喧騒と、影法師ふたつ

 事態は数ヶ月前に遡る。

 いや、潮流という意味では、年単位で遡らなければならないかもしれない。


 第二次ゆうせかバズは、およそ二年前に起きた。


 それまで地道に伸ばしてきたチャンネル登録者数がついに百万人の大台に乗ったのは、その年の春のことだった。

 なにごとにもゆるゆると構える有隣堂もこの時ばかりは大盛り上がりで、社内はお祭りムード一色となった。

 ユーチューブから金の盾が届いてすぐ、チャンネル出演歴のある社員をかき集めてのパーティーが開催され、その様子は動画配信された。

 テーブルを彩るトチメンボーや司教のスープ、各種干し物にカラフルなカレーの数々……そして普通に出前のお寿司やケーキ。会場には、この日のため新たに古語訳されたお祝いの歌謡曲がメドレーで流れ、ふとすると何かの卒業式か、結婚披露宴の様相を呈していた。

「ほんと、ずっと何やってんのよ、この人たち」

 百万人が見てるんスよ?と呆れ笑いを浮かべるブッコローも、しかしまんざらではなかったらしい。改めてカメラを向けられると、そのクチバシで金の盾に齧り付いて、羽の先で器用にピースしてみせた。

「いやあ、大台乗ったねえ」

 配信用の取れ高を回収し終えたPが、カメラを止めブッコローに語りかけた。

「正直、ここまで行けるとは思ってなかった」

「まあそりゃね」

「なんか、恵まれすぎててちょっと怖いっていうかさ、この辺が潮時かもな……なんて、思わなくもないんだよね」

 会場の隅、鰹節削りからつくられた味噌汁を啜りつつ、Pは呟いた。

「何事も引き際が肝心ってさ」

「何言ってんのよ」

 縮こまる肩に羽を置いて、ブッコローは言った。

「これからでしょ」

 そう?と小さく笑う影に、そうだよ、ともう一つの影が応えた。

「まだまだ、やろうよ」

 そう言って、丸い影が揺れた。



 チャンネルの配信頻度拡大の話があがったのは、それから一週間ほど後のことだった。

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