第4話 僕の恋人
ゲイ専用のマッチングアプリで、ミチルと知り合ったのは1年前。
華奢で背が低く、沖縄出身の割には色白で彫りが深く、日本人離れした顔立ちは、どことなく先輩に似ていた。
沖縄独特のイントネーションが可愛くて、僕はすぐに彼を気に入った。
ミチルは会った瞬間、僕を「ドタイプ」と言って、頬を赤く染めた。
ミチルは大学2年生でクローゼット。つまりカミングアウトしいていないゲイだ。週3回ほど、歌舞伎町のホストクラブでバイトをしている。
男臭いタイプでもなく、中性的でストレートの人から見たら、オカマだとか、ホモだとか言いたくなるような雰囲気だ。
女性っぽいしなやかな立ち居振る舞いは、決して狙っているわけではなく、天然なのだろう。
トランスジェンダーでもない。本人も自分は男だと自覚している。
僕と同じ、心も体も男。ただ、恋愛対象が男というだけだ。
ミチルは超が付くヤキモチ妬きで、ラインメッセージの返信が少しでも遅くなると気が狂ったように鬼電してくる。僕が初恋のノンケの男を家に泊まらせてるなんて知ったら、台風と竜巻が地震を連れてやって来た、ぐらいの大災害になるだろう。
『ナツ君、もう寝た? 疲れてる? 明日会える?』
というメッセージは昨夜送られていた物で、既読を付けたのはついさっきだ。
不在着信は11件。少ない方だ。
時刻は午前10時。
先輩は、家族と暮らしていた家に、荷物を取りに行くと言って出掛けた。
僕はミチルからのメッセージに返信をする。
『昨日はごめん。疲れてすぐに寝ちゃった。いつものホテルで会おうか?』
すぐに既読が付いて、OKのスタンプが送られてきた。
見た目、普通の男の僕たちは、ラブホテルには入れない。最近は入れるホテルもあるようだが、いちいち電話で確認したりしなければならない。
『男同士なんですけど大丈夫ですか?』なんていう面倒な問い合わせをしなくてはいけないのだ。
男性同士のお客様はちょっと……、なんて難色を示されたら、地味に凹む。なぜなぜ、どうして? という負のループにはまって、自分から地獄への道を歩む事になる。
入る所を知り合いに見られたり、というリスクもあるし、下手したら、ミチルの大学の友達がバイトしてた、なんて事も――。
だから、僕たちが逢瀬で利用するのは、ビジネスホテル一択なのだ。
僕がチェックインして、先に部屋へ入り、後からミチルが入って来る。
お互いの家に行き来したりもしない。
それは、特に問題はないのだが、なんとなくこのまま一緒に暮らそうよ、なんて話になりそうで、それは意図的に避けていた。
しかし、この日、ミチルはベッドで寝転んでる僕にぴったりと体を寄せて、こう言ったんだ。
僕の耳の、小さなピアスをいじりながら。
「ねぇ、ナツ君。一緒に住まない? ホテル代だってバカにならないじゃん」
「うーーん。うち狭いからな」
それに、今は先輩がいる。もしかしたらしばらくの間、いる可能性も高い。
「じゃあ、僕んちにくればいいよ。一応、2DKだし」
ミチルは、おしゃべりも上手で見た目も可愛らしい。それでホストクラブでも年上の女性客に人気があるんだそうだ。
稼ぎがどれぐらいか、なんて事は聞いた事ないが、僕より多い事は確かだろう。
「ごめん。僕は一人が楽でいいんだ」
ミチルは、不満そうにため息を吐くと、僕の胸に顔を埋めた。
そして今度は僕の乳首をいじりだす。
「ねぇ、なんか冷たくない? いつもはさぁ、嘘でもそのうちねって言ってくれるのに。僕は嘘でもいいから、そういう会話がしたいのー。わかってるよね? ナツ君はいつも僕の事、ちゃんとわかってくれてるはずだよね」
僕は乳首の刺激に耐えながら答える。
「う、うんうん。ちゃんと、わかってるよ」
「なんか、めんどくさがってない? ゆうべは全然電話に出てくれなかったし。まさか……浮気なんてしてないよね?」
「ち、ちがう。してない。あっ、あの、あのね。学生の時の、先輩が、来てるんだ。色々わけありみたいで、で、うちに泊まってるの。僕、プライベートでカムしてないから、連絡できなかった。ご、ご、ごめん」
刺激で思考が追い付かず、つい中途半端に白状してしまった。
先輩は意識がない状態だったから、連絡できなかったと言いうのは嘘だ。
先輩との再会の喜びで夢のような時間に浸っていたかったのだ。ミチルの事を考える事ができなかった。
もちろんそんな事を打ち明けたら、ミチルは傷付くし、後々束縛されて面倒な事に成りかねない。
見た目もタイプで、体の相性もいいミチルの事は、大事にしたかった。
自分勝手だと思われても仕方がない。少数派の僕たちがそんな相手に巡り合えるのは、東京でたぬきに出くわすぐらい貴重な経験なのだ。
と、この時はそう思っていた。
「いてっ!」
思い切りつねられた乳首の痛みに弾かれ、ミチルに背を向け体を丸めた。
「いってー。つねるのはダメっ。絶対!! 乳首、取れるかと思ったじゃん。いってーーー」
その背中から「今日はさぁ、いれてほしい」とミチルの熱い吐息が耳にかかった。
草食系ゲイカップルの僕たちのセックスは至って淡泊だ。
挿入は滅多にしない。愛撫が中心のバニラセックスで欲を満たし合う。
「わかった。じゃあ準備してきなよ」
「ほんとに? ナツ君も入れたい?」
僕はどっちでもいい。
そんな言葉を飲み込み、にっこりと笑って頷く。
「じゃあ、シャワ浣してきまーす!」
ミチルは嬉しそうにそう言って、小走りで風呂場へ向かった。
僕は、ベッドに大判のバスタオルを敷き詰める。
バッグからローションとコンドームを取り出し、サイドテーブルに置く。いつも準備をするのは僕の役割だ。
後は、爆睡しないように、ミチルの準備を待つだけだ。
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