ギタイヤサン

そうざ

The Gitaiyasan

 或るマンションの玄関先に男が立っていた。作業着のような格好で、片手によく分からない機器を持っている。機器からは終始、微かな異音が出ている。

「どなたですかぁ」

わたくし、こういう者です」

 提示した名刺には、特徴のない企業名と氏名とが印刷されているだけで、業態も訪問理由も一向に想像出来ない。

「ギタイってご存知ですか?」

「もしかしてぇ」

「そう、そのもしかしてです」

「まだ何も言ってませんけどぉ」

「この辺りを巡回しておりましたらギタイが発する特殊な電波をお宅様から感知しまして」

「まぁ、たいへぇん」

「そう、大変なんです」

「どうしたら良いのかしらぁ」

「駆除します。お邪魔して宜しいですか?」

「散らかってますけどぉ」

 男はずかずかと上がり込むと、手にした機器を宙にかざしながら、部屋の隅々まで調べ始めた。ヴゥゥンと耳障りな異音が大きくなったり小さくなったりを繰り返す。

「間違いなくお宅の何処かに隠れてますね」

 倒れた冷蔵庫をけ、割れまくった食器を踏みながら、煮え立った鍋の蓋を開け、蒸発しつつある味噌汁をお玉ですくって味見をした。

「キッチンじゃないな……料理が得意だったんですね」

「あら、嫌だ、アタシったらお茶も出しませんでしたぁ」

「お構いなく、どうせ不味いでしょ」

「一本取られたぁ」

 男はリビングを調べ始めた。脚の折れたテーブル、両断されたソファー、壁にり込んだテレビ、断続的に明滅するシーリングライト、引き千切られたカーテン。『パパママいつもありがとう』のメッセージが添えられた似顔絵は、びりびりに破り捨てられている。

「ここにも居ないな……お子さん、絵心があったんですね」

「へぇ」

「同居人は?」

「大人が二名、子供が二名でした」

「なるほど」

 男は一旦廊下へ出て浴室、トイレを廻った。バスタブや便器、排水口、サニタリーボックスの中まで調べたが、『生理用ナプキン多い日用・羽付き』のパッケージしか発見出来なかった。

「ここも違うか……タンポン派じゃなかったんですね」

「恐悦至極ぅ」

 夫婦の寝室ではシーツの匂いを嗅ぎながら痕跡を探り、その最中、シーツに包まれた等身大の物体に気付いたが、用件とは関係ないので無視をした。同様に、床まで広がった赤黒い染みも見て見ぬ振りをした。

「異常なし……最近?」

「三分の一くらいまでぇ」

 続く子供部屋には、色んなが転がっていた。男は、つい最近まで腕だったり足だったりした物の欠片を並べた。

「おかしいな、計算が合わない。子供は二名でしたよね?」

「でしたっけぇ」

「三名分の痕跡が見受けられる」

「算数は苦手でぇ」

「大人のうち一名は腹が膨れていましたか?」

「凄ぉぉいっ、名探偵ぇ」

「合点が行きました」

「がってんっ、がってんっ、がってん承知之助ぇ」

「待ってましたぁぁぁ」

 男は相手を床に寝かすと、ずっと手にしていた機器を放り投げた。外装が弾けて飛び、小さなスピーカーと電池だけのほとんど空っぽの中身が露呈した。

「壊れちゃいましたねぇ」

「良いんです、どうせ格好だけですから。それにもう

 素早く全裸になった男は、相手のむちっとした太腿を開脚させた。そこに、毛むくじゃらの唇がぽかんと口を開けて待っていた。

 男は本当の声で言った。

「ウマイコト、ナリスマシタナ。ダガ、ワタシノ、カンカクキハ、ゴマカセンゾ」

 その言葉を聞くや否や、口の内周にぐるりと生え揃った突起が一斉に屹立し、男の股間に向かって伸び上がった。ほぼ同時に、先んじて臨戦態勢に入っていた男の股間の鎌首は、嬉々として肉のほらへと突き進んで行った。

 このように、駆除サービス業者を装ったギタイと健全な住民を装ったギタイとが、日毎夜毎、何処いずこかで出逢い、同様の房事を繰り広げていると言われる。

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ギタイヤサン そうざ @so-za

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