第10話 迫りくる脅威(後編)

 ── 南三市ギルド五階食堂。七時四十五分。



「この間の土産は喜んでもらえたかな?」

 ライシと呼ばれた達人が白兵戦距離に侵入してくる。

 たちまち腕に違和感。先日の不可思議な技だ。


「ええ、とてもを有り難う」

 これは、身体強化だ。他者に浸透し干渉する。

 しかし思い返せば、これは馴染みのある感覚だった。

 外側からの身体強化という点では、強化重甲冑の基本コンセプトでもあるからだ。


 強化重甲冑。着用者の身体強化をフィードバック式制御で増幅する魔動具。

 その作用感は、この技と似ていた。思うままにならない制御。このじゃじゃ馬を乗りこなすためには、身体強化の精度を上げるしか無かった。

 パイロットの座を維持するために鍛え上げた、私の制御能力を舐めないでもらいたい!


 違和感を正確に読み解き、組み手争いに繋げる。違和感がすなわち相手の狙いだ。

 要するにこれも妨害というより、フェイントの手段にしか過ぎない。

 手首を捕まえ、身を落としながら回転してひねり上げる。

 このまま背中から床に叩き落とす。

 しかしライシは逆らわず、宙返りするように自分から回って着地。

 勢いを利用して掴まれた腕を解き、後退。


「くくっ、四方投げとは。いささか見くびりすぎていたと謝罪しよう」

 なんだかとても嬉しそうだ。これって四方投げというのか。師匠からは体験して覚えろと技自体の説明は受けていなかった。

「これは警察式か?そこそこ対人戦闘にも慣れているようだな」

 警官と誤解されたようだが、確かに軍関係の人間なら対魔獣戦闘のエキスパートであって対人戦闘は本来門外漢だろうから、仕方のない話だ。

 あたしは大学との共同研究による出向で色々と齧っているため、例外と言えた。

 強化重甲冑の試験運用者としての職務を全うするために、あらゆる流派の理念を学んでいるキメラであった。


「獣相手の戦闘者では味わえない技による会話・・・いいぞ、滾る」

 あ、この人、格闘技マニアだ・・・たまにいる。

 対人戦闘なんてぼっちでストイックな趣味を持つ人は少ない。

 大学の警備部の方々に薫陶を受けはしたものの、結局は達人と呼ばれる人には敵わなかった。それでも、教えを請うと熱心に指導してくれる。


「共和国の工作員さん方と遊ばれたらいかがですか?忙しいので帰っていただけるかなと」

「その口撃も師匠様からか?技からするとアーサー師の流れ。さてはフリディアだな。師は健在か?」

 うえ、一発でバレてます。達人ネットワークってあるのかしら。逆にアーサーさんに尋ねたらこの人、ライシさんのことも判りそうではある。やはり共和国なのか?

 腕を掴まれる。いや、アーサーさんのコトも知っているなら、これは明らかな誘い。

 投げ技を掛けてこいという挑発だろう。これに乗ったら相手の思うつぼだ。


「ハッ」

 両掌を揃えて、身体ごとぶつかる。


 相手は自分よりも達人だ。

 ならば、別の術理で対抗して主導権を取っていく以外にはない。


 腕を離し、疾歩で二歩引いてそれを躱すライシ。

 疾歩すらも、すでに使いこなしている!?

 いや、もともと歩法は武術のキモ。技に取り込まれてるということだろう。

 ブラッドさん、怒っていいですよ!最初に盗んだ私の言っていい台詞じゃありませんが!!技は盗まれてこそ、とか別の師匠は言ってましたけど。



 距離が離れたので、戦況に視線を向ける。

 うちの隊員は工作員に粘着されて動きが取れない。

 その間に悠々と敵のリーダーはフーリエを追い詰めにかかっている。


 これでは万事休すじゃないか。何か、何かないだろうか?




 ────────




 ── 市街地南。



 それは谷の十字路に出た。

 もう、帰ろうかな。とも思った。


 しかし、右を見た時に、ようやく敵の姿を見つける。

 同時に相手も自分を見つけたようだった。

 急いで、普段は使わない構えを取る。

 前脚を支えとして、推進力は後脚で稼ぐ前傾姿勢。

 そして、巨体は突進を開始した。


 ギルドビルに映る、自身に向かって!




