第06話 14時40分 案内

 警察署内で『ARレンズ』を目に、『生体チップ』を喉と腹部に埋め込まれる。

 言われなければ分からないほどに埋め込み時の痛みもなく、目も違和感を一切感じることがない。

 ちなみにどれも自由に取り外しは不可能で、無理やり外せばこの世とオサラバということらしい。


 そして、外に出た僕たちを待っていたのはリムジン。しかもハマー H2リムジンだ。

 運転手がドアを開けると鶴嘴つるはしさんが迷うことなく乗り込んでいく。

 僕も促されるままに乗り込んだ。


 中に入ると片面にバーカウンター。一点の曇りのないグラスが並ぶ。

 対面には本革か定かではないが、ラウンドソファーが設置され、大小各1個のモニターが見える。

 さらに奥にはデザイナーズソファーだろうか。ラウンドソファーとは異なる2人掛けのソファーも鎮座している。

 こんな車に縁のなかった僕にラグジュアリーとはどういうものかを理解させるには十分だった。


「まぁリラックスしろって。とりあえずまぁ……座れよ」


「は……はい」


 圧倒され呆然としていた僕に鶴嘴つるはしさんが声を着席を促した。

 ソファーの座り心地は文句なし……だが、こんな状況でリラックスできるわけがない。


PriTubeプリチューブに出演するようなやつだと大抵これに乗るとはしゃぐんだけどな。まぁ静かでいいわな」


「パーティー向けにレンタルしたわけじゃないんですし。これから起こること考えたらはしゃぐほうがおかしいと思いますよ。あくまで僕個人の意見ですけど……」


 視線の向けどころに困惑した結果、膝の上で握りしめる手を凝視しながら答えると、鶴嘴つるはしさんも「ちげえねえな」と口角を吊り上げながら頷いている。


「まぁせいぜい盛り上げてくれよ。殺人者マーダーが出演する回は視聴が億超えが当たり前だからなぁ~!」


「素人に無茶言わないでください。覚悟していたはずなのに、改めてこの状況になって頭が追い付いていないんですから……」


 すでに気分が高揚していることを隠す気もない様子だ。

 僕もたしかに配信を見る側だった頃は殺人者マーダーが出演する動画ばかりを見ていたから気持ちは分からないでもないが……

 今の僕にはとても複雑な気分でもある。


「まぁ最近の流行りとしてはゲーム中、いかに共犯者を作れるかが生き残りの鍵になるからなぁ~。知ってるか? 共犯者?」


「さすがに配信を見ているので……あれですよね。事件の当事者同士……ではなくて、ゲーム中に手を組んでクリアを目指す相手を作るってやつですよね」


 取調べ時の声色トーンとは明らかに違う。

 警察は出演者を知っているから、PriTubeプリチューブ賭けベットはできないはずだが、昂った気分が口を軽くしているのだろうか……


「その通りだ。武器1個で1人しか殺せない以上、1人で武器をいくつも使うことになるが限界があるからな。大抵ゲーム内で小型情報端末カードを拾った相手に持ち掛けることが多い。半分脅しのようなもんだが……まぁやる価値はあるよな。口約束だから背後から撃たれる可能性も十分あるが」


「僕と無関係でもどんな罪を犯してきたかも分からないやつをどう信じるって言うんですか……それに刑事さんがそんな熱心に殺し合いの手助けのような発言をしていいんですか?」


 僕の自業自得とは言え、言われたい放題なのも……

 僕は膝に落としていた視線を鶴嘴つるはしさんに向け、ささやかな反抗心と共に喉を震わせた。


「ああ、問題ない。お前らはもうただの物なんだから。昆虫同士戦わせるのと変わらんだろ。それにゲームの投げ銭は5割がお前らの武器資金。4割がPriTubeプリチューブ運営、そして残りの1割は逮捕した警察署に入るからな。お前には活躍してほしいってわけよ!」


 だが、僕の反抗心に一瞥もくれることはなく、己の欲望を気兼ねすることなく口に出していた。

 僕のような人間をこれまで幾人と見て来たであろう刑事。

 見下すどころか、視野に入れることすらない、渇いた期待の言葉に僕の心は干上がりかけている。


「よ~し……到着だ! ここからは1人で行ってもらう。もうフロントに話は通してあるからな。それじゃー健闘を祈ってるよ」


 名残惜しむ時間など端から頭にないと言ったように、僕を降ろしたリムジンは颯爽と来た道を戻っていった。

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