第09話 迫りくる脅威(中編)

 ── 討伐基地キャンプ。七時三十分。



「キャンプのフェンスは開放してあります!避難民の避難誘導はよろしくお願いします」



 仮設の指揮所は慌ただしかった。

「支部との連絡は未だ不通です。電話回線の問題では無さそうですが」

「避難民受け入れの火除け地の仮設フェンスまだですか!収容しきれないとの連絡が」

「収容用のフェンスはロープで代用しとけと言え。どのみち勝手に出ないためだけの警告だ」

「小型の獣が市街地に逃走したとの報告。市民には被害はありません」

「ほっとけ、市街で避難路の確保に向かってる討伐者の状況は?」

「誘導は混雑のために難儀している模様。市西南区域に例の大型魔獣が侵入したということで、逃げる市民が押しかけています」


 交通省からの情報によると四十メートルを超えるサイズの魔獣らしい。

 魔獣の監視も交通省の狩人に任せるしかなく、討伐者は避難民の誘導にかかりきりとなっている。

 そのような巨大な魔獣を、一朝一夕に片付けられるはずもない。

 できることと言えば、とにかく市民の避難を進めることくらいであった。

 その避難すら手一杯となっている状況に頭を抱える。


「あー、支部がどうしたって?」「不通です」

 本来は支部との連携で進める作業が、すべてキャンプにかかってきているからだ。

 避難は最優先であって、放り出せない。一瞬だけ優先度を考える。


「支部も素人ではない。放置することにする」

 支部の安否に拘っていたら避難が進められない。切り捨てることとした。


「フェンスの南五百メートルに仮設ゲートを開いて誘導しろ。窓口をあけてハケさせる」

 一瞬考えて。

「いや、訂正。次のロットの討伐者に向かわせる。開口後そこから市街に侵入し周辺部掃討。職員は帯同して避難民を誘導させろ。中央ゲートから進出している討伐者も戻させて周辺部掃討だ」

 不測の事態にもかかわらず、顔色の悪い課長は指示を飛ばし続けるのであった。

「輜重部は避難民に提供するスープを忘れるな。施設部は仮設トイレの設置を急がせろ。・・・」




 ────────




 ── 南三市ギルド事務所。七時三十分。



「おかしい・・・」

 リリアが呟いた。


 私たちは外階段で三階下の五階に降りていた。

 階段で下まで降りたら?という案は、待ち伏せられると逃げ場が無くなるため却下されている。

 奴らは五階・六階はおそらく一度捜索していると期待したのだ。前夜の夜勤の監視くらいは奴らもやってる。

 そして、わざわざ室内に罠を仕掛けて行くほど、奴らにも時間はなかったはずだという期待でもある。


「何がです?」

 分からないので尋ねる。

「うちの隊員も登らせているのに接触できない」

 つまり、何かあるということか・・・

「あの達人が階段を封鎖しているのかも知れない」

 先日の襲撃では甲冑をもってしても拮抗するしかなかった戦力が、下で待ち構えているという想像に頭が痛くなる思いだ。


「この高さから飛び降りるのはフーリエには無理だろ?」

 リリアには自分の身体強化の低さは話していた。

「無理です。たぶん死にます」

 なにしろ木登りして樹から落ちたくらいで、腕と背骨を粉砕骨折して再生ベッドに入る位である。皆がやっているのを見て油断したのだ。

 ほとんど前世の身体能力と変わりないと思うことにしたのは、それがあったからだ。南三市に就職で出たときも、トカゲの乗り合いバスに乗って来た。

 要するに極度の運動音痴なのだ。五階から落ちたなら即死だ。



 どうやって、あたしを一階まで降ろそうかと思案しているのだろう。

 黙りこくってしまったリリアの邪魔をするわけにもいかず、辺りを見廻す。

 五階は食堂と会議室になっていて、昨夜は特別に終夜開放されていた。

 今はカフェテリア形式の大食堂、そのパーティションの一つの陰に身を潜めている。

 通信機はあるものの、下からの増援が制圧されていた場合を考えると、迂闊にコールもできない。見たところロープのような物もない。

 いざとなれば飛び降りればいいというのか。この世界、超人基準で作られすぎ。



 とか思っていたら。奇行をはじめた。

 彼女はおもむろに、バコン!と床板を剥がし始めたのだ。

 そしてフローリングの下のコンクリート製の床材スラブを。正拳を用いて一撃で砕く。ワイルドすぎない?

