第三章

第1話 思ってたのと違う

 初めて町田駅に降り立ったあの日の『町田ってけっこう都会じゃん!』という感想は既にない。


 新宿二丁目にさよならしてから一ヶ月。


 街はクリスマスイルミネーションで賑わっている物の、今、僕の目の前にはイルミネーションなんか一個もない荒れた田畑。そして、古びた戸建てが点在しているだけだ。地元のベランダから見ていた景色となんら変わらない。


「今週もダメでしたね」


「ごめん。なんか旅行に行くらしいよ」


 先輩は僕の髪をチョキチョキ切りながら答えた。

 約束の週1回のリオとの面会は未だ果たされないままだ。

 つまりは、新宿でしょっぱい朝ごはんを食べ、別れたあの日以来。

 そろそろ、リオは『いただきます』がちゃんと言えるようになっている頃かも知れない。僕の事なんて、もう忘れているかも知れない。


 そんな事を思うと、胸がぎゅっと苦しくなる。


 あれ? なんで町田に来たんだったっけ?


「髪、切り終わったらディズニーランド行きましょうよ」


「行くかよ」


「じゃあ、ドライブ!」


「やだよ」


「せっかく車買ったんですから、ドライブくらいいいでしょ。僕運転しますから」


 ここは町田市だが、最寄り駅はJR横浜線の鶴田駅。

 僕たちはあの日見たボロい物件よりも、少し家賃を上乗せして、築20年のまぁまぁきれいな一戸建ての賃貸に引っ越した。


 新宿に会社がある先輩は、町田で一回乗り換えと言うワンクッションをそれはそれは嫌がった。

 何故なら僕たちは電車すら大して利用する必要のない田舎育ち。

 移動はチャリか親の送迎。何せ、バスや電車は一時間に1本ほどしか稼働していないのだから。


 高校は寮だったから学校の敷地内。

 電車やバス移動も億劫なのに、乗り換えという手間は何年東京に住んでも慣れる事はなかった。


 電車一本! というのは僕たちにとって世界を広げる言葉。反して乗り換えは世界を縮める言葉なのだ。

 乗り換えと聞いた瞬間、「だるっ!」となる。


 僕は毎朝、先輩を町田駅まで車で送り、夕刻、頃合いを見て町田駅まで迎えに行く。

 恋人とかという関係は一っ飛びして、僕はまるで家政夫。

 掃除に洗濯、食事の準備、それに弁当まで持たせる。加えて送迎。

 挙句、欲しい物は与えてもらえない。

 夜の営みと言えば、相変わらず僕が奉仕するスタイル。

 休みの日も、ドライブすら連れて行ってはくれない。


「横浜中華街行きましょうか」


「行かない」


「相模湖」


「興味ない」


「湘南」


「今、冬だぞ」


 先輩は僕の頭をクシャクシャっと撫で、髪を飛ばし、「よし。シャワー浴びてこい」と、ハサミを皮の布に巻き付けた。

 シャワーを浴び、脱衣所の鏡で生まれ変わったような自分の姿を見る。

 かっこいい! さすが!


「先輩、この髪型めっちゃいいです! 気に入りました」


「当たり前だろう」


 先輩はベランダのサッシを少し開け、タバコをふかしている。

 僕は、厚手のスウェットに着替え、髪をタオルで拭きながら先輩に訊ねた。


「なんで、リオと会えないんですか?」


 次に、先輩の口から一番聞きたくなかった言葉が飛び出した。


「あいつ、再婚するんだって。リオに新しい父親ができる。俺たちよりその人と過ごした方がリオの為だろう」


 僕は、庭に続くサッシの前にあぐらをかき、タオルで無駄にゴシゴシと頭を擦った。

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