲役をチャラにすれば無罪放免となるため、今のタイミングで僕が実名を入手できる可能性はとても低い。

 だが、報道され犯人が逮捕されたにも関わらず犯人の名前が出ていない事件をまとめているサイトはいくつもあるので、これは目を通しておくべきだろうが……ある程度配信を見てからで問題ないはずだ。


 優先度を決めてしばらく配信を眺めているとドアチャイムが鳴った。

 ルームサービスは済んでいるはず、という思いもあったが無視するわけにもいかない。

 ドアを開けるとそこに佇んでいたのは、ホテルまで案内をしてくれた黒直里かしすさんだった。


「お忙しいところ失礼いたします。ゲームのメニューが決まったのでお届けに参りました」


 慣れた所作で一礼をした黒直里かしすさんが僕に差し出した物は革製のカバーに包まれたA4サイズのメニュー表。


「メニュー……ですか?」


「はい。薄型情報端末カードに通知では味気ないとのことです。それではごゆっくり」


 去り際に黒直里かしすさんのお辞儀に合わせて僕も頭を下げるが……


 ドアを閉めて椅子へ向かう。

 ある程度想像は付くがこのような形で連絡することになんの意味があるのか。


 気持ちを落ち着けるために珈琲を啜り、深く呼吸をしながら渡されたメニューに手を伸ばす。

 表紙に印字がないのは他の客に見られた時に誤魔化すためだろうか?

 ならばそもそも手渡しをするなと言いたくはなるが……


 考えることに疲れた僕は意を決して、メニューを開いた。

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