 まるで発泡スチロールかのように砕いたコンクリート片の、穴の縁のバリも掴んで無理やりとり除く。

 ああ、床をぶち抜いて下階に抜けようと。確かに、そんな場所に罠を仕掛けるなんてありえませんからね。


 床材を取り除いた下には四階天井裏が広がって・・・はいなかった。

 鉄骨の梁の位置でなかっただけマシではあったが、そこにあったのは一面の綿か何か。それがみっちりと詰まっていた。

 ああ、これは断熱・防音のグラスウォールですね・・・

 天井には空間があるものと期待していましたので、ガッカリしています。

 舌打ちするや、断熱材を引っぱるリリアさん。だがしかし、どこかの梁にでも絡まっているのか、甲冑の力でも取れない。思った以上にしっかりとした施工です、ギルドビル。




 ────────




 ── 市街地南。七時三十五分。



「指揮所から連絡。ゲート付近の安全確保を優先だって」

 フーガが通信機による通達を周囲に伝える。

「そりゃ、この混雑でパニック起きたら死者が出かねないからな」

 避難民の進む方向に入り込もうとするトカゲを、ヨータが牽制しつつ答える。

 現在ソーンズプライドは他の複数のパーティと合同で、浸透してくる獣の集団を迎撃中だ。倒すよりも他に向かう群れに追いやることを優先している。

「なんか支部と連絡つかなくてイライラしてるみたい」


 支部はここから直線道路で五百メートルほど先に見えている。

 道路はビルの周りでロータリーとなって東西南北の道路と接続している。

 ガラス張りの高いビルは、見た限りでは何事もないように今もあった。

 ── フーリエはどうしてるかな?

 口に出してしまうと、周りが気にしてしまうだろうから、飲み込む。



「しかし。ダンナ、それすっごいな」

 並んで小型トカゲを潰している討伐者が感心して言う。

 俺はと言うと、ついさっき覚えた砂の輪をフル稼働している。


 小型の輪を重積してドリル形状を作ってみたのだが、その使い勝手が良すぎた。

 魔術としては直径五ミリ長さ一センチほどの円錐だ。

 これが通常の獣の硬いシールドすら問題なく貫通して攻撃できている。


 効果範囲が数センチ。射程は一メートル程度までしか届かないのだが、むしろそれがいい。乱戦状態であるにもかかわらず誤射がない。

 それをいくつも連動して浮かして、面で叩いている。

 金棒で動きを止め、ドリルの面をおしつけて穴をあける。

 魔術行使の消耗も感じられず、金棒とで単純に手数が倍くらいになっていた。


「連射なんてモンじゃないと思うんだが、よく疲れないな?」

 魔術師が感心したように言う。

「なんかコスパが異常なのかな?消耗しないんだ」

「いや、その数だよ。何本並行稼働させてんだよ」


 ああ、数か。

「イメージはハエたたきかな。その表面にトゲ生やして振り回してる」

「・・・器用だな」

 呆れたように言われた。


 一枚十六本の板が四枚で、計六十四本の同時発動。

 これは一本一本はイメージしてない。このあたりは疾歩と同じ制御法だ。

 一度コツを掴めば簡単だと思うけどね。しくじったら目も当てられないんだろうが、その時はその時。失敗を恐れている事態ではなかった。

 それにしても・・・この魔術はイメージ次第でいくらでも応用できそうである。




 百メートルほど先の横道から、何組かの家族連れが通りに走り出してくる。

 続いて小型の、そう幼児くらいの獣が何匹も続く。

 あれは、朝方のラッコじゃないか!市街に入り込んでたのか!?


