第10話 09時20分 散策
アバターの選択を終えた僕は最近起こった事件を振り返る前にこのホテル内を少しブラつくことに決めた。
正直に言えばこの強力なスキルを持つアバターを選択できたことによって少しではあるが、気持ちに余裕ができたからでもあった。
改めて1階のエントランスを覗いてみても、感嘆の声で喉を震わせるだけではあるんだけど……
「あ~分かるわ~! おもしろいとは言え、PTuberはコンテンツが限定されてっからな~……そうだ! この子知ってる~? 最近のVの中じゃ正直断トツ!」
ロビーでソファーに腰かけながら賑やかしの一因を担う人たちの会話だ。
朝から元気がいい……いや、このような場所ならそれが普通かもしれない。
それに、このご時世でVに興味を向けるなんてなかなか目が肥えている。
僕はまさかこんな場所でVの話が出たことに内心驚きつつも、興味をそそられた。
「ちょっと前に動画が消えちゃったみたいだけど、ここ1、2週間でまた新しい動画上げてるみたいでさ! たしかちょっと前にも録画配信上がってたはず……あ~っ! これこれ」
進められるがままにモニターを見つめる人たち。
僕もつい、見える位置までにじり寄っていく。
『はいっ! ということで今回はFPSに挑戦したいと思いま~す! もぉ~苦手って言ってるのにみんなが言うから頑張るんだよ~? も~ほんとに困ったちゃんだなぁ~……そんな視聴者さんばっかりだけど~応援うれしいよ~!』
思わずこれ見よがしに溜息をついてしまった。
期待に満ちた僕の肩透かしを食らった気分をよく代弁してくれていると思う。
モニターに映っているのは『
目が肥えている、なんて思いは僕の勘違いだったようだ。
「きみも……ルネ姉好きなの……?」
背後から突然声を掛けられ、僕は思わず肩を跳ね上げた。
振り返るとそこにいたのは僕よりも年下……どう贔屓目に見積もっても高校生くらいの女の子だった。
僕の顎程度の身長にロングストレートに垂れた黒髪。
やや虚ろながらも大きくぱっちりと開いた切れ長の瞳は目尻がやや垂れており、美少女であることは間違いないだろう。
オープンショルダーというのだろうか? 肩の空いた白のブラウスと首元に青いリボンのようなものを巻いている。
黒いコルセット風のジャンパースカートとの組み合わせが魅力的……
だが、こんな場所で迂闊にも話し込むわけにはいかない。
どこでどうボロが出るか……僕は自信の無さには自信があるからだ。
「いや……あんなVに興味はないかな。FPS配信なんてどのVでもやってるし特に目新しいこともないからね。まぁ……僕個人の意見だけどね」
「ふ~ん……きみさ……あっ――」
彼女は吐き捨てるように投げた言葉からも何か続けようとしていたが、僕は足早にその場から離れた。
ダウナー系のような低めのテンションで背中に何か話しかけているようでもあったが、残念ながら僕には出会いを楽しむ余裕なんてないんだ。
普段であれば飛び上がるほど喜んだことに間違いはないだろうが、むしろ今そのような出会いに恵まれてしまうほうが不幸だ。
僕は振り返ることなく、受付脇の通路を進んでいった。
ガラス張りの通路は、ホテルビュッフェを提供しているレストランに続く道だったようだ。
昨日は結局珈琲だけで部屋に付いた途端に寝てしまったため、丸一日は何も食べていない状態だ。
食事どころではなかったのだからしょうがないけど……
ふと回りを見渡して時計を探すも見当たらない。
でも、レストランに入っていく人も見かけるので大丈夫だろう。
食事は自由にできるのだろうか……こういうホテルの場合、宿泊している際の支払いなんてルーム向けで最後に精算で統一されてそうなものだけど……
幸いルームキーは指につけっぱなしのため、レストラン入口のウェイターに聞いたところ、思った通りルーム向けで支払い可能という回答を得られた。
僕に請求が来るかもと一瞬頭に過ぎったが、元々ここを待機施設に選んだのは警察ないし、
僕は命を提供するわけだし……
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