 ────────




 ── 市街地、ギルドへの道路。



 粛々と進んでいた討伐者連合チームであったが。


 地響きが足元から身体に伝わってきた。

「うわ、何ごと!?」

 ギルド裏手、南側道路に盛大な土埃が立ち昇り、それがギルドに向かってくる。


 土埃の中から、巨大な円筒。いやコンビーフ缶かバケツといった趣の形状の亀魔獣の甲羅の尖頭が姿をみせる。


 突進する巨大バケツはもう距離的に至近。そのため、えらく現実味がなかった。

 六十メートルのビルに、四十メートルの亀が、今。


 はっけよい。




 ────────




 ── 南三市ギルド五階食堂。



 轟く地響き。驚き、視線を向けた窓外にあったのは、つい先程まで見えていた地平線ではなく、突進してくる巨大な亀の甲羅だった。

 まるでビルが押し寄せるような、現実感のない光景に息を呑む。


「フーリエ!!」

 皆が巨大魔獣に気を取られている中で、フーリエの動きに気づく。

 バッグから何かを取り出しリーダーに突きつけようとしていた。

 魔動具か?ダメだ!もし徒人だったなら、魔動具は決定打にはならない。

 怯ませるくらいはできるかもしれないが、逃げるだけの体力がフーリエにはないだろう。


 が、何があったのだろう。押し付けられた男がよろめいて膝をついた。

 そこにすかさず、工具の入っている重たげなバッグがフルスイングされる。

 本来なら身じろぎもしないだろうこの攻撃。だが確かに、男は壁に叩きつけられた。



 ごばっ!メキメキメキ!



 もの凄い破砕音と共に、食堂の床がめくれ上がり、そして割れていく。

 窓側から突入した甲羅が、おそらく下の四階フロアまで食い込んで止まっている。


 がくん。足元が突然に沈む。

 床を支える鉄骨はビルを支える柱に溶接されているはずだった。

 しかし鉄骨自体の強度の限界だろうか、途中でせん断されてしまっている。

 鉄骨材は剥き出しとなり、それが折れたところから床自体が折れて傾き始めていた。


 食堂はいまや三十メートルの空中に向かう滑り台と化していた。

 一切合切が窓を突き破って空中に放り出されていった。

 あたしもテーブルに押し流されて外に向かう。それをいなしても次はパーティションが押し寄せた。


「フーリエ!!!」


 そのまま放り出された私は、突っ込んだ亀の甲羅の側面に着地したが、そこに留まることもできずに滑り落ちていく。

 そこから見上げる私が見たのは、どういう具合なのか外階段の残骸にしがみつくフーリエの姿だった。




 ────────




 ── 南三市ギルド裏。



 ちょっとした公園みたいな散歩道になっているビルの周囲を走り抜けて裏側に回り込む。

 しかし、あたりは降り注ぐ瓦礫と砂埃の雨で、全く視界が効かなかった。見上げてみるとビルから霧が流れて更に視界を塞いでいた。破れたスプリンクラーから漏れた水が地面には降りてこず、風に流されて霧となっているようだ。


 目を凝らしてみると、ビルのおそらく四階部分あたりまでの南側面がえぐれて、鉄骨やら梁やらがむき出しとなっている。

 そこに、亀の巨体がめり込んでいた。

 外階段の瓦礫が落ちて跳ねてきたのを裏拳で弾き飛ばす。

 距離はそこそこあるのだが、それでも十分に危険地帯である。


 まるで怪獣映画のシーンだ。が、そういえばコイツが魔術を使ったのを見てないことに気づく。火炎でも噴かれたら、いよいよ始末に負えない。今ですらどうにもなりそうには思えないのに。



