第十八話・告げる

 三日間、私は何の映画を観るか考えた。無難なハリウッドのエンタメ作品なら、気まずくならないだろう。

 約束の日、私の家の近くまで谷くんが迎えに来てくれることになっていた。私は、玄関にある全身鏡にコーディネートをうつした。おかしくないよね? 洋服を新調したのは久しぶりで、さらに言うと、きちんとメイクするのも久しぶりだった。保護費の中から高い買い物はできない。生活できなくなる。なので、リサイクルショップのワンピースを選んでいた。いつもと違う私をどう思うだろう。

 待ち合わせの五分前、谷くんの車が着く頃合いに、私はアパートを出た。

 映画館は混雑していた。チケットを買ってから開場するまで、人ごみを避けるようにロビーの椅子に座ることにした。

 映画が始まるまで、私と谷くんは緊張のせいか、妙によそよそしく過ごす。会話はほとんどない状態というのが恋愛不慣れな高校生みたいで、渇いた笑いが込み上げてきてきそうになる。

 映画を観たあと、ロビーに着くなり、二人してテンションが高かった。予想していたより映画が面白かったから。同じように感じていたことが嬉しい。

 車に乗り込んでしばらくして、観た映画の話がひと段落する。会話が途切れたせいで、静かな空間になっていた。

「適当にドライブしてていい?」

 そう言ったあと、谷くんは、私が黙っているせいか何も話さないでいた。

 今が話すタイミングだと、思った。

「あのね、話があるんだよ。どこかに車を停めてもらえる?」

 海のそばにある公園の駐車場に車が停まる。辺りは薄暗くなり始めていた。夕焼けを満喫したらしい人たちが、車に乗り込み去っていく。

「私、恋愛するのが怖くなっているみたい。恋愛というより、男の人がだめなんだよね。谷くんは、助けてくれた日から話をするようになって、怖いと感じなくなってる。メールでやり取りしたり、こっとんでいろいろ話したりしてきたから」

 どこから話したらいいか何をどう話すか、考えてもまとまらなかったから、その場で思いついたまま話すことにしたのだけど、この話からでよかったんだろうか。

「友達っていうのを、強調してきたの、気付いてたかな? それには理由があって……」

 私は、この町に来ることになったいきさつを話す。明後日の会の話は曖昧にして、春哉から逃げるために無料のシェルターがあるこの町を選んだことを告げた。

「それで、今、私は、メンタルを患っていて、心療内科に通院していてね。まだ、心が不調だからちゃんと働けない。この町の、生活保護……、保護費を受給してる。そういうのがあるから、誰かと付き合うの、負担にさせたくないから、考えてなかった」

 言葉を選びながら、ゆっくり話していた。谷くんの方を見られない。どんな顔をしているのか、確かめたくても怖くて見られない。

「話してくれてありがとう。その話を聞いても、俺は実穂さんを嫌いにならない。むしろ、支えたい気持ちが強くなった。実穂さんの俺への気持ち、ちゃんと教えてほしい」

 助手席に座る私を見つめているのがわかるくらい、谷くんの視線が痛い。それは不快に感じない。私は、見つめ返すべきなのかもしれないと考えながら、踏みとどまる。

「私は、谷くんのこと、好きになってる。でも、谷くんは大学卒業して、働きはじめて、いろいろ大変なんじゃないかなって、思うから。私みたいな、ちゃんと働けない、負担になるような」

 谷くんが、そこで私の手をとった。

「こっち向いて、気持ち伝えてくれるなら、目を見て言ってほしい」

 谷くんが私の手を握りながら、私の身体を引き寄せようとしている。目を見て伝えなきゃと思っても、目を見るのが怖くなっていた。

「目を見れないなら、せめて、こっち向いて」

 引き寄せられたのを勢いに任せてみる。私の左手は谷くんの右手につかまっていた。私の右手は谷くんの左手を避けて、谷くんの背中に触れて、顔を見られないように俯きがちに抱きついてみる。

「谷くんが好き。でもね、負担になるのはいやだから、どうしたらいいかわからない。こんな言い方で、ごめんなさい」


 

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