第05話 14時00分 出演

『理解できたかな~? も~ぜんぜん可愛くない説明文だよねぇ……時間があればもっと私がデコっても良かったのにな~……まぁでも実戦すれば体で覚えるだろうから!』


 やりながら覚える、なんて悠長なことを言っている場合じゃない。

 PriTubeプリチューブのアバターは、ゲームを盛り上げる意味を含めてとても優秀だと思っている。

 まぁ僕個人の意見だけどね。


 犯罪者になったとはいえ、元々人気があった者や悪事で名が通っている者を無条件で応援する者が一定数いるため、人気が集中してしまうためだ。

 だが、アバターで隠せばどのような人間なのか分からない以上、視聴者も含めて行動や言葉のみで判断するしかない。

 

 そして犯罪者プレイヤー側の視点から見た場合、大抵の人間はこのゲームに躊躇する。それは覚悟を決めて来たとしてもだ。


 だが、アバターを着ることで、犯罪者プレイヤーは自分から独立した存在となる。

 自分とバレなければいい、という心理がこのゲームへの参加ハードルを下げる役割も兼ねているのだ。


 だからこそ他人にどこまで冷たく、そして残酷になれる。

 そんな場所で体で覚えるなんて自殺行為そのものだ。


『だいたい平均でゲーム開始までは1カ月の猶予がもらえるからね! そこでしっかり復習とイメトレをすればきっと上手くいくよっ! それじゃ~今回はここまで! 卯月うづきプリルがお送りしましたっ! 配信も見に来てね~! あっ! これを見てるのは犯罪者プレイヤーだった! てへっ』


 前のめりでかぶりつくように画面に食い入っていた僕は、動画の終了と共にソファーへ背中を預ける。

 自然と漏れる嘆息。

 跳ねる鼓動と頬を伝う冷たい汗を誤魔化すように前髪を搔きむしった。


 するとタイミングを見計らったように、取調室のドアが開き鶴嘴つるはしさんが両手に珈琲を持って入ってきた。

 脇に挟んでいるのは書類だろうか。


「くくっ……あの動画を見た後はどいつもこいつもそんな顔をしてるよ。ミルクと砂糖は?」


 僕はどんな顔で鶴嘴つるはしさんを見ていたのだろうか。

 感情が入り混じるわけでもない。

 ただただ空っぽになったような感覚だ。


「両方入れます」


 鶴嘴つるはしさんが珈琲を僕の前に置き、テーブル端に寄せられていたトレイを引き寄せる。

 トレイの上にはミルクピッチャーとシュガーポットが乗せられていた。

 僕はシュガーポットから角砂糖を2個、そしてミルクをたっぷりと注いだ。

 これはルネねえと同じ飲み方だ。

 長年染み付いた癖は頭が空っぽでも無意識に体を動かしてくれるようだ。


「頭が混乱してるのか、それとも真っ白なのかは知らないが……これが書類だ。これにサインすればお前も晴れて出演決定だ」


 机の上で揃えた書類を僕に向けて差し出した。

 このご時世でほんとに書類形式とは少し驚いたが、味気ない電子書類よりは実感が湧きやすいだろう。


 僕は珈琲を置き、書類に目を通そうと見つめるが、内容を見ていくだけで眩暈を引き起こしている。

 必死に頭にたたき込もうとするも目が滑るばかり。

 僕は読むことを諦め書類にサインをすると、無言で鶴嘴つるはしさんへ差し出した。


「これで契約成立だ。ゲームが始まるまではこちらの指定した場所で過ごすことになるが、不自由ということはあまりないだろう。外出は控えてもらうことになるが個室も割り当てられるしな。何か質問は?」


 ここからは配信では知ることができない領域だ。

 だが、考えていた質問等この時の僕の頭で浮かべることなどできるわけもなく、


「ネットは使えるんですか?」


 バカみたいな質問をすることで精一杯だった。


「ああ。ゲストユーザーを利用してもらうことなるが利用じたいは可能だ。過去の配信を見たいというやつも大勢いるからな。だが、ログインが必要なサイトやクラウドは制限されているから使えないけどな」


 想定していたよりも緩い事実に僕は思わず目を剝いた。

 僕は犯罪者だぞ……?

 いや、まだ油断はできない。


「ゲームまではお前さんが思っているよりも緩いよ。ひどい環境に押し込んで抜け殻になられても困るからな。伸び伸びと寛いで生への執着を高めたいんだとよ」


 僕のころころ変化する表情で察したのか、鶴嘴つるはしさんは僕の質問の意図を理解した回答を告げると、珈琲を飲み干した。


「さぁ……案内しようか。先にちょっとチップとレンズは埋め込ませてもらうけどな」


 お茶会後のドライブ程度の気軽さで鶴嘴つるはしさんは席を立ちあがり、出口へと歩き出す。

 僕の動悸と息切れさえ感じる体で無理やり立ち上がり、後に続いた。

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