第2話 ママじゃない!

  僕とりさ子さんは開けっ放しの扉からそっと中を覗いた。

 ニヤニヤと、小馬鹿にしたような笑いを浮かべる女の子が5人。

 その輪の中心には、両手を握りしめるリオ。その間に立ち、不思議そうな顔で女の子とリオを交互に眺める勇大。


 リオがいじめられている。僕のせいで。言ってあげなきゃ。僕はパパのお友達であってママじゃないって……。言ってあげなきゃ。

 慌てて中に入ろうとする僕の袖が引っ張られた。

 振り返ると、りさ子さんが僕に向かって片目を閉じた。


 りさ子さんは3人の子供のママで一番上のお兄ちゃんは小学4年生。

 子育てのプロだ。僕はりさ子さんに従う事にした。

 騒ぎに気付いたのか、ピンクのかっぽう着を着た若い先生が、女の子の前に屈みこう言った。


「ナナちゃん、どうしてママが男の人だと変だと思うの?」

 その顔は怒っているわけではない。むしろ優しい笑顔だ。

 ナナちゃんという女の子はまっすぐに先生の顔を見て答える。


「だって、うちのママは女だもん。ミカちゃんちのママもさりちゃんちのママもみんな女だもん。リオ君ちだけ男」


「そうだね。男のママは少ないね。少ない事は変な事なのかしら? 幼稚園も女の先生が10人、男の先生が一人。山形先生だけが男だね。変かな?」


 ナナちゃんは小首を傾げ、少し考えて答えた。


「変じゃない」


「そうだね。少ないって事は変な事じゃないよね」


 雲が晴れたように明るい顔になったナナちゃんは「うん」と大きく頷いた。


「変て言われたリオ君の気持ちはどうだと思う?」


「……かなしい」


「そうだね。リオ君の気持ち考えてあげられてえらいね。ごめんなさいしようか?」


 ナナちゃんはパタパタとリオの前に進み「ごめんね」と言った。

 こちらからリオの表情は見えない。ただ、両手をぎゅっと握りしめたままコクっと頷いたのだけはわかった。

 りさ子さんは、ポンと僕の肩を叩き、部屋の中に入る


「勇大、リオー、帰るよぉ」と声をかけた。


 勇大とリオは同時に振り向き、勇大が嬉しそうにリオの腕を引く。


「いっしょにかえろう」


 リオは拳を握ったまま、首を横に振る。口は一文字に引き結び、空をにらんでいる。


「リオ」

 僕が声をかけると、上目遣いのままこちらに視線を移して、叫んだ


「ナツいやー! ママじゃない!!!!」


 頭から冷水を浴びせられた気分だった。ズキっと嫌な痛みが、胃のあたりにのしかかる。


「ナツは男、ママじゃない」


 リオは怒った顔で叫ぶ。


「ナツいやー!!」


 僕は今にも泣き出したい気持ちを堪え、笑顔を作った。


 そうだよ。リオは間違ってない。僕は君のママになりたいけど、君が認めないなら僕はママじゃない。決めるのはリオだから、それでいいんだ。そう言ってあげようと思った矢先、勇大が僕の手をきゅっと握りこう言った。


「じゃあ、ぼくがもらう。ぼくのママになって」


 そして、最高にかわいい笑顔を僕に向けた。

「ちょっとー、あたしの立場は?」

 と、りさ子さんが助け舟を出す。


 不貞腐れていたリオの顔は、さっと不安な表情に変わった。ドタドタと足を踏み鳴らしながら勇大の腕を引き、頭一個分背の高い勇大の胸元をドンとつきとばした。

 そして、僕の腕にしがみついたのだ。


「ダメ。ぼくのママ」


 りさ子さんはどこかほっとした表情で、大げさに笑った後、リオの頭をポンポンと叩いた。


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