セブンにはもう乗れない【KAC2023】

凍龍(とうりゅう)

彼女は機嫌が悪い

 彼女とは、伊豆にある河津七滝の駐車場で出会った。


 当時俺が乗っていたのはスバルWRX。ラリーマシン由来のモデルで、低く構えた水平対向エンジン、どんな荒れた路面でも確実につかむ四輪駆動、安定性は素晴らしく、運転して怖いと思うことは一度もなかった。

 一方、彼女の車は同じスバルの軽自動車R1。

 祖母から譲り受け、二十万キロ乗り続けたその車を彼女はとても大事にしていた。


 だが、この日はあいにくの雨。風景は霧に沈み、その上突然のエンジントラブルで途方に暮れていた所で俺が通りかかったのだ。

 同じスバル乗りが困っていたので軽い気持ちで声をかけたのだが、彼女には救世主に見えたらしい。彼女を家に送り届け、修理工場にレッカーの手配をしてあげたのがきっかけで俺達は付き合うようになった。

 どちらもマイナーなスバル乗りということで意気投合、半年もしないうちに婚約、結婚という流れになった。


 結婚後も夫婦仲はまあ良かったと思う。二人でよくドライブもしたし、車好きの集うイベントにも二人で参加した。

 だが、その晩にかぎって、彼女はなぜか機嫌が悪かった。

 ちょうどその頃、俺達は車を買い換えることを考えていた。

 二人とも運転できるように軽自動車にしようと二人で決めた。

 ただ、俺は街に溢れる洗濯機みたいな四角い車じゃイヤだった。で、イギリスの二人乗り個性派オープンカー、ケータハムセブン170Sをこっそり契約した。


「そんな、乗るだけで罰ゲームみたいな車、どうして買うつもりになったの?」


 カタログを見せながらサプライズ報告をしたところで、彼女は怒っている、というよりむしろ悲しげな口調で俺を責めた。いつもほんわかしていて、そんな彼女を見たことがなかったので正直驚いた。

 喜んでもらおう、これからも二人でカーライフを楽しもうと思って選んだつもりだったのに。


「二人乗りなんて……残念だけど、すぐに解約して」

「でも、日本にはあまり入ってこないんだ。今回確保できたのだって凄いラッキーなんだよ?」

「そうじゃないの、とにかく」


 もごもごと言い訳する俺は、押し出されるようにして玄関から追い出された。


「どうしたんだよ一体?」


 俺はぼやきながら何気なくカーポートに停めてある彼女の車を覗き込み、助手席に置き忘れられている茶封筒を見てようやく合点した。


 表紙には、「これからママになる方へ」と印刷されていた。

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