 あたりを見まわすと、ギルドの職員らしい人たちが離れた場所に集まっている。

 ほかの建物の陰に避難して、瓦礫を避けていたようだ。


「キャンプの指揮所からの指示で来ましたが、どなたか事情がわかる人は居ませんか?」

 声をかけると、年嵩の男が前に出てくる。

「私は総務課のトダイです。ビルの中にはまだ数名が取り残されている、と思われます」

「避難はしていないのですか?」

「早朝から、ギルドは所属不明の集団によって封鎖されていましたので」

 テロリスト?いや、それは今聞きたいことじゃないな。


「その襲撃者はまだ残っているのでしょうか?」

「それは私どもから説明します」

 なにやら風体の異なる人間が現れた。一見するとただの民間人にも見えるが、ヘルメットやプロテクターを装備している。


「我々はフリディア視察団について国軍から派遣されている護衛部隊の者です。詳細な目的は申し上げられないのですが・・・居座っていた一部を制圧し、職員は解放しました」

「一部。つまりはまだ立て籠もっている?」

「現在は隊長であるリリア中尉と数名が、掃討に向かっていました」


 ビルを眺めて。

「あの中に・・・」


 そのとき五階の床が崩落し、瓦礫がさらに降り注いだ。



『フーリエ!』



 誰かの叫びが耳を撃った。

「フーリエ!?」

 誰か人らしき影。

 甲冑を着た人が、亀の甲羅を滑り落ちてくるのが辛うじて見えた。

 息を呑むが、見ているここまで漂ってくる埃が酷くて確認できない。


「隊長!」

 フリディア軍部隊の人が声を上げる。

 え、あれリリアさんなのか?




 ────────




 甲羅を滑り落ちる私の斜め後ろに、誰かが着地する。ライシだ。

 この人、粘着質すぎる。今はそれどころじゃないでしょ!色んな意味で!

 リーダーの人もどこに転がったのか分からないし、心配しないのかしら?


 亀の甲羅を滑りながらも駆け寄ってくる。笑みを浮かべながらなのが怖い。

 ガラス片にコンクリートにとジャリジャリな滑り台と化している甲羅だが、全く問題がないらしい。


「今はそれどころじゃないでしょ!あの人、指揮官はいいの!?」

 口に出して非難してみる。

「命令は、貴様の抑えだ」

 ああ、ダメだ。分かっていて自分の趣味を優先してるわ、この人。


 滑り台が終わり、五メートルほどの地上に飛び出す。

 あたしとライシは向かい合った位置に着地する。


 亀は突入した姿勢からへたりと座り込んでいる。

 なんだってビルに突入なんて考えたのか分からないが、全くもって迷惑な亀だ。

 眼の前で嬉しそうに向かってくる男もだけど。



「リリアさん!どうしました!?」

 ああ、ブラッドさんが来ていた。でも今は忙しいの!


 五階の外階段にぶら下がっているフーリエを指さして叫ぶ。

「フーリエが!」

 ブラッドさんが、それを見上げるのすら確認する間もなく、ライシさんが迫る。

 ああ、うっとおしい!なんでこんな達人と決闘しなくちゃならないのか。



 面倒さが極限に達したその時、不意に先程の攻防が頭をよぎった。

 ブラッドさんを見たことでの連想かもしれない。



 なんでさっきは、私の両掌の突きを疾歩躱した?

 その答えも瞬時に、頭に浮かび上がる。



 ・・・そうか、私はしていたんだ。



 迫るライシさんに対し、わたしは。全力の正拳突きを放った。

 ライシさんは満面の笑みで回避する。


 そう。

 そこに上段回し蹴りのコンビネーションを叩き込む。ヒット!

 笑みが凍った。

 転がってダメージを抑えようとするが、上段からの打ち下ろしでは下は地面である。逃しきれない。

「ふっ」



 そう。

「ようやく分かりました。ライシさん」

 技で上回るライシさんの一番嫌がっていること。



 そう。

 それは、強化重甲冑の問答無用のパワーで押し切られること。

 身体強化の浸透によるフェイントまで使ってみせたのは、技による決着を押し付けようとする欺瞞。すべては騙しのテクニック。

 だから。技もなにもないパワー頼みの一撃は、使回避している。




 そう!

 暴力は全てを解決する!!!




