アヴィカルチャー

深川夏眠

aviculture


 親類の間で変人と評判だった叔父が亡くなった。死に方も不審がられた。自宅に何者かと格闘したらしい痕跡があったので、警察が捜査を開始したが、暗礁に乗り上げた模様。

 身内は渋々義務を果たすといった素っ気なさで簡単に葬儀を済ませ、幼少時から唯一懐いていた僕にこうを託すと言えば聞こえはいいが、半ばぞんざいに押し付ける格好で知らんふりを決め込んだ。叔父は未婚で子供もおらず、残った一同が分け前を協議すべき財産も持たなかったからだ。

 僕は叔父が独居していた郊外の家に泊まり込んで遺品を整理することにした。せめて僕だけでも死を悼むポーズを取らなければ彼が安心して旅立てないような気がしたのだ。

 実際、事典などの書籍と資料、日記以外に大したものは残っていなかった。叔父は家禽の研究に携わっていたらしいのだが、学者ではなかったし、企業と手を組んでいた形跡もなかった。


■一月三日

 寝正月に飽きて起き上がる。

 近隣を散策していると、ひどい金切り声が聞こえてきたので、その方へ近寄ってみた。池の縁のぬかるみにできた窪みに嵌ってもがくしょうきんがいた。捻挫したのかもしれない。私に向かって切なそうに呻いたので引っ張り上げ、肩を貸してやった。足を引き摺って、おとなしく家までついてきた。

 庇護欲を掻き立てられ、で面倒を見ることにした。


■一月四日

 早朝、目覚めた鳥たちが腹を空かして騒ぐ。

 いつもの順に給餌して回りながら、奥の一番大きなケージを宛がったπτερυξの様子を窺うと、苛立たしげな眼差しをこちらに向けていたので、すぐ食わせてやるから少し待てと言った。通じたのか、鉄格子を握り締めた手を緩め、ダラリと腕を下げた。眠れなかったか、目が充血している。

 隅のミニキッチンでシリアルボウルにミュースリと牛乳を入れてバナナの薄切りを載せた。ケージの扉を開けて器を差し入れると、初めのうち食事と私の顔を見比べていたが、ややあって木の匙を握り、パシャパシャ撥ね散らかしながら食べ始めた。不器用だけれども、空腹を満たすことはできたようだ。


■一月五日

 ウェットタオルで清拭。羽を拭くのは手間がかかる。だが、撥ねた泥や血の染みを落としていくと本来の輝きが蘇るかのようで、心が躍った。子供の頃、図鑑で見たテンシノツバサガイを思い出した。

 プテリュクスは恥じらう素振りを見せつつ、抵抗はしなかった。長い睫毛を伏せ、おとなしく私のなすがままになっていた。翼の下の腕は面貌に似合わず隆々として、三角筋の張り具合に目を見張らずにいられなかった。


■一月六日

 ケージの掃除。

 逃奔を防ぐため、片足に革の足枷を嵌め、そのかんにチェーンを繋いだ。鎖の先はカラビナになっているので出入口のドアストッパーのフックに噛ませた。

 プテリュクスは嫌がる風でもなかったので、ウッドデッキにバスタブを置き、ぬるま湯を溜めて沐浴させた。ふざけているのか、時折翼を動かして飛沫しぶきを上げ、床を濡らしては、私を挑発するように脚を組み替える。引きしまった下腿三頭筋に裏打ちされた脹脛ふくらはぎの艶が私を眩惑した。


■一月七日

 プテリュクスに七草粥を与えてみた。食べきったが美味そうな表情はしなかった。


■一月八日

 清拭。

 プテリュクスに相応しいのはどんな香りだろうか考えた。


■一月十二日

 プテリュクスにかかり切りで、他の鳥たちが弱り始めたので、当てにできる知人に頼んで、まとめて引き取ってもらうことにした。

 搬出作業の間はプテリュクスを客の目の晒さぬよう、どこかに移さねばならない。


■一月十五日

 注文した精油が届いた。西洋糸杉サイプレスだ。オリーブ油で希釈してマッサージオイルを作り、ボディケアというべきかヘアトリートメントというべきか、プテリュクスの羽に艶と潤いと芳香をもたらすべく丁寧に塗り込んだ。

 最初、プテリュクスは鼻をヒクヒクさせ、眉間に皺を寄せていたが、次第に深呼吸してアロマを堪能し始めた。

 私は時間が経つのを忘れ、夢中でプテリュクスの筋肉を揉みほぐした。


■一月十七日

 プテリュクスにハーネスを付け、散歩だと促して外へ出た。足首のケガは治っていて、歩行に問題はなかった。

 元の水辺に降り立つと、不安そうに私を見つめて盛んにかぶりを振った。突き放されると思ったのだろう。いっときここで待っていてほしいのだと説明したが、通じたかどうか。

 客が来てしまうので、私は信用してくれと訴えるつもりでプテリュクスの額や頬に接吻を浴びせ、立ち木に紐を括りつけると、後ろ髪を引かれつつ大急ぎで家に戻った。


 叔父と、彼のいわゆるプテリュクスの短い蜜月の記録はここで途絶えている。

 と呼ばれる別棟には生き物を飼育していた痕跡があったけれども、叔父が引き取りを依頼した知友とやらに確認しようにも、連絡先は洗い出せなかった。それでも、そこには幾種類もの鳥がいたことを思わせる、焦げ臭いような独特の匂いが染みついていた。

 一番大きい檻の中には陶器のスープ鉢と木製のスプーンが転がり、いくばくかの白い羽毛がわだかまって、金輪の付いた拘束具がを巻いていた。

 叔父が何らかの方法でに殺害されたかどうかはわからないけれど、もし、本当にそんなヤツがいたのだとしたら、叔父がハルピュイアの呼称を用いなかったところからして、少なくともメスではなかったのだろう……と、微かに漂うサイプレスの残り香を鼻腔に受け留めながら、僕は思った。



              aviculture【END】



*2023年3月書き下ろし。

⇒https://cdn-static.kakuyomu.jp/image/AeEaz3go

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