 市民を襲っているのか?・・・いや、あれは何だろう?ちょっと目を疑う。



「ねぇ、ラッコたち。あの家族らを守ってない??」



 見間違いではなかったのか。

 家族に飛びかかるトカゲを、ラッコたちは身をもって防いでいたのだ。

 取りつかれて噛まれつつ、遅滞戦闘を繰り広げている。

 それを手の空いたラッコが両手に石をもち、叩いて回っている。

 状況は分からないが、とりあえずは避難民の保護のため、ラッコの援護に向かう。


「く、熊が!」

 トカゲの群れに続いて路地から飛び出してきたのは、身長二メートルの熊だった。

 群れをなして向かってくる。


 気を取られた女性が足をもつれさせて転倒し、そこに熊が襲いかかる。

 とっさに周囲の数匹のラッコが女性に飛びつき、覆いかぶさるようにしがみついて層をなした。

 振り下ろした熊の前足にラッコが吹き飛び、血を流して転がる。

 しかしその御蔭で、女性は難を逃れる。転がるようにして熊から距離を取る。


 俺は熊の前に立ちふさがると、金棒で殴りつけた。

 その程度で怯む熊ではなかったが、注意を引いたところで、疾歩で熊の死角に回りこんで、砂のリングを生成すると首を刎ねる。

 首を失い倒れた仲間を見た後続の熊は怯えて、あっさりと退散していった。


 女性の父親らしい男が女に駆け寄って、抱き合って無事を喜ぶ。

 血を流したラッコも軽傷だったようで、心配した仲間に傷口を舐めてもらっている。


 トカゲも家族も、この熊から逃げていたのだろう。



「大丈夫でしたか?他の人は?」

「他の人達は見ていません。裏道を抜けてきて、熊に」

 息が上がっている父親を宥めつつ、次に・・・



「なぁ、こいつら何だと思う?」



 指差すそこには一斉に腹を見せて服従のポーズをする集団が。

 もちろん子ラッコ軍団のことである。



「んー、言ってもいいすか?」



「分かった・・・お前ら、俺に押し付けようと・・・」

「押し付けてるんじゃなくて、ダンナが向こうから押しかけられてるんだから、仕方ないよな?うん」

「あんたが大将」

「若、立派になられて」



「もしかすると、ボスを倒したブラッド様を、次のボスと崇めてませんか?これは」

 フーガが非情な結論を述べる。

「ああ、それで同族の人間を守ろうと」

「お兄ちゃん・・・この子たち殺しちゃうの?」

 う、避難民の少年が懇願の目で見てくる。

 助けられて情が沸いてるようだ。

 長兄では無いとはいえ、弟妹を持つ身としては、困る。



「すごく社会性の高い動物なんすね?群れで暮らしていたからっすか」

 ミヒャエルはたまに衒学的なことを言う。ちっインテリぶりやがって。


 しかし、このまま躾けたら警察とか狩人のサポートできそうかもしれない、という感想を抱いた。某ゲームのマスコットが頭に浮かぶ。

 武器を使い、ワイヤーを解く(機能を理解)知能があり、連携して敵に向かう。

 この世界では俺の知る限り犬がいない。ダチョウか二足トカゲといった獣を乗用に使っているだけで、狩りのお供となるポジションが不足している感じだ。

 とすると、警察とか狩人のサポートにできないかな?

 提案する方向に持っていけたら、こいつらの居場所になるかも。


 そういえばトラは居るのに猫が居ないんだよな。

 動植物が前世とあまり変わらないのは平行進化としても不思議であるが。

 それでもネズミとかが居るのだから、猫に類する動物は自然と居着きそうなのに。

 ・・・・・こうしてみると、俺も一応インテリの仲間だな!うん脳筋じゃない。



 とりあえずヒートら数人を付けてキャンプのゲートまで送らせることにした。

 なにぶん戦闘と移動で小休止もなしだ。年寄と思われてると気を悪くされるかもしれないが、五十を越えた年配を走らせ続けるのは酷だと思ったのもある。

 ラッコらも引率に大人しく付いていく。

 残る我々は引き続き避難路の安全確保作業を続けようと・・・



「で、お前は?」


 何故か居残って俺の頭によじ登ろうとする一匹。

 こいつ、もしや頭の上で踊っていた奴?

 やめろ、無理だ。お前の図体でよじ登られたら迷惑だ。

 ガーン、という擬音が聞こえてくるような落ち込み方。

 ・・・やはり、中には人間が入っているのではないだろうか?


 ほっぺをムニムニしてたりするる。あざといのか、緊張しているのか。

 フーガを始めとした女性陣は、昨夜のことなど無かったかのように釘付けとなっているのか、チラチラ見るのをやめない。


 かるくため息をつくと、

「よし、お前はとりあえずソーンズプライドの見習いの"コラッコ"だ」

 仕方なく雇い入れを決定。何食うんだろホタテ・・・は無いし。

 歓声を上げた女性陣から携帯食料を貰って頬張るコラッコ。雑食なのかな?