 ────────




 リリアさんの指差した先。ビルの上を見上げる。

 立ち込める砂塵が風に吹かれて、一瞬ひらけた視界に、残骸にしがみついているフーリエが見えた。


「フーリエ・・・?」

 脳裏に樹から落ちてくる姿が浮かんだ。

 あの程度・・・いやまて、前世じゃ普通に死にかねない高さではあったが、から落ちて半年入院した妹。ちょっと目が離せない。いやそうじゃない。

「フーリエ!」


 ひときわ強めの風が吹いて、妹の姿が見える。

 風を受けた残骸ががくんと数十センチ伸びて上下に揺れる。

「フーリエ!!」


 亀が身じろぎすると、残骸が軋みを立てつつ振動する。

 どうやら外階段の残骸はビルに繋がってはおらず、切れた端がどこかに引っかかっているようだった。



 どうすべきなのか、全く思いつかずに時間だけが過ぎる。

 と、足元に居たコラッコが、脱兎のごとく亀に駆け上っていった。

 そこからビルの壁面に飛びつき、そこから登りだす。


「ブラッド様、あれです!六階に登ってロープで釣り上げるんです!」

 フーガが叫ぶ。


 コラッコは、残骸の引っかかっている六階まですばやく登っていき、残骸に腕を伸ばすが。



 うずくっていた亀が身じろぎして、その振動で残骸が。


 ぎぎぎ


 外れて滑った。

 コラッコがひしっとそれをキャッチ。

 捕まえるも、一緒に落ちようとしている。

 後ろ脚で鉄梁を挟んでぶら下がる。

 間一髪、フーリエは落ちなかった。


「ロープ!誰か持ってない!?」

 悲鳴のような声で誰かが問いかける。




 ────────




 気がつくと、何かの手すりに腰掛ける形で、あたしはぶら下がっていた。足元は空中。そよ風が吹くたびに手すりは揺れ、引っかかっている部分から擦過音も感じ、限界が近いことを感じさせる。

 下に突っ込んでいる亀が動き始めると、上下に揺れる動きが加わり、わずかな無重力感にあたしは恐怖した。

 誰だろう。あたしの名が呼ばれたような。お兄ちゃん?



「お兄ちゃん・・・たすけて!お兄ちゃん!!」




 ────────




 ── 助けて



 悲鳴が聞こえた。

 亀が身動みじろぎするたびに悲鳴が耳を撃つ。



 こいつが、動くと、フーリエが。

 死ぬ。



 こいつは。

 ・・・いや。

 こいつ殺す。


 フーリエを泣かせる奴は、俺が。




 俺の腕は小さい。こいつはデカい。

 ならば、どうする?

 腕を、こいつを殴るだけの腕を。



 リングでは足りない。

 リングを重ねても、これを殺せない。


 考えろ。腕はどう動かす?強化はどう動かす?合気ではどう動かす?

 イメージだ!


 魔術?身体強化?知ったことか!

 あいつを、ブン殴る腕を!!

 ひたすらにそれだけを、思い願った。




 ────────




 ライシを叩きのめし、振り返る。

「あ、ブラッド・・・さま」



 フーリエを見上げて立ちすくんでいるように見えるブラッドさん。



 その両手の外側、宙に顕現したのは高速回転するリング。

 それも一つではない。辺りから砂埃を吸い集めて、次々と同様のリングを構築し、それらは束ねられていく。

 何が起こっているのか、全く理解できない。

 しかし、とんでもないことが起ころうとしている。それだけは分かった。


 嵐のように吸い寄せられていく砂埃が、束ねられた輪に次々と加わって、次第に厚い層を成していく。

 層は更に重ねられて密度を増していき、回転も今は速すぎて見えない。

 もはや物質・・・あたかも巨大な腕のように見えている。

 砂塵を纏うその腕の先、掌の部分には五本の指までも構築されつつある。

 それが軋む音を響かせて指を握りしめ、こぶしをなした。



 そして。亀を見据えるや、ふらつく様子もなく歩き出し、速度を乗せて疾走に至る。

 声はない。音も耳に入らないほど、その姿に目を奪われていた。

 風が舞い、たなびく砂塵の尾を引いて、ブラッドさんが走る。

 巨大な腕を、重さを感じさせない速度で振りかぶり、魔獣の頭に撃ち付ける。



 ぼ



 魔獣の目が巨大な拳を捉える。しかし既に遅い。

 光る砂の拳は、わずかに揺らぐこともなく、バリアに纏われているはずの頭蓋も、その先の地面さえも、一縷いちるの抵抗すら感じさせずに。抉り、抜ける。

 気の抜けたような音は、展開するバリアが引きちぎれ霧散した音だろうか?



