夜を灯す
八蜜 光
夜を灯す
「焚き火の音が好きなんです。あのパチパチって弾ける音や空気を燃焼している音が。」
「へーそうなんだ。」
僕の横を並んで歩く小学生ぐらいの少女がまるで仲の良い友人かのように話しかけてくる。
物珍しい女の子もいたものだ。こんな自分に話しかけてくるなんて。
なにせ今僕は、警察官として絶賛勤務中なのだから。
「それで、どうして君が僕にそれを話してくれるんだい?」
「えっいやいや、特に理由なんてありませんよ。下校中にたまたま暇そうに歩いているお兄さんが見えたから声をかけてあげただけです。」
「これでも立派に職務を全うしているところなんだけれど・・・」
「こんな信号無視1つ起こらなそうな平和な町を見回ったって、そんなのただの散歩と変わりないでしょう。」
「それならそれで良いんだけどね。平和万歳だ。」
下校中、とはいったが少女の着ている制服は見覚えのない学校の物だった。
「きみ、家はどの辺り?なんならお家まで送っていくけど。」
「え、知らない大人に自分の家を教える訳ないじゃないですか。現代っ子のセキュリティを甘く見ないでくださいよ。」
「急にシャッターを下ろされてお兄さんは今ビックリしているよ・・・それならこうして話しているのも危ないと思うから、なんというか、気をつけてね。」
大人びた話し方をする子だとは思っていたけれど、どうやら考え方もずいぶんしっかりしている。
それとも彼女の言うとおり、今の小学生はこれぐらいが普通なのだろうか。
自分が小学生の頃など、半袖短パンで走り回っていた記憶しかないのだが。時代は変わるものだ。
「何もの想いにふけっているんですか?」
「あぁ、ごめんごめん。」
「そういうことなので、お散歩はここまでということで。ありがとうございました、優しい警察官さん。」
「いいよ。君の言う通りただ町をぶらつくだけよりも、とても良い時間が過ごせた。」
そういうと少女はふふっと笑い、僕の数歩先を歩く。
「私、焚き火の音が好きなんです。」
彼女は出会った時と同じ言葉を、前を歩いたまま呟く。
カンカンカンカン。
目の前にある踏切の音が鳴り始める。
「正確には、木の燃える音が大好きなんです。初めは焚き火をしたり動画を見ることで欲を満たしていました。でも、だんだんそれじゃあ物足りなくなってきた。」
少女は徐々に歩くペースを早める。
踏切の遮断機が、降り始める。
「次に飼っていたわんちゃんの犬小屋を燃やしました。焚き火よりも大きな炎と音。それに周りの大人たちの慌てふためく声。それを聞いて、私の心を今までにないほどの充足感が包みました。まるで空っぽの胸を黒煙が埋め尽くすみたいに。」
降りきった遮断機の向こうで、少女は話を続ける。
「それから家を出て、日本各地を周りました。その行く先々で私は、何件も家を燃やしてきました。」
冷や汗が垂れる。自分は今、どんな表情をしている?
「あの恍惚を知っちゃったら、もう止められません。空気を裂くような轟音と悲鳴。それを聞いている瞬間、私は生きているんだって思うんです。」
少女がこちらを振り向く。
その両目は、かすかにうるんでいるようにも見えた。
「捕まる気はさらさらありませんけれど、もし・・・万が一捕まるなら、お兄さんみたいな・・・」
ガタンゴトン。轟音が少女の言葉を遮る。
電車が過ぎ去り遮断機が上がったその先に、少女の姿は無かった。
翌朝、近所の空き家が家事で全焼したというニュースが耳に入ってくる。
ニュースキャスターが言うには火元が不明で、放火の可能性が高いらしい。
背筋が凍る。
「・・・僕も焚き火でもして温まろうか。」
嫌な想像を振り払うように、僕は制服へと手を伸ばす。
夜を灯す 八蜜 光 @hachi0821
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