 逃避していても仕方ない。仕事を考えよう。

 別の避難民や、さっきの熊が戻ってくる気配もなくなっている。

 ならば、ゲートに戻るべきだろうか。


「おい・・・あれ」

 南に向かう路地の先の建物の屋根の向こうに、巨大な影が動く。

 全高四十メートルと聞いてはいたが。

 ちょっとしたマンションの大きさを超える亀が、街を歩いていた。




 ────────




 ── 市街地。七時四十分。


 それは、石の立ち並んでいる谷で、困惑していた。

 目指した敵の姿は石の壁に遮られて、今は視えない。


 さきほど丘の上から見えた敵の位置を思いおこす。

 その記憶に従い向かおうとするものの谷は思ったよりも狭く、思ったようには通れない。

 谷を崩せば抜けられないかとも考え、試してみたところ土の谷とは違い意外と硬い。壊せなくもないだろうが、角でぶつけた左後ろ足の爪は今でもちょっと痛い。やめておこう。

 だいぶ近くまで来たとは思うのだが。


 言葉で考える人間なら、単純にこう考えたはずだ。



 ・・・迷った。




 ────────




 ── 南三市ギルド五階食堂。七時四十分。



 リリアさんの無茶は続く。

 今は断熱材の中に発見した電線ケーブルを、引きづり出すことに熱中している。

 なんでこの世界の人達は主に腕力で解決しようというのだろう。

 何でも追い詰められると、いきなり頭から知性が揮発するように思える。

 なぜか兄の顔が浮かぶ。知的ぶってはいるが、面倒になると力づく解決に走る。


 電線をロープ代わりに使うのはいいのだが・・・隠れていることを失念しているようだった。

 案の定。


「見つけたぞ、出てこい」

 三名の敵が食堂の出口と配膳室から現れる。


 そりゃ、ガンガンベリベリやってたら見つかるのも時間の問題だろう。特に下の階。しかし、「見つけた」と「出てこい」とは矛盾する言い草では?


 そこに、外階段を登ってくる足音。いよいよ挟み撃ちかと・・・いや、それは無いか。あと残りは五人とか言っていたし、挟み撃ちするだけの敵は残っていないはずだ。

 その推測は当たっていた。窓を破って入ってきた二人がリリアさんをカバーする位置に進み出る。


「中尉!超大型の魔獣が付近の市街を侵攻中です。退避したほうが良いかと考えます」

 わざと相手に聞こえるように報告する。

 相手を焦らせて引かせようというのだろう。



「その前に、フーリエ嬢を奪取してからだ」

 敵の親玉らしい男が現れて慰撫する。


「フーリエさんを保護して下に!」

 リリアさんが命令するが。


「いや、そうは行かないですよ」

 階段の下から先日にリリアさんを圧倒した達人とあと一人の残りの敵が。

 挟み撃ちの形となってしまっている。特に達人はリリアさんの甲冑相手ですら未知数な戦闘力を持っている。


「ライシ、甲冑を抑えろ」

 まずい、リリアさんが抑えられたら数的には二対四と圧倒的に不利だろう。




 ────────




 ── 市街地南。七時四十分。



 亀は市街地の南道路を東から西に向けて進んでいるようだ。

 西から侵入したはずだが、ウロウロしているのだろうか?

 しかし、亀にしては歩みが速い。向かう方向次第ではギルドビルに被害が及ぶ可能性もあった。


 俺は気にしないようにしているつもりだだったが、さすがにバレているようであった。



「ブラッド様、ギルドの様子を確認して欲しいという要請です」

 フーガが指令所を言いくるめてくれた。

 指令所にしても支部の異変は当然に看過できない事件である。

 避難路の掃討が一段落した今、優先度が上がってきたとしても不思議ではない。

 フーリエが妹なのは討伐者の中では有名だ。その安否も知れない。

 五十を越えた年配を走らせ続けるのは酷だと思ったのもある。

 そこから、俺に配慮してくれたのだろう。


「状況の説明も。一般回線は不通。専用回線は呼び出しに応じない模様です」

「電話は地下ケーブル、さらに専用回線は無線で多重化されてるスから、地下ケーブルが破損したのかも知れないですね」

 ギルドに詳しいミヒャエルが考えられる状況を推測する。

「地下ケーブルなんて、工事ミスでしか断線するとは思えないンで、ああもちろん魔獣の侵攻くらいで簡単に切れるもんじゃないす」

「何らかの破壊工作ってこと?」

「退避ルートが必要になるかもしれないな。とりあえず、侵入した魔獣とかを警戒しつつ移動、できれば、ゲートまでのルートは確保しとこう」



 フーガを前方五十メートルに先行させつつ、俺たちはギルドビルに向かって歩きだした。

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