 ブラッドさんは、そのまま魔獣の死体から少し離れた場所まで素早く後退する。

 その間も視線は魔獣から一瞬たりとも逸していない。

 普通の野獣はまれに自分が死んだことも理解できず、制御を離れた神経による暴走で狩人を傷付けることがある。


 だが、即死だろう。頭が一撃で消し飛んでいる。

 幸いにも魔獣は暴れる様子もなく、弱々しく麻痺するだけだ。

 ああそうか。頭を吹き飛ばされたことで、自重を支えていた身体強化も喪われたんだ、と納得した。


 一拍おいて、失った頭部から膨大な血液が噴き出して、地面を洗っていく。




 ────────



 ── 南三市ギルド裏。八時三十分。



 こうして、前日から続いた俺たちの長い仕事は終わった。


 市街の掃討は未だ終わってはいないが、討伐者はしょせん臨時雇い。

 国軍の部隊が到着すれば用済みで、役割は引き継いでいる。

 自分はと言えば、何が起こっていたのか。

 その事情説明のために、ここでしばし待機している。



 フーリエはロープを使って救助され、すでに地上に降りている。

 今はキャンプからの救護班も到着し、離れた場所に設営されたテントで寝ている。

 九死に一生を拾ったのだ。

 色々とストレスが蓄積しているだろうことは明白であり、睡眠薬が出されている。

 なぜかフリディア国軍からの人が、テントの周囲で歩哨を立ててくれてる。


 そして、なぜかコラッコも歩哨を真似して仁王立ち。なんか観光名所のように、見物にくる人もいる。

 フーガにらったタオルを頭巾として巻き、俺の短いほうの鉄棒を片手で持つ姿は、何かのゆるキャラにしか見えず、まさか野生動物とは思われていない。

 フーリエの生命の恩人であるコラッコを放り出すことは、もはや頭の中にはない。

 ・・・でも検疫所で隔離しとかないと不味いよなやはり。




 ここからギルドのビルを眺めると、半身を食い散らかした魚のようで、それでも倒れないでいる建築技術は称賛するしか無い。

 半壊だとはいうが素人目には全壊状態であり、倒壊を危惧して百数十メートル範囲に規制線が引かれていた。

 それ以前に、何よりビルの周囲には濃厚な血臭が立ち込め、気分を悪くする人が何人も出ている。

 しばらくは風向きによっては市街で飯を食うのも苦労しそうだ。しらんが。



「じゃ、甲冑は整備終わるまで自動モードなんでリミッター切れないからね」

 甲冑の兜を脱いで休憩しているリリアさんが、十歳ほどの少女に指導されている。

「兜は預かっとく。夕方には返すわ」

 ヘルメットを持って休憩テントを出ていった。なんだろ、あの子?

「リリアさん、フーリエを助けていただいて、ありがとうございます」

 持ってきたお茶のコップを渡しつつ声をかける。

 倒したはずのテロリストが騒ぎに紛れて居なくなっていたということで、彼女は今まで精力的に指示を飛ばしていたのだ。


「いえ、実は私どもはフーリエさんのスカウトに伺っていたのです」

 コップを受け取りながら、ばつの悪そうな顔で答える。


「フーリエの?」

「ええ、その関係で今回の襲撃が起こったとも言えますので、お兄様においては真に弁解の余地もなく。申し訳ありません」

 深々と頭を下げられてしまい、

「フーリエの?」

 なにが何だか判らず、再度問いかける。


「実はうちの大学の学長たちが、フーリエさんの研究に強く感銘を受けまして、ぜひに研究員としての招聘に応じてほしいと、我々を派遣しました」

 リリアの表情は真剣であり、嘘や冗談ではないと感じられた。


「まだ、フーリエさんから快い回答は頂いていませんので、いまだ交渉中ですが。何としてでも口説き落としてきて欲しいと」

 メッセンジャーを仕立ててまでのスカウトとは、想像もできない状況ではあったが、フーリエとはとくに険悪という風でもなく、そういうこともあるのかと、とりあえず納得することにした。


「このような拉致を狙う工作員が他国からも送り込まれるほどの研究なのです」

 どうやら、将を欲するための馬と見立てられているようだった。

 スカウトにおけるメリットを述べてくるのは、家族からの説得を期待しているに違いない。セールスレディふたたび。

 ふーん、あのフーリエがねぇ。


「まあ、フーリエのことはフーリエに聞いてください。自分はここに就職していたことすら知らなかった不肖の兄なので」

 フーリエももう大人である。自分の身の振り方は自分で決めるだろう。


「そういうブラッド様は、今後はどうされますの?」

 尋ねられた言葉に、何の話なのか判らず困惑。

「あれだけの魔術の行使者なのですから。御家の当主に戻られることもできるのでは?」



「・・・いえ。討伐者を続けるつもりです」

「まあ、乗りかかった船だから。ですわね」

 ふわりと笑う。つられて俺も。二人で笑った。



 ──── だから・・・。うん、素敵、だと思う



 不意に先日の会話を思い出して、顔が赤くなるのを感じた。

 やっぱり。男って、単純だよなと思う。

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